1、船内会議
雲が空を流れていく。
鳥が囀り飛んでいく。
肌身に風を感じながら、私は船の甲板で空平線を眺めていた。
空は遥か上、そして遥か下の奈落まで続いている。
「…まだ見えないなぁ」
ポロッと声を漏らす。
私たちは、ハーマレー島での事件と災を乗り越え、空読み様の神降ろしによる予言を授かって。
そして今、コンボボロ島へ向かっていた。
「…あーいたいた。メルリー!作戦会議するぞー!」
聞き慣れた声に振り向いて、甲板を離れた。
私を呼んだのは、カイ。カイルス・フェキシフト。
かつて隆盛を誇り、そして一夜で滅んだ軍事島、フェキシフト島。その島主の実子であり、最後の生き残り。
今はただ、フェキシフトを滅ぼした、災竜への仇を燃料に、私の旅に付き添っている。
災竜への恨みは人一倍あるけれど、普段は明るく人懐っこいので、そんな一面を知る人は少ない。
「もうみんな集まってるぜ」
そんな彼に呼ばれて船の一室に入ると、そこにみんなが集まっていた。
入室した途端、白い塊が私の胸に飛んできた。
「ミィー!」
「っと。危ないでしょ、ペミー」
ペミー。
私が飼っているメムリット族のペット。意思疎通はできないけれど、とても優しいのは嫌でも分かっている。
「メルリ、コンボボロ島は見えたか?」
「…ううん。まだだよ、ダックさん」
ダックさん。ダック・ボンデール。
ネイケシア島に流れ着いた私を、実の子供のように育ててくれた人。
顔が良くて、面倒見が良くて。たまに何を考えているのか分からなかったりするけど、私やカイのことを第一に考えてくれている。
「なら丁度いいね。この後のことを考えよう」
「具体的に、どうするか。だよね、エルギオ」
エルギオ。エルギオ・ドラメル。
十年前に私が目を覚まさせた、ドラメル族の族長の子。
竜になれる力を持っていて、それで今も世界で暴れるドラメル族…災竜を全て、倒そうとしている。
私のこの旅には、エルギオの血と因縁が多く絡んでいる。きっとこれからは、彼の力を借りることが増えるだろう。
「メルリはなんか考えてんのか?」
「私は…コンボボロの島主さんに、何か知らないか聞いてみようかな、とか」
そして最後に、私。メルリ・ルアーナ。
十年前に事故にあって記憶を失い、ネイケシア島に流れ着いて。
そこで災竜を倒す聖女であると予言されて、ここにいる。
「ダックさんと、エルギオは?」
「メルリのいう通り、とりあえず島主に聞いてみるのが、一番だろう」
「…小さな、花畑。だっけ?」
ここに来る前。
ハーマレー島の空読み様からもらった予言によれば、コンボボロ島で『小さな花畑という聖痕』を得られるらしい。
そしてそれは、私達の旅の目的、災竜を全て倒すことに繋がるという。
「空読み様の名前を出せば、何か情報はくれると思うけど…」
「そもそも、コンボボロの島主が何も知らない可能性だってあるよな」
コンボボロ島は、様々な動物による畜産業と、綺麗な花畑による観光業で成り立っている島だ。
当然、花畑の知識は豊富だろう。それなら、何も知らないってことはないと思うけど。
「万が一の事も、考えておかねばならんな」
「それもそうだけど…一個、大事なことがあるぜ」
「何、カイ?」
私とエルギオの疑問の視線に、カイは少しだけ申し訳なさそうに、エルギオを見ていった。
「エルギオをどうすっか、て話だ」
「…!」
空気に緊張が走る。
エルギオの使う竜の力は、災竜のそれと同じもの。
つまり、エルギオは災竜なのだ。今も世界中で恐れられている、災いの化身なのだ。
たまたま、母親から託された願いで私たちと目的が同じで。
たまたま、いい人の巡り合わせにあってまっすぐに育って。
私たちと同じ方向を見る、心強い味方だけど。
下手をしたら、あのギルギみたいな凶敵になっていたかもしれない。
「…僕の秘密は、誰にも知られちゃいけないだろうね」
「それだけじゃない。エルギオが竜の力を使うところ。災竜になる所も、誰にも見られてはいかん」
「同じように、災竜から戻るところもな」
ダックさんが提示した条件を、カイが補足する。
災竜を倒すには、エルギオの災竜の力が必須だ。けれど、力を使うのを自分たち以外の誰にも知られてはいけない。
ハーマレー島主のヒラさんとローラさんには知られてしまっているけど、あの二人なら周りにこぼす事もないだろう。
けれど、コンボボロ島主が同じだとは限らない。
それは、とても難しい条件に思えた。
「もしまた災竜が現れた時のために、どう動くか考えておいた方がいいよな」
「…まあ、もしそうなった時に、決めていたように動けるか分かんないけど」
カイの提案に弱音を吐く。
正直、私もカイも今までのように恐怖で硬直したり、ただ喚き散らしてしまう可能性が高い。
災竜への恐怖には、なかなか慣れない。
「…それぞれが考えて動くしかあるまい」
「臨機応変に、って事か」
ダックさんの回答に、エルギオが纏める。
私達の旅が予想以上の難易度であることを、改めて思い知る。
けれど、だからこそだ。
「…聖女様御一行。もうまもなく、コンボボロ島に到着いたします」
と、話していたところに部屋の外から声がかかった。
扉を開けると、長身の男が目に入る。
「あ、はい。分かりました、メーレンさん」
薄緑色の長髪を右に纏め、空船員の服に身を包んでいる。
鋭い黄色の瞳が少し怖いが、機嫌が悪いわけではなく生来のものらしい。
彼の名はメーレン・フロウシ。私達の乗る船の船長だ。
私達の旅は、航路、つまり次はどの島に行くのかが不明瞭だ。
通常貿易などの為に出ている空船を乗り換えていくには、下手をすれば時間がかかり過ぎてしまう。
だからヒラさんは、私達のためだけに専用の小型船と船員を一人、つけてくれた。
それが彼、メーレンさんとこの船、名前はフロー号だ。
「じゃ、そろそろ甲板に出るとすっか」
「そうだね。手筈はとりあえず、さっきの通りに」
カイの言葉で、私たちは部屋を出る。
もちろん、部屋の前にたったメーレンさんへの感謝は忘れない。
私は甲板へ向かいながら、存在は知っていたものの、初めて見るコンボボロ島の姿に思いを馳せた。
———
カイを筆頭に、メルリ、ペミー、エルギオが部屋を出、部屋にダック・ボンデールが残る。
「さ、ダック様も甲板へ」
「…メーレン、さん。あなたには感謝しているが、どうしても聞かねばならないことがある」
立ち上がったダックは、不意にそう言った。
言われた彼は、その真意が分からず首を傾げる。
それを無視してダックは歩き出し、メーレンの横に並んで、言った。
「…私達の話を、どこから聞いていた?」
「…なんのことでしょうか」
ダックは気づいていた。
メーレン・フロウシは、部屋の前にやってきてすぐ、メルリ達に声を掛けたわけではなかった。
ダックの視線が鋭くなる。それを見て、メーレンは一息ついて言った。
「私は、ヒラ様の命令に従うだけです。聞き耳を立ててしまったのは、すみません」
「…口外するつもりは?」
彼が盗み聞いた内容は、聖女の同行者。
エルギオという少年の、とんでもない秘密について。
「ありませんよ。何があっても無視しろ、との命ですので」
「……そうか」
不意に降りた緊張が、地に染み込む水のように消えた。
メーレンは一礼して、船長室の方へ向かう。ダックはそれを見届けて甲板へ向かった。
(…彼は、只の空船長ではないのかもしれない)
そんな不安を、胸に残して。
コンボボロ島の低い影が、雲の間から見えかけていた。




