12、竜との旅へ
ホラさんの遺書を見つけてから数日後、殆どの準備を終えた私達に、空読み塔から遠話が届いた。
いや、正確には空読み様から。
出発の前日、正式な手順で神降ろしをさせて欲しいという内容だった。
前回の神降ろしは、突然だったのもあり十分でなかったと、空読み様本人が言ったのだという。
正式な手順を踏んだ神降ろしなら、より具体的で分かりやすい予言が、降りるらしい。
そもそも神降ろしというのは、手順を踏んで神を呼んで、合意の元体を神に預けるものだと、空読みの使徒だという人が言っていた。
だから、私たちが見た、強引に神が入り込んだ神降ろしは、かなり異質で例の無いものだったのだ。
話を戻して、具体的な情報が得られるなら、断る理由もない。
そんな訳でこの日、私たちは再び空読み塔の最上階を訪れていた。
「お久しぶりです、空読み様。体は大丈夫でしょうか」
「おお大丈夫、モーマンタイじゃよ」
「モー…?」
最上階の広い部屋で少し待つと、やがて真っ白なローブを頭までしっかり被った、見覚えのある老人がやって来た。
服装を整えた空読み様は、最初に声をかけたヒラさんに、よく分からない言葉で返す。
「…今日は、お願いしますわ。空読み様」
「おーおー分かっとる。すでに準備は整っておるよ」
「…それでは、神降ろし、の方を」
ごくりと、私とカイとエルギオの、唾を飲み込む音が、変に大きく響く。
腕に抱いたペミーも、神妙に静かにしている。
少しと待たずに、儀式が始まった。
低い銅鑼の音と共に、老人の口から聞きなれない呪文が流れ出す。
思っていたより早くに、老人が白目を剥いた。
神さまが降りた合図だ。
場に、緊張が走る。
誰もが、老人の左右に控えている空読みの使徒達さえ、静かに老人の言葉を待っている。
ザ。ズザ。
そして、聞いたことのある音と共に、老人の口から無機質な声が溢れた。
「…聖女よ…そして、聖女に付き従う者たちよ…」
ぐんと、腹の底が重くなったように感じる。只事ではないほどの重いものが、身体中を駆け巡り、ただ耳を傾けることしかできなくなる。
その内容全てに気を配っている、余裕は無くなる。
「三つの聖痕を集めよ…小さな花バタケに誓いを、ケツガの紋章に英雄を、剣のタマ柱に弔いを」
三つの聖痕という言葉に、ハッとする。
確かにこの前より、具体的な内容になっている気がする。
まだちょっと、分かりにくい所はあるけれど。
「さすれば、竜の島…北の果て、竜を祀る島への扉が開くだろう」
思わず下げていた顔を上げる。
横を見ると、他の皆も驚いていた。
前回の神降ろしでは、聞いたことのない情報だ。竜の島、竜を祀る島というのは、北の果てにあるのか。
「…行け、竜を倒す為に。古くからの過ちを、祓うために…」
声の調子が、変わる。
それはまるで、私たちに懇願するような。
それに、私は少しだけ、本当に少しだけ違和感を覚えた。
(前回見えた人影と、違う…?)
今回も、声の奥に誰かの影が見えたような気がしたのだ。
けれどそれは、前に見たものと少し違って見えたような気がした。
違和感は違和感だ。
次の瞬間に、老人の体が崩れ落ちたので、その思いは黙殺された。
———
翌日。
私たちは、島の港に来ていた。
ヒラさんが手配してくれた、私達のための船。これに乗って、この島を離れる為だ。
「怪我に、気を付けてくださいね」
「この島の心配は入りませんわ。私とヒラがいるんですもの」
すでにヒラさんとローラさんには、ハーレ機関本部の前で別れを告げてきた。
ホラさんの遺書を読んで泣いていた彼らだったけど、逆にそれで前に進めたようだ。
あの二人なら、今後もハーマレー島を守っていけるだろうと思える。
もちろん、もう東西で睨み合うこともなく。
「…メルリ、みんな」
船に乗る時、ふとエルギオが口を開いた。
視線が、彼に集まる。
「改めて、お礼を言いたい。…僕を、災竜と知っても共に居たいと言ってくれて、ありがとう…これからも、よろしく」
そう言って、しっかりとした顔で、私たちに微笑んだ。
その笑顔に、私も笑みをこぼす。
「こちらこそ!よろしくな!」
「ムー!」
カイとペミーが、エルギオへと笑い返す。
本当の意味で、エルギオは私たちの仲間、共に旅をする家族になれたわけだ。
「この旅には、君の力が必要不可欠だ。エルギオ」
ダックさんはそう言うけど、本心は一緒に行けて嬉しいのがわかる。
ダックさんって意外と素直じゃないんだよね。
「…メルリ」
彼の視線が、私に向いた。
それは、初めて会った時のような、それとは全く違ったような雰囲気で。
「…うん。これからも、よろしくね」
笑いかけると、エルギオは少し顔を逸らしながら頷いた。
ちょっと顔が赤い気がする。
案外可愛い所もあるな、この子。
船へと渡ると、渡し板が外されて船が汽笛を上げる。
動き出した船の甲板から、遠ざかり始めたハーマレー島へと、手を振った。
「…さようなら!」
色んなことが、本当に色々なことがあった。
楽しいことも、苦しいことも。
けれど、私たちは乗り越えられた。分かり合えた。
ここからだ。
ここから、本当の意味で竜との旅が始まるんだ。
私は、まだ見ぬ空の向こうを、不安と期待が混ざる瞳で見つめた。
———
コンボボロ島へと向かう空船の中で、聖女達一行は思い思いに時間を過ごしていた。
未だ自らの運命を知らぬ、少年と少女。
自らの過去、血筋と向き合うことを決めた竜の少年。
ただ一人、空読みの予言、その一部を理解している小動物。
そんな彼らを親として見守る、子供な大人。
そんな彼らの乗った空船を、空岸から眺める者が一人いた。
かつてのエルギオの友人、ケンヤ・ホープである。
彼は、呆然としながら自分が盗み聞いてしまった、彼らのやり取りを思い出す。
(エルギオが…)
災竜であると。
聞き間違いかと思った。
しかし、確かに彼自身が言っていた。
ケンヤの脳裏に、事件が起きる前の、体調の悪かったエルギオの様子が、浮かび上がる。
確かにあの時、自分はエルギオに怪物的な何かを感じた。
いやまさか、それでも。
(エルギオ、が…?)
信じられない。信じられるはずがない。
ケンヤ・ホープは、呆然とした面持ちのまま、小さくなっていく空船を、見つめ続けていた。
***
ああ、長かった。
ここまで、本当に長かった。
ここに辿り着くまでに、一体どれほどの時間が流れたのか。
自分は分からないが、きっと何百年も経ってしまっているだろう。
それでも、ようやく。
本当にようやく。
世界が、運命が、本格的に動き出したのだ。
第三章 終
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