10、次の行先
「兄ちゃん!みてみて!」
子供特有の高めの声に、ヒラ・ハーマレーは振り返った。
弟、ホラ・ハーマレーが地蛇 (トカゲ)を持って、笑っていた。
「そこで見つけたの!これ、食べれるんでしょ!?」
そう言いながら、近場の藪を指差す。
今、僕とホラの二人は、厳格な父の目を盗んで、こっそり島の森の中を探検していた。
「その知識、また父さんの本から?」
ホラは、多くの本が並ぶ父の書斎へ何度も忍び込んでは、そこの本からいろいろな知識を溜め込んでくる。
たまに父に見つかっては、何時間も説教されるのに、本当に懲りない奴だ。
「うん!食べ物がない時は、これで凌いだ旅人が居たんだって!」
嬉しそうに笑う、この世界でただ一人の弟。僕はそれに、小さくため息をついた。
僕らは将来、島主になることが決まっている。こんなやつが人を纏められるのか、甚だ不安だった。
「ねぇねぇ兄ちゃん!これ、食べてみてもいい?」
「やめとけ」
好奇心満々の弟に、ビシッと否定を入れる。
「僕らは将来、島主になるんだぞ。島の命は、虫だろうと大事にしないと」
「大事に…?」
屁理屈みたいな理屈を並べて、しゅんとしてしまった弟に、屈んで目線を合わせる。
「いいか?僕たちは、どんなに小さな命にでも、責任を持たなきゃいけない。それが、島主の役目だからだ」
「命に…責任…」
下を向いた弟だが、ただでは上を向かずしっかり考えている。
今の言葉は完全に父の受け売りだが、弟を思考させるほどの力はあったようだ。
「…わかった!ありがとう、兄ちゃん!」
そう言って、弟は地蛇を離してやる。
本当に理解しているのか怪しくなるほどの、この飲み込みの速さには、いつも驚かされる。
「…うん」
僕は密かに、彼が将来どんな島主になるのかが、楽しみになった。
もういつの日とも知れぬ、過去の出来事である。
———
「はー!すまんのぅ」
突然倒れてから数分後、意識を取り戻した空読み様は、何が起こったかを私たちから聞いて、にっこりと笑った。
そんな笑えることじゃないのに、どこか軽い老人の雰囲気で、場の重さはいくらか無くなった。
「あれはのぅ、いわゆる一つの神降ろしじゃ」
人差し指をピンと立てて、老人は私たちに解説した。
「焦ったくなった神が、わしの体を使って、直接予言をしに来たんじゃろう。わしも何度か体験したことはあるが、まさかこのタイミングとはなぁ」
つまり、さっき老人の声で話していたのは、老人ではなく神様その人ってことになるのだろうか。
「さすが予言の聖女様じゃ。神が直々に手を出してくるとは」
そう言って空読み様は笑ったけど、私はさっきの恐ろしさと誰かの面影から、逃げられずにいた。
(それじゃあ…)
声の奥に見えたような気がした、あの人影は。
(私は…)
それほど大きな期待を背負っているのか。強大な力を持つとされる神でさえも、私に予言を託すほどに。
腹の底の寒さが、その性質を変えたような気がした。
「で、具体的にはどーすりゃいいんだ?」
机に両腕を伸ばしたまま、カイが言った。
私たちは今、空読み様のいる最上階を離れ、塔の中腹にある会議室に来ていた。
ローラさんと初めて会った部屋だ。
あの後、空読みの使徒達によって、老人は別の部屋へ連れて行かれた。
曰く、予定にない神降ろしは体力の消耗が激しいから、休ませた方がいいのだという。
私たちはこの部屋に移り、空読み様が言った予言について、各々考えていた。
「三つの聖痕を探せと言っていたな…それで、竜の島に行けると」
「聖痕とは、一体なんでしょうか?」
「竜の島と言うのも、聞いたことがありませんわね」
大人達が、予言の内容を整理してくれる。
「エルギオは何か知らない?竜の島って言うくらいだから、ドラメル族と何か関係あるとか?」
「…うーん。子供の頃のことだし。それに、今とは島名が違うかも」
「なんか言ってたよな、三つ」
カイが指を三本立てる。
そうだ。空読み様は、聖痕というものについて、抽象的だけど話していた。
たしか……。
一つ、小さな花バタケ。
一つ、ケツガの紋章。
一つ、剣のタマ柱。
「一つ目の花バタケとは…恐らく花畑のことでしょうね」
「花畑といえば、コンボボロ島ですけど…小さくはありませんわ」
コンボボロ島は、ここハーマレー島の近くにある島だ。
畜産と、世界最大の花畑による観光業で有名だ。確かに花畑はあるけど、小さな、とは表現出来ない。
「二つ目のはケツガ…血牙、だろうか。では紋章というのは…?」
「ムゥ…?」
紋章というのは聞いたことがない。この辺りの文化ではないのかもしれない。
「三つの目のタマ柱っつうのは、まあ魂柱だろうな」
「でも、剣っていうのはなんだろう?」
魂柱の形は、どこの地方もだいたい同じ形になる。でも、剣の形の魂柱なんて、聞いたこともない。
行き詰まってしまった。
こういう時は、あまり考えすぎても事態は動かない。まずは色々動いてみたほうがいいだろう。
ホラさんの殺人だって、動いてみたらあっさり犯人がわかったのだし。
「じゃあ、とりあえずコンボボロ島に行ってみる?」
「そうだな!もしかしたら、小さい花畑もあるかもだし!」
提案すると、真っ先に賛成したのはカイだった。続いてエルギオも頷く。
「…もし無くとも、何か情報が見つかるかもしれん」
「ペムゥ!」
ダックさんとペミーも賛成のようだ。
これで、次の行先は決まった。
となれば、早速出発の準備だ。
「私たちも、手伝いましょう」
「何か必要なものがあれば、好きに言ってくださいな」
「ヒラさん、ローラさん…ありがとうございます!」
カイが快活な感謝を述べる。それで、場の空気は明るくなった。
私も腹の寒さに怯えている場合じゃないと、腹を括る。
自分がすることは変わらない。やれる事をやるんだ。
———
「…あの子は、強いですね」
指示を飛ばして、メルリ達の旅立ちの支度を眺めながら、不意にヒラ・ハーマレーは言った。
「…全然、強くはありませんわ。ただ、真っ直ぐなだけです」
その言葉を、ローラ・ハーマレー・ネネリアは否定する。
メルリだって折れてしまう。それを、同性の自分だからか分かってしまう。
「…それも、そうですね」
笑みをこぼして、ヒラ・ハーマレーは答える。その目は、今この場を見ていない。
そんな彼に、ローラは疑問の視線を向ける。
今の会話の真意は何か。
「…私たちも、進まないといけませんね」
「……休むことも、大事ですわよ」
言葉の真意を察して、察してしまって、ローラは思わず言い返してしまう。
「ですが…いつまでも休んではいられませんよ」
「……」
声が出なくなる。
彼女も、分かってはいるのだ。
自分達もいい加減、前を向かなければならないことを。
失ってしまった悲しみを、乗り越えなければならない事を。
そしてそれが、とても苦しいものだという事も。




