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聖女ドラメルと最後の竜  作者: 創作草
第三章 竜との旅へ
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9、空読み様

「貴方、ちょっと出ない?」


朗らかな日差しが、窓の外から差し込んでいる。暖かなある日の午後、ローラ・ハーマレー・ネネリアは、自分の夫を本部の外へ連れ出した。


寡黙な夫は静かに手を繋ぎ、ゆっくりと森の中を歩く。

夫は、小さな頃から、島全体の地理を父親に叩き込まれていた。だから迷うことはなかった。


「日差しが暖かいわねぇ」


「…ああ、そうだな」


夫の低い声が響く。

その瞳は、午後の日差しも森の木々も、私さえも見ていない。

見ているのは、ただ自分の島の未来。

ホラ・ハーマレーは、病的なほど自分の島のことを想っていた。


「…全く、貴方という人は」


本当にバカ真面目で、笑ってしまうくらい。

初めて会った時、彼の許嫁としてこの島を訪れた時は、しっかり者の兄の後ろに隠れていたのに。


「そんなに島主の責任を、感じることはありませんわ。今は、隣に私がいますので」


ここは、世界最大の島だ。それの半分でも統治する彼の肩には、どれだけの責任がかかっているか、自分ですら正確には分からない。


「…すまない。だが、優しい君がこんなものを背負う必要は…」


「あら、お望みとあらば、鬼女でも何にでもなれますわよ?」


せめて、貴方の肩の荷物を。妻として、その半分でも背負えるように。

幼い頃から、母親に叩き込まれた自分の見せ方一つで、演じることはできる。

そう微笑みかけると、奥手な夫は、顔を私から逸らして言った。


「…そんなもの、お前には似合わん」


「…え」


恥じらいの混じった惚気に、笑いと困惑が混じって硬直する。次の瞬間には、笑いが勝って噴き出した。


「あ、あははは!」


ああもう、この人は本当に不器用なんだから。

でもだからこそ、好きになったわけで。


「…あんまり、豪快に笑うな…」


「だって…だって…!ははは!」


日の差し込む森の中。

それは、いつかの日にあった、夫婦水入らずの時間だった。


———


カイと和解した二日後、ローラさんの部下が、私たちに報せをくれた。

曰く、復興終了の目処がなんとか立ったので、聖女の本来の目的を果たせるようになった、という事だった。


聖女の、私たちの本来の目的。それは、聖女の存在を予言した、ハーマレー島の空読み様に会うことだ。


聖女を予言したくらいなら、私たちの最終目的、災竜を倒す方法なんかも知っているかもしれない。

もし知らなくても、この後の旅に関わるなんらかのヒントを得られるかもしれない。


どちらにせよ、空読み様に会うのは絶対だった。


「三人とも、もういいのか?」


「うん。ありがとう、ダックさん」


空読み様を呼ぶには、本来ハーマレーの二人の島主が必要だが、今回は有事ということで、ホラさんの代わりをローラさんが請け負った。

二人の島主が、空読みの使徒という人に請願すると、空読み塔の最上階の扉が開かれる。

そして、その奥に空読み様はいる。


請願を受け取りに来た空読みの使徒達は、真っ白なローブで顔や頭まで隠して、布の間から眼光を覗かせていた。

一瞬、この人達は人間じゃないのかもと思えるほど、異質だった。


「つきましたよ、最上階です」


「…私は、ここにくるのは初めてですわね」


そうして、私たちは空読み塔の最上階まで来たのだった。

この辺りは、ギルギと闘っていたエルギオが、気絶する寸前に守ったという。

空読み様が闘いに巻き込まれていたら、どうなっていたかわからない。


扉が開く。

中から、明るい光が流れ出した。


「…この先に、空読み様が」


「カイ、メルリ、エルギオ。ペミーも、気を引き締めるように」


カイとダックさんの緊張が、声からも伝わってくる。


「ペ、ムム…」


「…メルリ」


みんなが私を見ている。最初の言葉を、私に委ねるように。でも、不思議と肩は重くならなかった。


「…よし、行こう!」


一息をついて、そう宣言した。それと同時に、足を踏み出して部屋へと入った。



明るい光に包まれたと思った次には、私たちは広い部屋にいた。

塔の最上階は、この部屋だけのようだ。


部屋に壁はなく、代わりに一面窓がはめられていて、島の風景が見える。天井には、空のような風景の絵が飾られている。

そして、部屋の奥の一段高くなった座に、一人の老人が座っていた。


「よく来たのぅ、運命の聖女よ」


私達が老人を見つけたのと同時に、部屋に低い声が響いた。

低いが、どこか抜けた声だ。


「あなたは…」


「そうそう。わしが空読みじゃよ」


そう言って、老人は手を振った。

使徒達と同じように、真っ白なローブを着ているが、白い髭に穏やかな笑顔を浮かべた顔は、隠さずにいた。


「ほれほれ、そんな遠くにおらずに、近うよれ」


「……」


もっと凄そうな人が来ると思っていた私たちは、気の抜けたような老人に、完全に出鼻をくじかれた。

少しして、大人達から硬直をといていく。全員が硬直から立ち直ってから、老人の前まで近づいた。


「…なんか、想像と違う」


「ほっほっ!よく言われる」


ボソッと言ったカイの言葉に、笑って老人は返す。カイがそれにまたびっくりして、固まった。

何というか、緊張感が無いというか。


だめだだめだ。

ここに来た目的を、忘れちゃいけない。首を振って、老人に話しかける。


「…あの!私たち、あなたに話を聞きに来たんです!」


「知っておるよ、聖女メルリ。ここからは、島の全てが見えてたからの」


そう言って、老人は壁一面の窓へ向く。そして、私たちの方へ視線を戻した時、何かに気付いたのか、目を見開いた。


「お?おおお…ほぉー予言の通りよな」


「予言!?まさか、新たな予言が…?」


老人の言葉に、ヒラさんが乗り出して聞いた。新しい空読みの予言が、来ていたようだ。

私たちも無関係じゃ無いし、本題じゃ無いけど気になる。


「まぁ待て。そう焦るな」


そう言うと、老人は咳ばらいをして、予言を話し出した。突然声色が厳格になって、思わず誰もが静かになる。


「…竜を滅ぼす聖女、運命の血筋の少年と、再び会うだろう…これ、半月ちょっと前に来た予言ね」


「運命の血筋の少年、って…」


誰もが視線をエルギオへと向けた。この中でエルギオだけが、災竜に関わる運命…ドラメル族の血を引いている。再び会うって部分も合ってる。

空読みの予言は、エルギオのことまで見ていたのか。


「ま、いーや。あんたらの本題は、これじゃ無いでしょ?」


「…あ、そうですわね。ほら、メルリ」


「…あ、はい。」


ローラさんに背中を押されて、私は老人ー空読み様に向き直る。


「えっと、あなたは私が竜を…倒す聖女だという予言を、授かったんですよね?」


「おおそうじゃ。我らを見守る神からの」


その返事に頷く。やっぱり予言された聖女は、私で間違いないようだった。


「では聞きます…私は、一体何をすれば?」


「ふむ…」


ずっと聞きたかったことだ。

私が竜を倒すと予言されたのはわかる。でも私は、ただの人間だ。一体どうすれば、その予言が真実となるのか。

予言をおろした張本人なら、何か分かるかもしれない。




「…()()()


「……え?」


淡々ともれた声に、私だけでなく皆んながポカンとした。

知らないって、そんな。

愕然としている私たちに、空読み様は容赦なく言葉を続けた。


「わしはあくまで予言するだけじゃ。それをどうするかは、お主らしだ——」





ズ。


ズ、ズ、ズザ。




突然。

耳元で、紙を擦り合わせるような音が響いて。

視界が、世界が揺れた。


無理解。無意味。無感覚。


何もかもがなくなって、何もかもが溢れるような。

声を出せず、溶けていく世界を見ることしかできなくて。





ザ。


ザ、ズザ。



それは一瞬のうちに終わり、私の中に不思議な不快感だけを残した。

しかし、それが残したのはそれだけじゃ無かった。


「ア——」


誰もが、今の一瞬の出来事に硬直している中、空読み様の声が響いた。

老人は立ち上がっていた。

瞳のない、白目を剥いた状態で。


「…!?」


「あれは!?」


突然の豹変に、誰もが老人を見つめる中、再び老人の声が響いた。どこか無機質で、背中の底が震えるような声だった。


『…竜を、滅ぼすセイジョ。セカイを周り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


まるで、広話機越しに話しているような、違う音が混じった声だった。

言いようのない恐ろしさが、身体中を駆け巡る。


『…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


恐ろしさの中で、ふと懐かしさが溢れる。声の中に、声の奥に、誰かを見たような気がして。

言い終えた次の瞬間、空読み様はだらりと崩れ落ちた。


「…っ空読み様!」


真っ先にヒラさんが駆け寄り、倒れる老人の体を支えた。ローラさんやダックさんも気がつき、カイや私もその後に続く。

明らかに変わった老人の様相。その奥に見えた、知らない人影を、誰もが無意識に払いながら。

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