8、雨は止んで
私とエルギオは、空読み塔の中腹にある部屋にいた。これまでの出来事と、自分の感情を整理している。
「…信じられませんが、信じるしかありませんね」
「納得は全く出来ませんわ…でも、その話は嘘ではないのでしょうね」
全ての事情を知った、ヒラさんとローラさんの声が甦る。
彼らは、情報の整理がつかないまでも、私達の話を信じてくれた。これまでの私達の行動が、彼らの信用を勝ち取ったのだとは思えなかったが。
一方。
「……」
ダックさんは、思案げな顔で黙り込み、何も言わなかった。
あの人は恐らく、私達の事情のことをカイに話すだろう。その為に、自身の中で整理していたのかもしれない。
カイは、この話を聞いてどう感じるだろうか。
家族も領民も土地も、全てが災竜に奪われたのがカイだ。彼の同行を拒絶してもおかしくない。
下手したら、旅自体無くなるかもしれない。
(…でも、それならそれで…)
ここ一週間消えなかった、胸の奥の暗い諦念が、燻り返す。
これ以上大事な仲間を、家族を傷つけられるくらいなら、旅なんてやめてしまいたい。
そんな、弱音。
(弱くなったな…私…)
あんなに旅に出たがっていたのに。
あんなに自分の使命を、受け入れていたのに。
こんなに。
こんなに、あっさり諦めようとしているなんて。
その時、部屋の扉が開いた。
彼が、カイが来たのだった。
———
「……」
俯いているメルリを見ながら、僕は口を開けずにいた。
事件が始まる前に決意したこと。彼女から離れて、竜の力を使わずに生きる。
その思いは、ギルギと闘い勝った後の今、更に強くなっていた。
メルリの話を聞く限り、最悪僕がいなくても彼女達は真相に辿り着いた。
人のままのギルギを捕まえて、そのまま事件は解決したかもしれない。
僕という災竜がいたから、ギルギは僕に対抗する為に竜の力を使った。そのせいで、ハーマレー島は半壊まで持っていかれたのだった。
これはあくまで、憶測。
けれどこっちは、紛れもない真実。
(…この島が受けた被害の一部は、僕のせいだ)
巨大故、分からなかった。
確認する暇もなかった。
けれど、自分は、もしかしたら。
ギルギとの闘いの中で。
人を。
「……」
今は、それはとりあえず置いておく。
考えてみてもしょうがない。
それより、自分のせいで島が被害を被ったことが大事だ。
自分がメルリといると、今後もこの様なことが起こるかもしれない。
それならいっそ、彼女と別れて、今までと同じようにした方がいいかもしれない。
一人で同族を探して、人目につかぬ所で倒して回る。
そっちの方が、より良いと思えた。
無駄な犠牲も、減らせるはずだ。
そんなわけで、僕は彼女に別れることを切り出そうとしていた。
(弱くなったな…僕は…)
切り出そうとしていたのに、一歩が踏み出せなかった。
すごく、怖かったのだった。
その時、部屋の扉が開いた。
カイが、来たのだった。
———
部屋に入ってきたカイは、すぐに私たちを見つけて近づいてきた。傍目からでも、緊張しているのが分かる。
彼は彼なりに、どうするのか決めたのだろうか。
というか、それを決めたからここに来たのか。
自分の決心を、私たちに伝える為に。
それがどんな決断であれ、私たちは向き合わなきゃいけないと思った。
「…ふ、二人とも…怪我は、もう…」
「とっくに、治ってるよ」
恐る恐る声をかけたカイに、最初に答えたのはエルギオだった。
「そっか、よかった……えっと」
「……」
彼が必死に言葉を探しているのを、私たち無言で待つ。どんなことを言われても、受け入れられるように。
「…ごめん!」
「え?」
彼がしてきたのは、意外にも謝罪だった。思いがけない言葉に、思わず疑問が漏れる。
「俺、エルギオに…悪いこと言ったから、さ…俺が、災竜を許さないって話…」
「あ…」
私は知らなかったが、エルギオとカイの間で、何かあったらしい。
詳しいことは分からないけど、災竜で全てを失ったカイだ。きっと、そうと知らずにエルギオを傷つけてしまったのかもしれない。
「俺…自分がどうしたいのか、色々考えたんだ…エルギオの事は大事で、でも同じくらい災竜も憎くて…」
しどろもどろで話し出した彼の、言葉を無言で聞く。
彼の自問自答は、私にも覚えがある。
ネイケシア島で、エルギオの手を取った時のこと。
「でも…でもさ……俺—」
あの時の私と同じように、彼は答えを出したのか。
息を呑む。
「…謝っても許してくるか、分かんないけど…でも」
そこで彼は一度言葉を切った。一息をついて、エルギオを見た。
涙を浮かべた目で。震える体で。
それでも真っ直ぐに、エルギオを見据えて、宣言する。
「俺、エルギオと旅したい…!」
エルギオが目を見開く。
私は知っている。
彼の過去を、彼の秘密を知ってなお、一緒に居たいと言ってくれることが、彼にとってどんなに嬉しいことか。
みるみる、彼の顔が嬉しさで歪んだ。そして、俯いて腕で涙を隠す。
「…僕の方こそ、ごめん」
呟いた言葉に、今度は私とカイがその真意を測った。エルギオには、謝ることなんて何もないはずだ。
「…僕、勝手にみんなから離れようとしてた」
吐露するのは、私も知らなかったエルギオの気持ち。
彼の本心に衝撃を受けるが、考えてみれば当たり前のことだ。
エルギオは、優しいから。
「竜の力も封印して、旅を諦めようとしてた…でも」
旅を諦めるという言葉に、胸が、掴まれたようにドクンと脈打った。
「災竜への憎しみを持ってるのに…それでも、手を伸ばしてくれた人がいた。旅を続けたいと言ってくれた、人がいた…」
言いながら、彼はカイの方を見てから、次に私を見て。
「…なら、僕もまだ諦めたくない」
涙を拭いて、そう宣言したのだった。
怯えて、震えて、それでも前を向く彼の姿。
その姿に、胸が再びドクンと脈打つ。
心の奥に、小さい火が灯った気がした。
小さくても、強い火が。
「…私も、ごめん!」
感情に任せて言葉を滑らす。
言わなきゃ。私も、言わなきゃいけない。
自分の心の弱さが生んだ、暗い諦めの気持ちを。
「ギルギが暴れて、みんなが怪我して、それが私は…怖くて」
男の子二人が、私の言葉に驚きながらも、耳を傾けてくれている。
だから私も、自分の本心を曝け出す。
「みんなが傷つくくらいなら…旅なんて、諦めようって…」
今、心の底から湧き上がってくるこの気持ちは、本当は一時の気の迷いなのかもしれない。
弱く、脆いものかもしれない。
すぐに、一瞬で壊れてしまうものかもしれない。
「…でも、カイもエルギオも、諦めなかった。立ち上がった…」
けれど、だとしても。
この火を。
この気持ちを。
今は、嘘だと思いたくない。
「…だから、私も諦めたくない」
自分の心から生まれたこの気持ちを、私は信じたい。
今だけは、熱に浮かされたように、正直にそう思えた。
「…は、みんなで謝りあってどうすんの」
静かになった場に、カイが口を開いた。もう、さっきみたいに緊張してないし、口に笑みが浮かんでいる。
「…はは、そうだね」
エルギオが笑って、そう続けた。
途端に二人は笑い出した。
私も何かよくわからなかったけど、込み上げてきた笑いを、止められなかった。
私たち三人は、その後満足するまで、笑い続けた。
「っはぁー!久々に、思っ切り笑ったー!」
思い思いに笑いまくった後、カイは、気を取り直してと言って、私たちに手を差し伸べた。
「んじゃ——これからもよろしくな、エルギオ。メルリも」
「…うん。よろしく」
「…私はおまけ?」
笑いながらそう言って、差し伸べられたカイの手を取る。
私たちは、下手したら世界を揺るがしかねない秘密を共有した。
けれど、まるで肩に乗っていた岩が、不意になくなったように、心は軽かった。
***
カイルス・フェキシフトと、メルリ・ルアーナ、エルギオ・ドラメルとの間にあった雨取り溝。
カイルスの涙によりそこに雨が降って、自身の本心を分かち合ったことで、溝に降った雨は流れた。
もう彼らの雨取り溝に、雨が降ることはないだろう。彼らの決意を、彼らの火をみれば、それは明らかだ。
それならば、今はもう溝の役目は終わりだ。
役目を終えた溝は、後はもう埋めるだけである。
溝が埋まれば、離れていた彼らは手を取り合える。
それは、動き出す世界にどんな色を加えるのか。それを彼らは知らない。
今は、まだ。
なんて。
いくらなんでも調子のいい流れで、ここを〆ようと思う。
「お前何やってんの?」
「うっさい。なんでもいいでしょ」
***




