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聖女ドラメルと最後の竜  作者: 創作草
第三章 竜との旅へ
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8、雨は止んで

私とエルギオは、空読み塔の中腹にある部屋にいた。これまでの出来事と、自分の感情を整理している。


「…信じられませんが、信じるしかありませんね」


「納得は全く出来ませんわ…でも、その話は嘘ではないのでしょうね」


全ての事情を知った、ヒラさんとローラさんの声が甦る。

彼らは、情報の整理がつかないまでも、私達の話を信じてくれた。これまでの私達の行動が、彼らの信用を勝ち取ったのだとは思えなかったが。

一方。


「……」


ダックさんは、思案げな顔で黙り込み、何も言わなかった。

あの人は恐らく、私達の事情のことをカイに話すだろう。その為に、自身の中で整理していたのかもしれない。


カイは、この話を聞いてどう感じるだろうか。

家族も領民も土地も、全てが災竜に奪われたのがカイ()だ。彼の同行を拒絶してもおかしくない。

下手したら、旅自体無くなるかもしれない。


(…でも、それならそれで…)


ここ一週間消えなかった、胸の奥の暗い諦念が、燻り返す。

これ以上大事な仲間を、家族を傷つけられるくらいなら、旅なんてやめてしまいたい。

そんな、弱音。


(弱くなったな…私…)


あんなに旅に出たがっていたのに。

あんなに自分の使命を、受け入れていたのに。

こんなに。

こんなに、あっさり諦めようとしているなんて。


その時、部屋の扉が開いた。

彼が、カイが来たのだった。


———


「……」


俯いているメルリを見ながら、僕は口を開けずにいた。

事件が始まる前に決意したこと。彼女から離れて、竜の力を使わずに生きる。

その思いは、ギルギと闘い勝った後の今、更に強くなっていた。


メルリの話を聞く限り、最悪僕がいなくても彼女達は真相に辿り着いた。

人のままのギルギを捕まえて、そのまま事件は解決したかもしれない。


僕という災竜がいたから、ギルギは僕に対抗する為に竜の力を使った。そのせいで、ハーマレー島は半壊まで持っていかれたのだった。


これはあくまで、憶測。

けれどこっちは、紛れもない真実。


(…この島が受けた被害の一部は、僕のせいだ)


巨大故、分からなかった。

確認する暇もなかった。

けれど、自分は、もしかしたら。


ギルギとの闘いの中で。

人を。


「……」


今は、それはとりあえず置いておく。

考えてみてもしょうがない。

それより、自分のせいで島が被害を被ったことが大事だ。


自分がメルリといると、今後もこの様なことが起こるかもしれない。

それならいっそ、彼女と別れて、今までと同じようにした方がいいかもしれない。

一人で同族を探して、人目につかぬ所で倒して回る。

そっちの方が、より良いと思えた。

無駄な犠牲も、減らせるはずだ。


そんなわけで、僕は彼女に別れることを切り出そうとしていた。


(弱くなったな…僕は…)


切り出そうとしていたのに、一歩が踏み出せなかった。

すごく、怖かったのだった。


その時、部屋の扉が開いた。

カイが、来たのだった。


———


部屋に入ってきたカイは、すぐに私たちを見つけて近づいてきた。傍目からでも、緊張しているのが分かる。

彼は彼なりに、どうするのか決めたのだろうか。

というか、それを決めたからここに来たのか。

自分の決心を、私たちに伝える為に。


それがどんな決断であれ、私たちは向き合わなきゃいけないと思った。


「…ふ、二人とも…怪我は、もう…」


「とっくに、治ってるよ」


恐る恐る声をかけたカイに、最初に答えたのはエルギオだった。


「そっか、よかった……えっと」


「……」


彼が必死に言葉を探しているのを、私たち無言で待つ。どんなことを言われても、受け入れられるように。


「…ごめん!」


「え?」


彼がしてきたのは、意外にも謝罪だった。思いがけない言葉に、思わず疑問が漏れる。


「俺、エルギオに…悪いこと言ったから、さ…俺が、災竜を許さないって話…」


「あ…」


私は知らなかったが、エルギオとカイの間で、何かあったらしい。

詳しいことは分からないけど、災竜で全てを失ったカイだ。きっと、そうと知らずにエルギオを傷つけてしまったのかもしれない。


「俺…自分がどうしたいのか、色々考えたんだ…エルギオの事は大事で、でも同じくらい災竜も憎くて…」


しどろもどろで話し出した彼の、言葉を無言で聞く。

彼の自問自答は、私にも覚えがある。

ネイケシア島で、エルギオの手を取った時のこと。


「でも…でもさ……俺—」


あの時の私と同じように、彼は答えを出したのか。

息を呑む。


「…謝っても許してくるか、分かんないけど…でも」


そこで彼は一度言葉を切った。一息をついて、エルギオを見た。

涙を浮かべた目で。震える体で。

それでも真っ直ぐに、エルギオを見据えて、宣言する。


「俺、エルギオと旅したい…!」


エルギオが目を見開く。

私は知っている。

彼の過去を、彼の秘密を知ってなお、一緒に居たいと言ってくれることが、彼にとってどんなに嬉しいことか。

みるみる、彼の顔が嬉しさで歪んだ。そして、俯いて腕で涙を隠す。


「…僕の方こそ、ごめん」


呟いた言葉に、今度は私とカイがその真意を測った。エルギオには、謝ることなんて何もないはずだ。


「…僕、勝手にみんなから離れようとしてた」


吐露するのは、私も知らなかったエルギオの気持ち。

彼の本心に衝撃を受けるが、考えてみれば当たり前のことだ。

エルギオは、優しいから。


「竜の力も封印して、旅を諦めようとしてた…でも」


旅を諦めるという言葉に、胸が、掴まれたようにドクンと脈打った。


「災竜への憎しみを持ってるのに…それでも、手を伸ばしてくれた人がいた。旅を続けたいと言ってくれた、人がいた…」


言いながら、彼はカイの方を見てから、次に私を見て。


「…なら、僕もまだ諦めたくない」


涙を拭いて、そう宣言したのだった。


怯えて、震えて、それでも前を向く彼の姿。

その姿に、胸が再びドクンと脈打つ。

心の奥に、小さい火が灯った気がした。

小さくても、強い火が。


「…私も、ごめん!」


感情に任せて言葉を滑らす。

言わなきゃ。私も、言わなきゃいけない。

自分の心の弱さが生んだ、暗い諦めの気持ちを。


「ギルギが暴れて、みんなが怪我して、それが私は…怖くて」


男の子二人が、私の言葉に驚きながらも、耳を傾けてくれている。

だから私も、自分の本心を曝け出す。


「みんなが傷つくくらいなら…旅なんて、諦めようって…」


今、心の底から湧き上がってくるこの気持ちは、本当は一時の気の迷いなのかもしれない。

弱く、脆いものかもしれない。

すぐに、一瞬で壊れてしまうものかもしれない。


「…でも、カイもエルギオも、諦めなかった。立ち上がった…」


けれど、だとしても。

この火を。

この気持ちを。


今は、嘘だと思いたくない。


「…だから、私も諦めたくない」


自分の心から生まれたこの気持ちを、私は信じたい。

今だけは、熱に浮かされたように、正直にそう思えた。


「…は、みんなで謝りあってどうすんの」


静かになった場に、カイが口を開いた。もう、さっきみたいに緊張してないし、口に笑みが浮かんでいる。


「…はは、そうだね」


エルギオが笑って、そう続けた。

途端に二人は笑い出した。

私も何かよくわからなかったけど、込み上げてきた笑いを、止められなかった。


私たち三人は、その後満足するまで、笑い続けた。


「っはぁー!久々に、思っ切り笑ったー!」


思い思いに笑いまくった後、カイは、気を取り直してと言って、私たちに手を差し伸べた。


「んじゃ——これからもよろしくな、エルギオ。メルリも」


「…うん。よろしく」


「…私はおまけ?」


笑いながらそう言って、差し伸べられたカイの手を取る。


私たちは、下手したら世界を揺るがしかねない秘密を共有した。

けれど、まるで肩に乗っていた岩が、不意になくなったように、心は軽かった。




***


カイルス・フェキシフトと、メルリ・ルアーナ、エルギオ・ドラメルとの間にあった雨取り溝。

カイルスの涙によりそこに雨が降って、自身の本心を分かち合ったことで、溝に降った雨は流れた。


もう彼らの雨取り溝に、雨が降ることはないだろう。彼らの決意を、彼らの火をみれば、それは明らかだ。


それならば、今はもう溝の役目は終わりだ。

役目を終えた溝は、後はもう埋めるだけである。


溝が埋まれば、離れていた彼らは手を取り合える。

それは、動き出す世界にどんな色を加えるのか。それを彼らは知らない。

今は、まだ。


なんて。

いくらなんでも調子のいい流れで、ここを〆ようと思う。



「お前何やってんの?」

「うっさい。なんでもいいでしょ」


***

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