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聖女ドラメルと最後の竜  作者: 創作草
第三章 竜との旅へ
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7、溝に降る雨

エルギオが立ち上がれるようになったのは、それから二日後だった。

私たちはその間、大人達にどう説明するかを、話し合っていた。


まず、ドラメル族の事。

次に、彼らの力の事。暴走の事。

そして、エルギオが母親から託された使命の事。


到底信じられる事じゃないけど、皆んななら信じてはくれると思った。納得してくれるかは、分からないけど。


「ミィ…」


「…大丈夫だよ。ペミー、心配してくれてありがとう」


ペミーはこの二日間、私達と一緒にいてくれた。

エルギオの秘密に最初に気付いたのは、恐らくペミーだ。ペミーはムロリメロ島にいた時から、エルギオに対するあたりが強かったから。


多分、空船の中で初めて彼に会った時から、彼が災竜である事を、動物の本能的な感覚か何か感じたのだろう。


なのにペミーは、ネイケシア島での事件があった後は、私とエルギオが一緒にいる事に特に反発しなかった。

それどころか、いつもと変わらず私についてくれている。

その優しさが、とても嬉しい。


「来たぞ、エルギオ」


ダックさんの声で、私は思考を切った。振り向くと、ダックさん達が私とエルギオがいる部屋に、入ってきていた。

カイの姿は無かった。


「カイは?」


「…まだ、飲み込めていない様だ。後で俺から言っておこう」


同様の疑問を抱いたエルギオの質問に、ダックさんは単調に応えた。


私たちは、避難所になっていたハーレ機関本部を離れて、空読み塔の中の部屋に移動していた。

万が一にも、誰か無関係の人に漏れないようにする為だ。


彼らが私たちの所に来る。

私とエルギオも、立ち上がった。


「私たちを呼んだという事は、話せる様になった、という事で良いんですわね?」


「急がせはしません。ゆっくり話してくれていいですよ」


ローラさんとヒラさんの優しさに頷いて、エルギオは私の一歩前に出た。


深呼吸一つ。

彼の話を補足する役目の私でさえも、重い緊張が体中に走る。

彼の負担は計り知れない。


「えっと、じゃあまずは——」


エルギオはゆっくりと、彼ができるなるべく全てを話し始めた。

一族のこと、竜の力のこと、彼自身の目的のこと。

私は機を見て、みんなにとって分かりにくい所を、補足して説明した。


秘密を打ち明けることが、こんなに怖くて腹の底を寒くするものなのかと、思いながら。


———


カイルス・フェキシフトは、塔の外で(うずくま)っていた。

赤らんだ目を震わせながら、斜め下の地面を見つめている。

不意に背後に、誰かの気配が現れた。

振り向かずとも、それがダック・ボンデールのものだと分かった。


「…カイ」


「……なんだよ」


無感情な声に応える。

彼にとっては精一杯遠慮したつもりなのだろうが、側から見ると無遠慮に話しかけた様に聞こえる。

遠慮したつもりだと分かったのは、単に自分が彼と共に過ごした時間が長いから。


分かっている。

分かってはいるのだ。

ダック・ボンデールは不器用だということ。カイルス本人も、分かってはいるのだ。


「メルリ達から話は聞いた。エルギオは、災竜で間違いはない」


「…分かってるよ。んなこと」


「だが、人間の敵ではない、と彼の話を聞いて私は判断した」


「…分かってるって」


エルギオが人間の敵かどうかなんて、話を聞かなくても分かる。

ムロリメロ島を復興する時、彼の人々への態度は真摯だった。

そんな理由付けをしなくても、彼はいい人だ。だから、敵にはならないはずだ。


「だから…彼を、責めないでほしい」



——いや、そもそも問題はそこじゃない。

ダックは、それを分かってない。


「は」


カイルスには、ダックの無理解を責める資格はない。

不器用だと言ったが、それは彼も同じだった。

言わなければ、分かるわけない。


「…エルギオはさ、いい子だから。…その、弟みたいに思ってたんだ」


話し出したカイルスに、その内容も相まってダックは眉を顰める。一体彼は、何を言おうとしているのかと。


「背も、俺より低いし、歳だって…俺と同じか、一つ下ぐらいだろ?」


彼の実年齢は分からないが、14ぐらいだろうと、カイルスは初めて会った時に思ったものだ。

あの時彼は、自分が幼い対抗心を抱くほど、あんな若そうな見た目で、自分よりしっかりしていた。


「だから…その、エルギオといるの、楽しくて…」


同年代の同姓だからだろうか。彼とカイルスはよく馬が合った。

弟のように思っていたのと同時に。

仲間だと思っていたのより、前提として。

貴重な、自分と近しい友達だった。


「だから…えっと…」


自分は何を言いたいのか。

自分は何を言おうとしているのか。

カイルス自身が分からなくなってくる。


「でも、あいつの秘密を知ってさ…分かんなくなって」


今、自分は感情に任せて言葉を発しているのだと、カイルスは自覚する。

その着地点すら明らかになっていないのに、ただ思い浮かんだ言葉を並べている。


「あいつといるのは楽しいし、一緒に旅したい。…でも、災竜(やつら)は確かに家族の仇で…」


言葉を話しながら、カイルスはようやく自分の感情が見えてきた気がし始める。

彼の瞳が潤んだ。


「だから…分かんねぇんだ…」


ああそうか。

自分は()()()()()のか。

エルギオへの友情と親近感。

災竜への殺意と憎悪。

その二つの板挟みになって、迷っているのか。


「ダックさん…俺、どうすればいいんだ…?」


「……」


絞り出したようなカイルスの言葉に、ダックは暫く瞑目する。

それが考えている、彼なりに迷っているからだとは、感情を昂らせたカイルスは分からない。

分からないから、感情に任せて嗚咽を漏らす。

泣いてしまう方が、楽になれると感じながら。


「…どうしたら……」



しばらく、カイルスの啜り泣きの声が響いた。彼の声が収まった頃、ダックの口から言葉が漏れた。


「どうしたらいいか、なんて俺も分からん」


「…え」


投げたような答えに、カイルスは困惑する。

別に答えを求めた嘆きでは無かったのだが、それでも分からないと言われるのは、突き放されたように彼は感じた。


「俺だって大いに悩んだ。エルギオは、俺にとっても大事な仲間だから」


「……」


殆ど無口のダックが、珍しく自身の内を吐露するのを、カイルスは困惑しながらも聞いていた。


「…エルギオの目的は、災竜を滅ぼすコトらしい」


「…!」


二人から聞いた事情を思い出しながら、ダックは言葉を続ける。


「彼と私達の目的は一致している。ならば、彼を突き放すのは得策じゃない」


災竜を倒すという目的が同じであるという理屈の面において、少なくとも自分達はエルギオと居ていいのだ。

そういう事を、ダックは口下手ながら彼なりに伝える。


「————おれ…」


口を開いても、続く言葉は出てこない。

自分は。自分はどう思っているのか。

エルギオと、どうありたいのか。


少しの間、カイルスは嗚咽を抑えて静かに考えていた。

ぐちゃぐちゃの自分の心と、向き合っていた。



やがて、カイルスは静かに立ち上がった。


「…俺、エルギオに謝らねぇと」


まだ涙で潤んだ瞳で。

きっちり整理できてない頭で。

どこか、吹っ切れたとも言えない様な顔で。

ただ、何かに突き動かされる様に。


「…ありがと、ダックさん」


そう言葉を言い残して、カイルスは空読み塔へと入っていった。


その様子を、ダックはじっと見つめ、そして小さく息を吐いた。

上手にカイの背中を押せなかった事を、自分の不器用さを、後悔しながら。




***


雨取り溝、というものがある。

そもそも雨というのは、島々のさらに上空。上雲(じょううん)と呼ばれる雲から大量の水滴が落ちる事だ。

大抵の島では、作物が育つほどしか降らないが、家々が流されるほど多く降る地域も、存在する。


その様な地域では、降った雨が通る道として、雨取り溝と呼ばれる小さな溝が、島中に張り巡らされている。


私的な意見だが、この雨取り溝。

理解し得ないもの同士の確執の隠喩として、用いることができるのではないだろうか。


であるならば、カイルス・フェキシフトとメルリ達の間にも、この溝があると表現できるのではないか?


だとするなら、カイルス・フェキシフトが泣いたことを、こう表現できるのではないだろうか。

彼は、彼らの間にできた雨取り溝に、雨を降らせたのだ、と。



…やはり、少し格好つけがすぎるだろうか?

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