6、傷跡 2
エルギオが意識を取り戻したと聞いてすぐ、私は彼の所へ向かった。
彼はもう起き上がっても大丈夫なようで、配られた野菜と肉のスープを膝に置いて食べていた。
「…エルギオ、もう大丈夫?」
「…うん、もう大丈夫だよ。メルリ」
その声を聞くのが、酷く久しぶりな気がする。
実際一週間ぐらいは話したこともなかったのだけれど、私にはもっと長く離れていたように思えた。
「……」
「……」
沈黙が降りる。
話したいことが、たくさんある。
聞きたいことも、たくさんある。
けれどそれ以上に、彼に言わなければならないことがあった。
気を失う前に感じた、深い諦念。
弱い心に打ち込まれた、どうしようもない暗い感情。
「…あ……」
言わなくちゃ、彼に言わなくちゃと思っても、口が上手く動かない。
なぜなら、その内容を彼に伝えるのを、私が恐れているから。
旅を諦めたい。
恐らくギルギを倒してくれたであろう彼に、そんなことを言うのは心苦しかった。
そんな私と同じで、エルギオも話を切り出す機会を伺っているようだった。
「ねえ」
「あの」
言い出した言葉が、見事に重なってしまった。
沈黙が気まずくなる。
「…エルギオ、起きた?」
口を開く隙もなく、カイの声が聞こえた。
振り返ると、彼の他にダックさんとペミー、ヒラさんにローラさんまでいる。
「みんな…」
旅の仲間で大事な家族だし、ダックさんとペミーは分かる。
色々と忙しいはずの、ヒラさんとローラさんまで来ているのは、いったい。
「…エルギオ」
言葉を発したダックさんは、何故だか厳しそうな顔で。
ヒラさんとローラさんも真剣な顔で。
カイとペミーは、不安そうで。
みんなの様子に、エルギオも眉を顰める。
私も、何か嫌なものを感じて、ダックさんを見据えた。
「…君、は」
「あーもう、まどろっこしいですわ」
ローラさんが、ダックさんの言葉を押し除けた。
「あなたがエルギオ、ですわね。初めまして。私、ホラ・ハーマレーの夫のローラと申しますわ」
「は、初めまして…」
突然の自己紹介に、エルギオが困惑しながらも応える。
そういえば、この二人は初対面だったなとふと思う。
雑多な思考を、彼女のぴしっとした声が振り払った。
「…単刀直入に聞きますわ」
みんなに、痺れるような緊張が走ったのが分かった。
私は、無意識のうちにエルギオの手を握った。
一拍の後、彼女はその疑問を投げた。
「……あなた、一体何者なんですの?」
エルギオの体が強張っていくのが、繋いだ手から痛いほど感じ取れた。
「……それ、は」
彼の口が開いた。
声が震えている。
私は、彼の手を握る力を、強くした。咄嗟に、それしか出来なかった。
「…今すぐ、話す必要はない。だが、いつかは…」
「待てよ」
ダックさんの言葉を、今度はカイが遮った。
彼は、私たちの所に来て、座り込んだ。
彼の瞳が、私達と平行に並ぶ。
「…メルリも、エルギオも、俺にとっては大事な仲間なんだ。家族みたいなもんなんだ」
少しの沈黙の後、彼はそう切り出した。
「…でも、でも。だからこそ教えてほしい。今、教えて欲しい…」
途中までしっかり話していた彼の声が、不意に震えた。
彼の瞳も震え、歯を食いしばっている。
「お前、は…」
そして、一息ついて。
「エルギオ、お前は…さ、災竜、なのか……?」
彼の震える体が、必死に否定してほしい事を、訴えているのが分かる。
けれど、エルギオも私も、否定なんて出来ない。
「…ち、違うんだろ?何かの、間違いなんだろ…?」
ギルギは災竜だった。
その彼が、エルギオのことを同族だと言っていた。
当時の混乱の中ではそれに気づく暇は無かった。それ以上に大事なことが多かったから。
けれど、一週間ほど経った今。
事実を整理した人がそれに気付くのは、当たり前だった。
「…なあ、否定してくれよ…」
そしてそれは、否定できない。
他でもないギルギの言葉と、その後の災竜の闘いが、全てを物語っている。
今更否定できない。
したところで、もう遅すぎる。
「……お願い、だから…」
「カイ…その」
カイの声は、もう泣きそうだ。
聞いていられなくて、何かを言おうとしても、何も思い浮かばない。
「……ごめん」
「…っ、カイ!」
謝罪だけを言い残して、カイは走ってどこかへ行ってしまった。呼び止めても、止まらない。
彼へと伸ばした手が、無力にも宙を掻いた。
「…今じゃなくていい」
「話せるようになったら、話して下さい」
「ゆっくりで、いいんですわよ」
重い沈黙が降りた場に、大人達が言葉を残して去っていく。
どれもこれも本当に優しくて、苦しくなる。
「ペムゥ…」
場に最後に残ったペミーは、私の膝に擦り寄ってくれた。
手を置くと、柔らかい毛の感触が手を伝う。なんとなく、慰めてくれているのが分かる。
「…話そう、全部。もう、隠すことはできない」
ぽつりと呟いたエルギオに、私は何も言わずに頷いた。
心にぽっかり穴が空いたようで、泣きたいような気持ちだ。
それなのに、涙は溢れ出してくれなかった。




