5、傷跡 1
災竜同士の闘いは終結した。
二体の災竜は、島の東側の端に落下した。それで起きた巨大な振動に、西の森の木々が吹き飛び、倒れる。
そして、それを最後に島は静寂に包まれた。
「終わった、のか…?」
誰かがポツリと、呟いた。
その言葉に、周りの人々も、災いとされる災竜同志の闘いの中を生き延びた事を、実感しだす。
歓声は上がらない。
生き延びた者たちには、生還の喜びも、幸運の歓びも、生存の安心もなかった。
ただ疲れが。
途方もない疲れが、彼らに纏わりついていた。
「おい!こっち、誰か倒れてるぞ!」
誰かが、森の中で何かを見つけた。
それは、まだ年若い男の子だった。
なんと、腹の辺りに穴を開けて、血反吐を吐いて気を失っている。
かなりの重傷であるのに、その少年は奇跡的にまだ生きていた。
人々は慌てて、少年を避難所となったハーレ機関の本部に運んだ。
こうして、突如ハーマレー島を襲った災いは、幕を閉じたのだった。
———
闇。
どこまでも広がる、闇の世界。
恐ろしさはない。
その代わりに、どこか心地良い闇。
このまま、ここで眠ってしまおうか。
そんなことを思ったその時、闇に一筋の光が差した。
同時に、懐かしさを感じる声が聞こえる。
声は、自分の名前を呼んでいた。
流れに身を任せるように、声が聞こえてくる光に、飲み込まれる。
その先に、一抹の苦しさを感じながら。
「——リ!メルリ!」
「……カイ?」
うっすらとした視線の先に、少年の顔が見えた。それが誰かわかって、その名前を呟く。
「気付いたのか!…よかった」
自分より歳下の顔が、安心に歪む。
その顔を見て、私は何が起こったのかを思い出した。
「…そうだ、エルギオ!災竜は!?」
「ちょ、ちょっと落ち着け。一つずつ話すから」
慌てて起きあがろうとしたのを、カイが静止した。
「う、うん…ごめん」
「いや、謝まらなきゃなんないのは、俺の方だ…」
彼の顔が、スッと暗くなる。
「…何も。何も出来なかった。ほんと、ごめん…」
「…もう、大丈夫なの?」
「…おう。俺はな」
その言葉と一緒に、彼は横を向いた。
視線を向けると、未だに寝かされたままのダックさんとペミーが、目に入った。
私が気を失った後も、なんとか無事だったらしい。
「ヒラさんとローラさんも、無事だぜ。ヒラさんは、ちょっと怪我したたけど」
「そう…よかった」
とにかく、身の回りの大事な人達は、全員無事だった。
となれば、後の懸念は。
「…エルギオは?災竜はどうなったの?」
「…災竜は倒されたぜ。エルギオ、は…」
言葉を濁した彼に、腹の底から恐ろしさが這い上がってくる。
そんな私の様子に、カイが慌てたように言った。
「いやいや!生きてるよ!かなりの重傷、だけど…」
「重傷…」
「腹に穴が空いたたんだと。治療師さんのお陰で傷は治ったけど、熱が酷いらしい」
それからカイは、淡々と周りの状況を語っていく。
ハーレ機関の本部は、急遽避難所になったらしい。
東のハーマ集会からも人員と治療師を呼んで、怪我人の治療を最優先にしたという。
それでも、助けられない命は多かった。
ヒラさんとローラさんが共同で指揮をとってくれたおかげで、不要な争いは最小限で済んだという。
それでも、まだまだ問題は山積みだ。
大変なのは、ここからだ。
「…私も、動かないと」
大きな怪我もないのに、気を失ってしまったんだから。
遅れを取り戻さなきゃいけない。
「もう、大丈夫なのか?…崩れて落ちてきた、天井のがれきに飛ばされたって聞いたが…」
「うん、特に大きな怪我もないよ。気を、失ってただけ」
「そうなんだ…みんな、待ってるぜ…その、聖女様…を…」
カイが悲しそうな顔をする。
私にかかる責任を重く感じてくれているのだろう。
「…大丈夫、だよ」
みんなのためだと思えれば、私は動ける。それに、この旅だって。
「……」
気を失う前の深い諦めの気持ちが、再び私の胸をよぎった。
あの気持ちは今でも変わっていない。
島の復興を終えたら、こんな危険な旅なんてやめて、みんなとどこかで静かに暮らしたい。
そんな考えすら、浮かんできている。
(エルギオに…会って話そう)
なぜだか分からないけれど、彼にだけは、今のうちに話しておきたかった。
「よし…カイ、行こう」
立ち上がって、伸びをする。
そうして私は、島の復興を手伝うため、遠くで指示しているヒラさん達の所へ歩き出した。
カイが、ずっと苦しそうな顔をしている事に、一抹の不安を感じながら。
ダックさんとペミーが立ち上がれるようになったのは、それから二日後だった。
命に関わるほど大きな傷では無いったからかもしれない。
治療師さんは、ちょっと早すぎると言っていたけど。
エルギオは、その頃になってようやく薄らと目を開け始めた。それでも、話したり動いたりは出来ないようだった。
———
街道の横で、倒木を運びながら誰かが話している。
ケンヤ・ホープらだ。
彼らも、災い同士のぶつかり合いを生き延びていた。
「倒れた木の撤去、どうするのよ?」
「どうしようもないだろ。奈落に捨てるか、建築に使うしかねーよ」
「大事な建材しゃよ。奈落になんか捨てん」
このように、島の復興は、かなり難航した。
島が広いこともあって、被害規模が正確に分からなかったのだ。
東西の組織が協力して復興にあたったけど、少しずつしか進まなかった。
———
水や食糧は、溜めていた分があってなんとかなったが、問題は寝床だった。
死者は数千にも上ったが、怪我人だけでもその十倍はいた。
怪我人全員が寝れるほど広い場所は、この島には無かった。
だから、可能な人は森の中で野宿をした。
少しずつしか見えない光に、誰もが焦りと不安を感じていた。
それだからか、私の存在はかなり大きかったと思う。
「聖女様!」
「聖女様が来られたぞ!」
「手を握ってくれませんか?聖女様!」
災いの前に、人々を導く聖女。
それゆえに、みんな私から励ましの言葉を求めた。
私は、それに精一杯応えた。
私にしか出来ないことは、それだけだったから。
「……」
一つ、辛かったことがあった。
私が旅を辞めようと考えている事だ。
そんな私に、人々は羨望の眼差しを向けるのだ。
いつか災いをすべて取り去ってくれるのだと、願ってくるのだ。
苦しかった。
彼らを裏切っていると、感じてしまうから。
彼らの期待と羨望を、無意なものにしている気がしてしまうから。
カイやダックさんは、私が何か悩んでいる事に気づいて、何も聞かずに励ましてくれた。
それがちょっと嬉しくて、同時に苦しかった。
彼らからの期待も、私は裏切ろうとしているのだ。
そんな日々が数日続いた。
そして災竜の闘いから六日後。
エルギオはようやく意識をはっきりさせた。




