4、ブラッド・ハンター 2
ハーマレー島の、遥か上空。
「ほらほら、どうするぅ!?」
精神を逆撫でする声を無理やり無視して、僕は幾度目かの爪の攻撃を避けた。
…避けきれずに、頬に痛みが走る。
(くそ…!)
彼の血だった火球は、隕石となってハーマレー島へと降り注いだ。それで起こった惨劇を確認する暇もなく、ギルギは攻撃を加えてくる。
焦りからか、見切れていたはずの彼の攻撃を、避けきれなくなってきた。
このままでは、いずれこっちが殺される。
そうなれば、奴は今度こそハーマレー島で暴れるだろう。
(そもそも…)
あいつは何でハーマレー島に現れ、そこの権力者を殺したのだろう。
メルリ達が何か掴んだようだったが、聞けるタイミングが無かった。
「狩りの途中に、考え事すんなぁ!」
「くっ…!」
襲いくる爪を掻い潜る。
今は考え事なんてしてる場合じゃない。
まず、どうにかして眼前の敵を討つ。
それだけを考えろ、自分。
「ほらほら、もう一回やってやるぞ」
彼が再び大きく爪を振るう。
そして、大きな隙ができる。
先程誘い込まれたのと、同じ動き。けれど、自分が不利な今、なりふり構っていられない。
僕は生まれた隙に、大きく牙を立てようとして。
寸前で思いとどまった。
追撃を避けるために距離を取る。
するとギルギは、口を開けて笑った。
「そうだよな!お前は俺に、血を流させらんねぇもんなぁ…!」
図星だ。
僕は彼を傷つけられない。
まだ流血させてしまうと、再び血の力で島を爆撃される。
それならどうすれば良いか。
傷をつけずに、彼を倒すしかない。
(そんな方法…)
心臓を貫けば、致命は確実だろう。しかし、死ぬまでの数秒で血の力を使われる。
彼を傷つけられない。
牙も爪も、使えない。
「もうお終いか?もっと色々考えてみろよ、俺を楽しませてくれよ!獣でさえ、もっと賢く動くぞぅ!」
(どうする…っ!)
彼の戯言を無視して思考を続ける。
何か、何かあるはずだ。傷を付けずに、彼を倒す方法が。
「おい。おーい。おーい!無視かよ、萎えるぜまったく。お前ももっと楽しまなきゃ…うげっ」
必死に攻略法を模索していた僕の前で、ギルギは突如咳き込んだ。
「ゲホッゴホッ…あー『心話』を酷使しすぎた。喉いてぇ…」
『心話』と彼が呼ぶこの力は、使いすぎると喉にダメージがいくらしい。そういう欠点もあるのか。
子供の頃に封印されて、10年前まで眠っていた自分は、知らない事が多すぎる。
けれど、今はそれはいい。
彼は今、喉が痛いと言ったのだ。
喉、なら。
喉を絞めれば、血を出さずに倒せるかもしれない。
それ以外咄嗟に思いつかない。
これしかない。
僕は不意に動いて、思い切りギルギに自分の身体をぶつけた。
そして同時に、ギルギの喉に両腕を押し付ける。
「おっ…!?」
困惑の表情を浮かべた彼を無視して、力一杯に首を絞める。考える時間など、与えない。
彼は一瞬苦しそうな顔をし…そして再び、ニヤけた。
「そう来ると…思ったぜ」
ごぼっ。
突然響いた音。
僕の首の下、腹の辺りから響いた音。
視線を下げる。
ギルギの腕が、僕の腹を貫いていた。
途端に、彼の腕周りから大量の自分の血が溢れ出した。
「が、はっ…」
痺れるような痛みが全身に走って、悲鳴すら上げられない。口から赤い血が流れ、腕から力が抜けていく。
「俺の力を知った奴は、大抵首を狙うんだよな。アイツもそうだったし。あと…」
心臓の音が、煩いほど大きく聞こえる。体が、四肢の方から冷たくなっていく。
「お前、目が動きすぎだ。何を狙ってんのか、丸分かりだったぞ」
死ぬのか、ここで。
旅の目的も、何も出来ないまま。
「じゃあな。まあまあ楽しい狩りだったぜ」
視界が暗くなっていく。
消えゆく意識の中で、後悔だけが頭の中に流れ出した。
いや。
まだだ。
まだ、諦めたくない。
だって彼女が。
メルリが、きっとまだ戦っているから。
自分に出来ることを、自分にしか出来ないことを、必死にしているから。
災竜は人では倒せない。
災竜を倒せるのは、災竜だけ。
なら、災竜の僕に出来ることは、決まってる。
「っああああああ!」
意識を無理やり引き寄せて、雄叫びと共に目を醒ます。
再び腕に力を込めて、ギルギの首を絞め上げた。
途端に、刺すような痛みが再び体を貫き、腹の出血が勢いを増す。
「なっ…!?」
「ぐ、うううううううっ!」
ギルギの顔が、苦しみと驚きで歪む。
腹から溢れる痛みに、意識が飛びそうになる。
それでも、ただ眼前の首を絞めることだけに、全てを注ぎ込んだ。
「こいつっ…!往生際の悪い…!このっ!死ね…!」
顔に焦りを浮かべた彼が、もう片方の腕で僕の顔を殴った。視界が白く染まって、キインと音が飛んでいくのを気合いで引き戻す。
開いた眼で彼を睨み付けて、腕に更に力を込める。
ミシミシと、彼の首が鳴った。
「…!お、まえ…」
彼の顔が、初めて恐怖で歪んだ。口から泡が出始め、瞳に涙が浮かんだ。
「がっ、あああああああーーっ!」
最大の雄叫びと共に、すべての力を両腕に流す。
途端にギルギの力が弱くなり、自分の体躯や腕力、全てが大きくなったような錯覚を受けた。
「お、前…まさ、か…王の——」
グギッ。
そんな音と共に、突然ギルギの体から力が抜けた。
見ると、首を絞めるどころか、骨ごと折れている。
苦痛に歪んだ顔のまま、ギルギの瞳には、もう光はない。それは、彼の命がもうないことを、分かりやすく表していた。
(勝った…のか…)
切れそうになる意識の中で、ぼんやりとそう思う。途端に、自分の命が更に速く、腹から流れていく気がした。
ギルギの体から力が抜け、同じく全部出し切った僕の体と一緒に、空の中を落ち出した。
真下に、ハーマレー島の空読み塔が見える。
彼の体を掴んだまま、無意識のうちに最後の力を振り絞って、翼を一度だけ羽ばたかせる。
そうして島の端の方に体を動かしてから、今度こそ体中から力を抜く。
流れ出る血と一緒に。
(メル、リ……)
闘いに勝ったという事実が、頭の中でぼんやりこだまする。
地面に落下した衝撃をほとんど感じぬまま、僕は意識を手放した。




