3、ブラッド・ハンター 1
「…?」
ふと何かを感じて、顔を上げる。
けれど周りの様子から、それはただの勘違いだったらしい。
私達がいるのは、ハーレ機関本部のホールを活用した、臨時の医務室。そこの床に並べられた怪我人の間を、治療師さんが行き来している。
怪我人は次々と運ばれてくる。
怪我が小さかった人は、治療師さんの『祝福』は使わず、ローラさんとヒラさんの指示のもとに、雑用を手伝った。
私も例に漏れず、治療師さんに腕の痛みを治してもらって、小さい怪我人の手当てをしたり、怯えてしまっている人を励ましたりした。
(さっきは何も出来なかった、けど…)
今は、自分にやれることを精一杯にやるしかない。
それで、少しでも事態が好転するなら。
多くの人が動き出した今では、そう思えていた。
(…カイ……)
ふと気になって振り向く。
彼はこの部屋に来てからずっと、未だ目覚めないダックさんとペミーに付き添っている。
雑用が重なってみんなの様子を見れない私の代わりに、居てくれるのは嬉しい。けれど、私は彼の心が心配だった。
「…彼、大丈夫そうですかね…」
「あ、ヒラさん…」
カイは、自分を庇ってダックさんが傷ついたという事実に、打ちのめされていた。
その気持ちは、痛いほどわかる。けれど、いつまでも心ここに在らずじゃいけない。
「私、彼と話してきます。いつまでも、あのままにはさせられない」
ヒラさんに言って立ち上がる。その時に、再び轟音が響いて地面が揺れた。
竜と竜の闘いは、まだ終わっていないのだ。
「ん?なんだあれ…」
その時聞こえた声に、私は何気なく振り返った。
その声を発したのは、部屋の端の、窓を見ていた男の人。窓の向こうの外を眺めている。
「空が…赤———」
彼は最後まで言葉を発せなかった。
突如赤い光が窓や壁を突き破り、床や人々を巻き込みながら炸裂したからだ。
「ぶ」
一瞬の無理解の後、外で何かが爆発したことに気付く。
赤い光と炎を纏った爆発は、部屋に寝かされた怪我人や、手当てに動いていた治療師。雑用に動いていた人たちを飲み込んで、部屋の半分を吹き飛ばした。
私も爆風に吹き飛ばされて、怪我人の上を転がった。視界が赤と白と黒にぐちゃぐちゃに染まって、上と下が分からなくなるくらい回る。
「かっ…は…?」
怪我人と怪我人の間に転がって、手をついて起き上がる。何が起こったのかを知ろうと顔を上げて、私は絶句した。
「う、うわぁ!?」
「た、助けて!」
部屋は半分吹き飛んでいた。壁も床も天井もなく、外の森がまるみえだった。
「あ、ああ…足がっ…あし…っが!」
「あ、熱い!あついよう…!」
「だ、誰かこれを消して!」
そして、部屋と外の境界を守るように、赤紫の炎が壁や人を舐めている。
爆発で体の一部が吹き飛んだ人や、炎が体に移って泣き叫ぶ人。
中には、黒焦げになって動かなくなった人もいた。
「うっ……」
黒焦げの人だったものと、燃え盛る人の形と、泣き喚きの声と炎の音に、胃の中身が逆流する。
「げほっ…!」
咳と嘔吐を繰り返しながら、呆然と炎の壁に近づく。
こんな時でも、私の好奇心は何が起こったのかを知りたがっていた。
「…これは」
炎の壁の近くで、首を傾げあらわになった外を見る。
「……これ、は…」
燃え盛っていたのは、ここだけじゃなかった。
近くの森の一部も、街道の一部も、あらゆる場所が燃えている。
まるで、その場所全てが同時に爆発したようだ。
あるいは、島全体に沢山の岩が降り注いだかのような。
「…あ」
視線を空へとやって、思わず声が漏れる。
遥か上空で、二つの巨大な影がぶつかっている。
それで、なんとなく爆発と炎は、あそこからここに降り注いだのだと、分かってしまった。
「…ああ…」
燃え盛る、人だったもの。
体の一部を失ったまま、少しずつ小さくなっていく助けを呼ぶ声。
かつて『遠見の加護』を授かった賢者様が見たとされる、奈落の底の世界。ここで使うのは間違いだけど、その光景を表すにはこれ以外考えられない。
地獄だ。
ここは、地獄以外の何でもない。
「あああああ…っ!」
心の中を支えていた何かがポキリと折れる。
崩れそうな天井と、炎の中で小さくなっていく悲鳴を、ただ見つめる事しかできない。
「カイ…みんな…」
視界の端に、まだ立っているカイを見つける。その近くにはダックさんとペミーも眠っている。
私の大事な家族は、どうやら無事なようだ。そのことが分かって、無意識に笑みが零れた。
(みんなが、無事なら…)
分かっている。
自分の心が弱いなんて、分かっている。
でも。
だけど。
それなら一体どうすればいいのか。
(旅を続けてみんなを失うくらいなら、いっそ…)
—分かっている。
きっとどうしようもできないなんて、分かっている。
頭上で、軋んだ天井の一部が崩れた音がした。
目の前に降ってきた残骸が、私の弱い体を後ろに吹き飛ばす。
誰かが、大声で何かを言っている。
それをぼんやりと聞きながら、温い諦めの中に、私は意識を手放した。




