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聖女ドラメルと最後の竜  作者: 創作草
第三章 竜との旅へ
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2、狩人の矜持

「聖女様?」


ふと、聞いたことのある声に振り向くと、ローラさんがいた。


「ローラさん!」


「貴女は無事だったのですね…よかった」


彼女も所々服が汚れているようだったが、幸い大きな怪我はしていないようだった。


「…お連れの方々の、容態は?」


「治療師さんが言うには、傷は治したけど、いずれ熱が出ると…」


「そう…そうね。『治癒の祝福』では、それが限界ね」


普通の人には出来ない技が『祝福』と呼ばれているが、それにはもう一段階規模を上げたものがある。

それは、神々が特定の人間のみに与える寵愛。

『加護』、と呼ばれるものだ。


『治癒の祝福』は、大小関わらず傷を治せる。その一段階上、『治癒の加護』なら、風邪や病気、折れた腕なんかも治せるらしい。


「それで、ヒラ・ハーマレー…私の義弟は何処にいるかご存じですの?」


「ヒラさんですか?…あれ、さっきまで一緒に」


その時だった。部屋の中に叫び声が響いた。


「あ、あんた東の奴らだろ!?何が起こってんのか説明しろ!」


声の元は、部屋の端。赤い服を着た人が、近くの男の人に叫んでいた。

しかも、叫ばれていたのは、ヒラさんだった。


「…私は、知りませんよ」


「嘘だ!きっと、ハーマ集会の奴らが何か…」


「そこ!何やっているんですの!」


止めようとした私の前に、ローラさんの声が飛んだ。

途端に、彼女の存在に気付いた周りがざわめく。彼女は機関長の妻だし、それなりの影響力があるのだろう。


「ロ、ローラ様!?…わ、私はこんな事態を引き起こした東の奴を…」


「仮に東の奴らが災竜をけしかけたとして、じゃあどうして二体も現れて、災竜同士で戦っているんですの?」


「そ、それは…」


「証拠もなしに勝手に決めつけるのは、おやめなさい。それに、貴方が責めていた方は、ハーマ集会の会長ですわよ?」


「はあ、かいちょ…え!?」


途端に、周りの騒めきが激しくなる。その中には、当然ハーマ集会への悪口もあるのだろう。

止めようと思ったけど、西でも東でもない部外者の私が口出ししたところで、かえって混乱を招くだけかもしれない。


「静かに!今は西とか東とか、言ってる場合ではありませんわ!」


「…ええ、そうですね。私が率いるハーマ集会も、あなた方に協力するつもりです」


ローラさんの声に続いて、ヒラさんも声を上げた。


「あら、いつものように会員全員の多数決で決めなくていいんですの?」


「あんな回りくどい事しなくても、会員の皆さんは賛成してくれますよ」


「随分な自信ですわね…」


二人の掛け合いに、周りは呆然とする。

それでもすぐに、衝撃を受けている人、未だ混乱している人、事態を飲み込んで動き出した人に、別れ始めていた。


ヒラさんに言われたことを思い出す。

今だからこそ、聖女の私が動かないと。


立ち上がった瞬間に、再び衝撃で足元が揺れる。エルギオの闘いは、まだ続いているのだ。

私は、不安と焦燥のなんとか隠して、未だ混乱している人たちを宥め始めた。


———


爪。爪。

次々と、続々と。

ただ襲いくる爪を避けるので、僕は精一杯だった。


闘いを始めて、すぐに不利だと言う事を悟った。

彼は僕より殺し慣れてる。

闘い慣れてる。


十年前にメルリを逃した時に倒した奴よりも、ムロリメロ島で倒した奴よりも、桁違いに強い。

爪の動かし方。体のしならせ方。全てが僕とは段違いだった。


そして何より、自分がこう動けば相手はこう動く、と言った予測力が厄介だった。

下手に避ければ、避け先を読まれてさらに攻撃を加えられる。

だからって距離を取ろうとしても、フェイントを混ぜた爪と牙と尾の連携が、それを許さない。

僕と彼の差は、歴然だった。


(なのに…)


僕はまだ死んでいない。

それは恐らく、彼が手を抜いているからだ。

彼は、僕の明らかに大きな隙に、攻撃を与えてこない。その割に、小さい傷を増やさせていく。


意図が読めない。

彼が何をしたいのか、わからない。


「…お前、やっぱあんまり"こっち"になってないだろ?」


突然、対峙しているはずの彼の声が聞こえた。

驚いて、慌てて距離を取る。今のは一体どこから。

その時、対峙する彼の声で、呆れたような声が出た。


「なんだよ。『心話』も使った事ねぇのかよ。お前本当に同族?」


間違いない。彼の声は、目の前の竜から聞こえている。

竜の状態でも、話せる方法があったのか。

知らなかったが無理もない。僕はつい十年前まで、封印されていたのだから。


「えっとな、喉ん所に力を込めて、言いたい事を思うんだ」


目の前の竜が、自分の首元を爪で指し示した。

…余計、分からない。


「お前は…一体何が目的なんだ?」


大人しく言われた通りにしてみると、人とは構造から違うはずの喉から自分の声が流れる。

竜の力は、こんな事も出来るのか。

僕は本当に、この力について何も知らない。


「お前は僕を殺せるはずだ。なのにそれをせず、逆にこの力の一端を教えてくれる。お前は、何がしたいんだ?」


こちらは敵意をむき出しにして、精一杯にやっているのに、彼はいかんせん手を抜いている。


「当たり前だろ?だってこれは、狩りなんだから。俺、狩人だし」


「……は?狩り?狩人?」


疑問符を出したが、実際はそうかもしれない。こんな実力の差では、自分が獲物であいつが狩人だと言われても、おかしくない。


だとしても、分からない。

彼は僕との明らかな差を、獲物と狩人の差を、自ら埋めようとしているようだから。


「解せない。それがさっきの疑問の答えになるのか?」


「そうだ。狩りにおいて、獲物と狩人は同等だからな」


突然、彼の声色が変わった。

音程が低くなり、彼にとっては真面目な話である事を示す。

こっちにとっては、不気味でしかないが。


「二つの間に差があると、狩りが楽しくなくなる」


特に狩人が強すぎると面白くない、と彼は注釈をつける。


「じゃあなんだ…お前が楽しむ為に、僕との差を埋めようとしているのか」


それは彼の、狩人としての矜持なのか。

彼は自分が楽しむ為、わざわざ僕に有利な事を教えたり、自分の力を出し切っていないのだ。


悔しかったが、踏みとどまる。

今の僕の目的は、メルリ達を守ることだ。敵が手を抜いてくれるなら、それにあやかったほうが良い。

本気を出されて殺されてしまうより、よっぽどマシだ。


「ほら来いよ、一撃だけ入れさせてやるぞ」


彼が両腕を広げて、首元の柔らかい肉を僕に晒す。

舐められているのがヒシヒシと感じるが、今はそれで良い。

彼との圧倒的な差を埋めるには。油断している彼の意表をつくには。


僕は思い切り彼に飛びかかり、その両肩を掴んだ。

そしてそのまま、僕は翼を広げて飛び上がった。


「!?」


彼の体重が両腕にかかって、引きちぎれんばかりに重くなる。

それでも、歯を食いしばって、必死に翼を動かして、上昇を続ける。


「へえー考えたな。でも」


彼の爪がグルンと周り、僕の両腕を抉った。


「がぁっ…!」


刺すような痛みが流れて、悲鳴を上げる。耐えきれず、両腕を離してしまう。

それでも、ハーマレー島の上空あたりまでは運べたようだ。


「お前の目的なんて、お見通しだよ。俺を島に近付かせたくないんだろ?」


「っ…」


空中で彼と向かい合う。

彼の推測は図星だ。

ハーマレー島から、彼を引き離して仕舞えば、こちらも本気で闘える。

人里が近くにあると、上手く立ち回れない。それはさっきの地上での闘いで、嫌と言うほど理解した。


「まあいいや。お前もここなら本気で出来んだろ?なら、それに乗ってやるよ」


この状況において、彼はまだ僕との同等を望む。それが、胸の底を恐ろしさで冷やす。


「…本当に、意味が分からない。狂ってる…」


「そりゃそうだ。俺らは、()()()()なんだからな」


つぶやいた僕の言葉にあっけらかんと返して、彼は当然突っ込んできた。


(落ち着け…よく見るんだ…!)


襲いくる爪を避けながら、彼の動きを凝視する。

どの動きの前、どこ動きの後に彼に隙が生まれるのか。

どれほどの長さの隙か。

その隙の間に、どれほどの攻撃を叩き込めるのか。


「おっ、避けんのが上手くなってきたな。その調子だ」


(見極めろ…見極めろ…)


彼の声を無視する。彼は本気でこの闘いを楽しんでいるようだった。


「それじゃ、これは避けれるかなっ!」


彼が大きく爪を振るう。

それを縦に避けて、気付いた。


彼は爪が大きいから、それを使った攻撃も、動きが大きくなる。当然、大きな動きの後には、同じくらい大きな隙も伴う。

絶好の機会だ。


「一度避けれたからと、油断すんなよ!」


再び、彼が爪を大きく振るう。今度は横に避けた。

そして、予想通り生まれた隙を見逃さない。


「ふっ…!」


小さな声に力を込めて、僕は思い切り鱗のない脇腹に、自分の爪を突っ込んだ。


「ぐぅ…!」


痛みに悶える声が、彼の喉から漏れる。

突っ込んだ爪は、すぐに引き剥がされ、再び空中で睨み合う。

それでも、彼の脇腹から、ポタポタと血の雫が溢れていた。


「こんなに早く隙を見抜くとはね…お前、闘いの才能あるんじゃねぇの…」


苦しそうな声で、彼が言う。

一撃入れられた。

この調子でいけば、いつかは必ず、



「でも、感謝するぜ。()()()()()()()()()()()()


「え……」


彼の声で、気付いた。

彼から溢れた血の雫が、大小様々な球を作って、宙に浮いていたのだ。

ありえない光景に、思考が止まる。


「俺の竜名(りゅうめい)はな、ブラッド・ハンターっつうんだ。血の狩人、だな。…竜名(りゅうめい)は知ってるよな?」


竜名。

それは、竜の力を受け継ぐ時に、受け継いだ人の性格や、受け継いだ力の特性から付けられる、文字通り竜の名だ。

血の狩人という名は、確かに彼には合っているように思えた。


頷くと、彼は心底ホッとしたように続けた。

本当になんなんだ、コイツは。


「血のって名前の通り、俺の力は血なんだよ。()()()()()()()()()


目を見開く。

竜には、そんな力も備わっているのか。つくづく、何も知らない自分が悔しい。

それでは、血の球はその力を使ったのか。


血の球が、炎を纏い火球となる。

彼が、浮かんでいたそれらを僕へと放った。


目の前の現象への衝撃から、一瞬で対処の方法を考える思考へ、切り替える。

しかし、その必要はなく、火球は全て僕の横をすり抜けていった。

一体何を…


「…っ!しまった!」


ギルギの狙いに気付いても、もう遅い。

彼が火球を飛ばした先は、目下。

大小様々な火球が、ハーマレー島へと降り注いだ。

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