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聖女ドラメルと最後の竜  作者: 創作草
第三章 竜との旅へ
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1、竜と竜の闘い

かつて世界の全てを見た賢者は、島々の間に広がる奈落、その遥か底に別の世界も見た。

その世界は空が赤く、到底人とは思えぬような怪物が彷徨っていたという。

賢者は、その世界にも名を付けられた。


本来、奈落の上のこの世界にその名は付けられていない。

しかし、今だけは。

今の状況を表すには、これ以外の言葉はない。

実際、誰もが勘違いをしたのではないだろうか。


ここが、地獄であると。


———


轟音と雄叫びが響く。見上げるほどの巨体が二つ、夜の暗闇の中で、互いの爪と牙をぶつけ合っている。

その度に大きな衝撃が走り、街道の地面や木々や出店などが飛ばされていく。


災竜と災竜の闘い。

一方は黒い体に青い瞳を持ち、大きな爪を振り回している。

もう一方は一本の黄色い角に白いフサフサの体。そして橙色の瞳を持っていて、振り回される爪をなんとか避けている。


(白い方は、エルギオ…なの?)


ムロリメロ島での記憶を頼りに、その結論に至る。考えてみれば、彼の白い髪と黄色のメッシュは、白い災竜の特徴と一致する。

それならば、彼が対峙している黒い災竜が、ギルギさんなのだろう。黒い髪に青い瞳という人の時の彼の特徴も、あの災竜と同じだ。


(どうしよう…)


迷っていても、二体の争いは激しさを増していく。

ギルギさんの爪が、ついにエルギオの首元を捉える。そして、抵抗する彼を軽々と持ち上げ、街道の東側へと投げた。

森の木々が、街道の出店が、そこにいた逃げ遅れた人々が、白い巨体の下敷きになりかける。


すんでのところで彼は翼を広げ、宙に浮く。しかし、それで起きた爆風に木々も出店も人々も飛ばされていく。

私達のところにも、強風がぶち当たる。


「くっ…ここは危険だ!早くハーレ機関の本部に…!」


「う…うん!」


叫んだダックさんに叫び返す。風がうるさくて、まともに声が聞こえにくい。

ペミーを片腕で抱えた私と、カイを背中で背負ったダックさん二人で、森の中へと入っていく。

他の人が無事かどうかなんて、確かめる余裕もなかった。


(エルギオ…)


心の中で叫ぶ。

彼が応戦しているから、ギルギさんは今は私たちを襲えない。エルギオが竜の力を使わなかったら、今頃私達は皆殺しにされていた。

きっとホラさんを殺したのも、ギルギさんだ。竜の力を使えば、どうにでもなるはずだし、あの場で竜の力を使ったのは彼が犯人であることを示している。


(何が…援護くらいは出来る、だ…)


暗い気持ちが、胸の中にふと湧いた。

援護も何も、私は泣き喚くことしかできなかった。ダックさんがいなきゃ、冷静にすらなれなかった。

何も、できなかった。


「…うっ!?」


「…っ!ダックさん!?」


森の中。突然ダックさんの体が倒れて、背負われていたカイが投げ出される。それで気づいた。


「な、何これ…」


ダックさんの腿に、街道の地面が釘のように突き刺さっていた。赤黒い血が、そこからドクドクと流れ出している。

こんな状態で、カイを背負って走っていたのか。


「そうだ、カイは…」


見まわしたところ、彼は無事そうだった。でも私は、彼の違和感に気づいた。


彼はぐったりしているわけでも、意識を失っているわけでもなかった。ただ茫然と固まっていたのだった。


「カイ!意識があるなら、ダックさんの傷を…」


「…ダックさん、さ」


硬直していた彼が、震えた声で呟いた。


「俺を、庇って…岩が、足に…」


その意味に、私も驚愕して動けない。私がペミーと一緒に飛ばされた時、ダックさんは咄嗟にカイを守ったのだ。

そして傷を負ってしまった。


「おれ…俺がもっと、動けてれば…俺、俺の、せいだ…」


「カイ……」


親のような人だった。

そんな人が、自分のせいで傷ついた自責に、彼は動けなくなっていた。


「死んじまう…ダックさんが、死んじゃうよぅ…!」


「カイ…あ…」


堪えきれなくなったカイが、泣き叫ぶ。腕の中のペミーの鼓動が、小さくなったような気がして、私も嗚咽を漏らす。


ダックさんは、ハーレ機関本部に医務室がいる言っていた。なら、何としてでも走らないといけないのに。

急がないと、動かないといけないのに。


何年も過ごしてきた家族が、目の前で息絶える事が怖くて。

遥か昔に感じた、身近な死の気配が恐ろしくて。


足も、頭も。

どこも、動かなくて。


聖女と言えど、私たちはたった十七と十五の子供だ。災い、災害を前にした時、余りにもちっぽけだった。




「…!聖女様ですか!?」


聞こえた声に振り向くと、ヒラさんとお付きの兵士のボンドさんが、互いの肩を組みながら立っていた。


「あ…」


「よかった!どうなったかと…それは、仲間の方ですか!」


二人とも軽傷なようで、倒れたダックさんに駆け寄ってきた。


「近くのハーレ機関本部に行きましょう。あそこなら、医務室があるはずです」


そう、だ。

医務室に行かないと。


でも、ダックさんが。


「…聖女様?聖女様!」


ヒラさんが呼んでる気がする。

腕の中のペミーが、少し軽くなった気がして、脳天までが痺れていく。


「聖女様…メルリさん!」


名前を呼ばれてハッとする。

見上げると、ヒラさんの顔が目の前に見えた。


「動いてください!でないと、本当に死んでしまいますよ!彼はまだ、生きています!」


本当に、死ぬ。

まだ、生きてる。


まだ、死んでいないなら、治さないと。


そのためには、私が、動かないと。


「…は、はい」


溢れ出すように言葉が溢れた。

立ち上がって、ペミーを未だ茫然としているカイに預ける。

彼は茫然としたままでも、ペミーを受け取ってくれた。


そうだ。

私が動かないと。

家族も、みんなも、この世界も。


「…ハーレ機関本部に、お願いします。ヒラさん、ボンドさん」


二人は頷いてくれる。

私は聖女なんだ。

災害の前なら、なおさらみんなを助けなくちゃ。


「ほら、カイも…!」


ヒラさんとボンドさんと私で、何とかしてダックさんの巨躯を持ち上げる。そして、ハーレ機関本部の方へ歩き出した。

カイも、ぺミーを抱えたまま、よろよろと着いてきてくれた。


(早く、ダックさんを…ペミーも…!)


二人と一緒に、ダックさんを持ち上げる。

彼の体が思っていたより軽い。それが、命がこの体から流れ出ていることを思わせて、胸の底が寒くなる。

それを無視して、私たちは木々の間に大きな建物が見えて来るまで進んだ。

ハーレ機関の本部だ。

覚束ない足のまま、私たちは本部に転がり込んだ。


「だれか!治療師はいるか!」


「あんた達は…いや、今はいいか。こっちだ!」


叫んだボンドさんに、入り口近くにいた西の兵士が驚いたような顔をしたが、すぐに気をとりなおして私たちを案内した。


案内された部屋には、沢山の人が寝かされていた。この人達も、怪我をしたのだろう。

直ぐに白い服を着た男の人が来た。

私たちはダックさんを、まだ立ち直れていないカイは、ペミーをその人に預けた。

この人が治療師、どんな傷でもたちまち癒す力を持つという人なのだろう。


その人は二人を床に寝かせて、ダックさんの傷に手を当てた。

その途端、膿みかけていた傷が瞬く間に消え始めた。


「傷が…!」


「これは『治癒の祝福』です。見たのは初めてですか?」


信じられない光景に感嘆した私に、ヒラさんが説明してくれた。


『祝福』

神様から授かったとされる、普通の人には出来ない技。

ドラメル一族の、竜の力にも近いかもしれない。

『祝福』を授かるのは、百人に一人とされる。そんな人が何人もいるらしいここは、さすが世界最大の島だ。


その人はダックさんの治癒を終え、ペミーの方に取り掛かった。

それを見計らって、私はダックさんの顔を覗き込んだ。

傷は確かに治ったのに、彼の顔は未だに痛みに苦しんでいる。


(私は…)


暗い気持ちが、再び噴き上がる。

結局、一人じゃ何もできなかった。

ヒラさん達が、大人が居ないと目の前の恐怖にすら立ち向かえなかった。

それどころか、最悪の事態を引き起こしかけて。


「…うっ…」


堪えきれず、嗚咽が漏れる。

濃厚な死の匂いが怖くて。

何も出来なかった自分が憎くて、悔しくて。


私はそのまま、寝ているダックさんの横に座り込む。

突きつけられた自分の弱さと、その苦しみに耐えながら。


咆哮と轟音。衝撃と強風は未だ遠くから聞こえ、止む気配すらなかった。

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