10、事件の犯人
「…お前さん、何言ってるんだ?」
僕とギルギさんは、森から離れ街道へと戻って来ていた。
屋台の喧騒が、今は遠く聞こえる気がする。
僕の考えを聞いたギルギさんは、僕が言ったことが、あり得ないことかのように、きょとんとしている。
「俺が見た死体は大男だったんだから、犯人はそんな奴を殺せる力持ちなんだろ?」
そして自分は細身であることを示すかのように、両腕を広げた。その間も、清らかな笑顔は変わらない。
けれど、先ほどまでと違い、明らかに口調が強くなっている。
(メルリは、こんな気持ちだったのか…)
僕が秘密を打ち明けた後、詳しい説明をするまでの間、ムロリメロ島を数日間復興していた。その間、メルリが僕をどう見ていたのか分かったような気がする。
それは怖かっただろう、恐ろしかったのだろう。
それでも、彼女は僕に手を差し伸べてくれた。一緒に行こうと、言ってくれた。
「あの死体から嗅げた肉の匂い…その匂いを、僕は覚えていました」
慎重に、確かめるように言葉を紡いでいく。今の内容だけで、ギルギさんの顔がサッと鋭くなった。
「…お前さん、一体何者なんだ?その言葉、まるで獣みたいだぞ」
明らかな警戒の声色。
僕を睨む顔が先程と別人のようで、恐ろしい。
それでも、腹をよぎる冷たさを無視して、正面から受け止める。
率直に言って、ギルギさんからかなり濃い血肉の臭いがした。
それも、第一発見者というには濃すぎるほどの。
ペミーは恐らく気が付かなかったのだろう。
ギルギさんはかなり臭いを隠そうとしていたし、そもそもメムリット族の嗅覚は人並みだ。
「っエルギオー!」
突然、メルリの声が聞こえた。
振り向くと、メルリ達が森から出てこちらへ向かってきていた。彼女達も、何か掴んだのだろう。
「…エルギオ、ねぇ」
ギルギが呟く。
それだけで、僕の背筋はスッと震えた。
なんとなく、そうかもしれないと思っていたことがあった。
他の誰も彼の犯行に気付けず、それに気付けたのは自分だけ。他人と自分の違いは、ただ一つ。
「どっかで聞いたことある名前なんだよなー。どこだっけなぁ」
そして彼の今の反応で、僕の考えは確信に変わった。
息をついて、決定打になりかねないその言葉を紡いだ。
「あなたはどうして…氏族名を隠しているんですか?」
「…え?」
「…ああ、なんだ。そーゆー事かよ」
こちらに近づいて来ていたメルリ達が、困惑に動きを止める。
そしてギルギは、やはり分かってしまったようだった。
「…ああそうだ。俺は自分の氏族名を隠してたさ」
「えっ。じゃああんた、島主なのか!?」
カイの叫び声が聞こえる。
そうか、氏族名制度は、今はそうなっているんだったな。
「ちげーよ。隠す意味ももうないからいうけどな…」
氏族名制度。
今は、島主だけが氏族名を受け継いでいる。かつては、一族全員が持っていたものだった。
ならば、島主でもないのに氏族名を持っているのは。
「ギルギ・ドラメル・ボークロル。それが俺の名前だ」
遥か過去に生きた、大昔の人物その人である以外にない。
———
「ドラ…メル…」
その、氏族名は。
エルギオと、全く同じの。
「…よく、分かりませんけど」
静かになった場に、ローラさんが口を開いた。その名に驚いたのは、私だけだったようだ。
それはそうだ。私以外は、その氏族名の意味を知らないから。
「私達は調べた末、あなたが犯人だという予測を立てましたの。それを認めるなら、即刻自首してくれません?」
「…そうですね。島主でもないのに氏族名を持っているのは不自然ですが…なんであれ、殺人犯である可能性がある限り放っては置けません」
ローラさんに続いて、ヒラさんも続ける。
そして、東西の兵士たちが彼らを守るように前に出た。ここに来るまでに、念の為にと連れて来ていたのだ。
不穏な気配に気づいた周りの一般人達が、こちらを見たり野次馬に来たりし始める。
「殺しの方法は不明だが、尋問すれば出るだろう」
「おし、捕まえるぞ!」
「ペム!」
みんなに囲まれて、ギルギさんはもう逃げられない。しかし彼は、余裕そうに頭を掻いた。
「…あーあ。めんどくせぇ」
「…!メルリ!」
エルギオが、私へ振り向いた。
今まで見たことのないような、焦って引き攣った顔。
「…あ」
エルギオと同じ氏族名を持つということは、同じ一族だということ。
かつて竜の神から、竜の力をもらった一族。その一族達は、のちに災竜と呼ばれて。
「…みんな!逃げて!」
「ハッ。もうおせーよ」
その言葉を聞いた次の瞬間、私たちを巨大な衝撃が襲った。
「ぐわっ!?」
「ああっ!?」
「な、なんだ!?」
体ごと吹き飛ばされて、メチャクチャに地面を転がる。叫び声も上げれず、街道横の木々にぶち当たって止まった。
「あっ…ああっ…」
うでが、腕が痛い。
いたいいたい。
潰されるような痛みで、思考回路が止まりそうになる。飛びそうな意識を振り絞って、立ち上がる。
そして。
「…ペミー!?」
足元のところに倒れていた、私の大事なペットを見つけた。口から血が出ていて、ぐったりしている。
「ペミー!大丈夫!?ペミー!しっかり…」
なんとか動かしたはずの思考回路が、ブツンと切れた。何かしないといけないのに、頭が真っ白になって何も考えられない。
「大丈夫か!?」
不意に声が聞こえて、街道の方を見る。ダックさんが、カイを背負いがら走ってきていた。
「ダックさん!ペミーが…ペミーが…!」
「分かっている!早くハーレ機関本部へ!あそこなら医務室もあるだろう」
「あ…あああ…っ!」
こんな時でもダックさんは冷静なのに、私はただ泣き叫ぶことしかできなくて。
そこに追い打ちをかけるように、地面が大きく揺れた。
「うわあっ…」
「…これは」
街道の方から、轟音が幾度となく響いた。そして突然、森の木々が倒れ、街道の様子が露わになる。
「……」
上がった土煙の向こうのその光景に、誰も口を開けない。
一度見たことがある私たちでさえ、言葉を詰まらせる。
「災竜が…二体…?」
誰かがそう呟いた。
竜と竜が、轟音と雄叫びを上げながら闘っていた。
困惑と衝撃が、恐怖と絶望に変わるのに数秒もかからなかった。
そして、巻き起こる混乱を二体の災竜が起こす轟音が、掻き消していく。
鎮魂祭の夜は、未だ明けそうになかった。
第二章 終
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