9、秘密の契約
星々が夜の空を駆けていく。
街道の屋台はさらに賑やかになり、大多数の人間が事件の存在すら知らないことを、鮮やかに示していた。
私たちは空読み塔を離れ、西側、ハーレ機関の領地に来ていた。
機関長のホラ・ハーマレーさんが隠しているという秘密を探りに、ハーレ機関の本部に行くためだ。
「…そう言えば、エルギオはどこ行ってんだ?」
本部に向かう途中、誰もが何気なく沈黙していた空気の中で、カイがふと呟いた。
ギルギさんを送っていった彼は、今どこにいるんだろうか。ギルギさんをどこまで送っているのだろうか。
どこかで会えればいいけど。
「着きましたわ」
その時、ローラさんの声が響いて、私は意識を目の前の建物に向けた。
大きな建物だ。
複雑な意匠が全体的にに盛り込まれていて、島の重要な施設だと言うことを示している。何より目を引くのが、何本も立てられた赤色の旗。
赤は西側、ハーレ機関を示す色だ。
逆に青は、東側、ハーマ集会を示す色。
色から見ても、この島の東西は真逆なのが分かる。
「さ、夫の部屋に案内しますわよ」
ローラさんが言う。
初めて会った時は酷く苛烈で、まるで猛獣みたいで恐ろしかった。
今は、落ち着いてるからというのもあるのかもしれないが、幾分か恐ろしくはなかった。
ローラさんの案内で、私たちは建物の中を進んだ。情報が先に着いていたようで、内部はなんとなく殺伐とした空気で満ちていた。
機関長であるホラさんの部屋は、最上階にあった。
「…なぁ、これって大丈夫なのか?」
部屋の前に立った時、カイが言った。
「何が?」
「だってこの部屋って、言わば死…人の部屋だぜ。妻さんとヒラさんはいいとして、それを関係ない俺たちが漁るって言うのは…」
「あー…」
その懸念はもっともだと思う。
そもそも、本人の了承なしに他人の部屋に入るのは、あまり良い事じゃないだろう。
「しょうがありませんよ。今は事件の捜査ですから…」
「あら、それもそうですわね」
「…ローラさん?」
ヒラさんが彼女を見据える。
空気がすんと、冷たくなった気がした。
仲が悪いのは分かるけれど、四六時中ピリついた関係でいられると、部外者のこっちが胃を痛める。
空気を悪くするようなことは、個人的にもしないでほしい。
「この部屋は、我らが機関長であり私の夫の部屋。聖女様達は関係者ではありません。ですので、部屋に入るのは言語道断ですわね」
「ローラさん。貴女は」
「ですので!」
ヒラさんの苦言を、彼女は声を大きくして押さえる。
突然の大声に、私達も驚く。
「わたくしが、許しますわ。妻である私自らが、聖女様達の部屋への立ち入りを許します」
「…!」
「ローラさん、あなたは…」
ダックさんが目を見張り、ヒラさんが表情を変える。
カイとペミーと私は、彼女の真意が分からなくて首を傾げた。
立ち入りを許さないのかと思ったが、許してくれた。どういうことなのだろうか。
そこに、ダックさんが囁き声で説明してくれた。
「ハーレ機関長の権力は、西では絶対的だ。そんな人の私室に、部外者が勝手に入ったと言う事実があっては、機関の権力に傷がつく」
「…そっか。勝手に入ったっていう前例を作らない為に、妻さんが許したってことにしたのか」
「へえ…あの人、そういうことは色々考えてるんだね…」
カイが補足して、私も分かる。
自分の夫が殺されたのに、それでもハーレ機関全体のことを考えたってことなのか。
…彼女への見方が、ちょっとだけ変わった気がする。
「…今の発言は失礼だぞ、メルリ」
「あ———ごめんなさい」
「おほん…では、鍵を開けますよ」
咳払いをして、ヒラさんが言った。
彼がもっていた鍵を差し込むと、スルッと扉が開く。本当に合鍵だったのか。
扉を開けると、思っていたより小さな部屋が視界に広がる。ベットに椅子に机と、最低限のものだけが揃っている。
機関長の部屋っていう割には、意外と質素だ。
「それで、どこから探しますの。夫の秘密とやらは?」
「普通、物を隠すっつーたら机かベットの下じゃねぇの?」
「机は分かるけど…ベットの下じゃ見つかりやすくない?」
「み、見つかりやすく無い!全然、見つからないから!」
個人的な意見を言っただけだったのに、カイから予想以上の悲鳴が響いた。
見ると、他の男性陣もなんか微妙な顔をしていた。ローラさんも、そっぽを向いている。
「……じゃ、じゃあまず、机の中から探そう!」
微妙になった空気を払って言う。
よく分からないけど、ベットの下からは何も出ませんように…!
———
ホラさんが隠していたものは、幸いにも机の引き出しから出てきてくれた。
出てきたのは、一枚の紙。表面がザラザラしていて高級感があり、紙一面に文字が走っている。
「これは…」
「…契約書、ですわね」
ヒラさんとローラさんが紙を覗き込み、同時に言った。
私達も二人の後ろから覗き込む。紙の最上部に大きく契約書と書かれていた。
「…これが、ホラ・ハーマレーさんの隠し事なのか?」
私たちの疑問を、ダックさんが代弁してくれた。
「ハーレ機関長では機関長である夫の命令は絶対ですわ。そんな夫が秘密で契約を交わすなんて、考えられませんわ」
「私も、ホラが誰かと契約した、なんて話は聞いたことがありませんね」
二人がそれぞれの立場から答えてくれる。彼らの言葉なら本当なんだろう。
「それより、この契約内容…」
ヒラさんの顔が厳しくなる。
視線を下ろして、紙の中程に書かれた契約内容に目を通す。
私は、そこに書かれた内容に思考が止まった。
『貴方様は、今後この島をあらゆる災いからお守り下さいませ。その代わり、月に一度そちらに一人、餌を送りましょう。』
静かな衝撃が、場の全員を貫く。
「なに…これ」
「ホラ・ハーマレーさんは、契約相手にこの島を守らせた…?」
「んで、その代わりに餌を送った…餌って?」
「…一人、と書いてありますね。まさか……」
「そんな…ありえませんわ!」
紙面の内容を各々が噛み砕く。そこから導き出された答えに、ローラさんが叫んだ。
つまりはこういうことだ。
ホラさんは、誰かにハーマレー島を守らせていて、引き換えに生贄を差し出していた。しかも月に一度。
島主として、島の安全が大事なのは分かる。でも、その為に人を犠牲にするなんてちょっとやり過ぎだ。
信じられない。
「……待て!ここを見ろ!」
不意にダックさんが叫んだ。
彼が叫ぶなんて考えられなくて、私とカイとペミー、ローラさんとヒラさんまで驚いて視線を動かす。
ダックさんが示したのは、契約書の下の方。そこには、契約した二人の人物の名前が書いてあった。
一人はホラ・ハーマレーその人の名前。
そしてもう一つは。
「…これが、事件に関係あるか分からない。しかしこれは…」
そこに書かれた名は、私たちが知っている名前だった。
この名の人物が、事件の犯人なのかは分からない。それでも、関係がないわけないだろう。
「話を聞きに行こう!きっとまだ、エルギオと居るはずだよ!」
私達は急いで、部屋から出た。
(…なんだか)
胸騒ぎがする。
嫌な予感がする。
心の中が、突然雲に覆われたようだった。
(エルギオ…無事でいて…!)
———
塔を出て、街道を渡り、西の森へと入っていく。ギルギさんが、一緒に来ているという友人と会うためだ。
彼は、この森のどこかに友人がいると言っていた。
しかし僕は、そんなことは信じていなかった。
だって。
「いつまで、続けるんですか?」
不意に止まって、前を歩く彼に問いかける。
「続けるって、何を?」
ギルギさんが止まって、こちらを振り返る。
先程までと変わらぬ、どう見ても一般人のような姿。
それに、恐ろしいものを感じる。
僕は、一息吸って確信にも近いその考えを言った。
「あなたですよね?ホラさんを、殺したのは」
契約書に書かれていたもう一つの名前は、ギルギ・ボークロル。
私がお祭りの途中でぶつかった人であり、この事件の第一発見者だったはずの人だった。




