7、事件調査 1
(機会、逃した…)
メルリ達と空読み塔の階段を降りながら、場違いにも僕はそう思った。
空読み様に話をを聞いて、島から離れる時に自分の決意を打ち明けようと思ったのに。まさか空読み様に会うこともできないなんて。
(…後にするか)
今は事件の方を優先にする。
ハーマレー島の西を支配するハーレ機関、その長であるホラ・ハーマレーが死んだという通報。
空読みとか言っている場合ではない。これをなんとかしないと、先には進めない。
(だとしても…メルリはすごいな…)
兵士の報告を聞いてすぐ、メルリは確認しに行こうと言い出した。
カイに聞いたが、彼女は他人であろうと困っている人は見過ごせない性格らしい。そんな性格だから、よくトラブルに自分から突っ込んでいくんだとか。
十年前のことを、ふと思い出した。
(あの時も、そうだったのか)
そんなことを考えていた時に、ようやく空読み塔の階段を降り切る。塔を出て、報告しにきた兵士の案内に従う。
夜の澄んだ空気が、肺に詰まった緊張をほぐしていくのがわかった。
彼は街道の東側の森へと向かった。
夜になり、多くの出店が灯りを出して明るい街道から離れ、薄暗い森へと入っていく。
街道の東、つまり島の東側、ハーマ集会が治める地域。
(東の森で、西の最高権力者が…)
メルリ曰く、鎮魂祭の時期は協力するものの、基本的に島の東西の仲は良くはないらしい。
そこでこんな事件だ。しかも鎮魂祭の時期に。
頭の中を駆けた嫌な想像を振り払う。
そんなことは後でいい。
「こちらです!」
兵士の案内で森を進む。するとふと森が開けた。
そこには数人の青い鎧の兵士—東の兵士と、数人の一般人がいた。
「聖女様達をお連れしました!」
「…ヒラ様は?」
「ヒラさんは、塔に残り聖女様の報告を待つそうです」
僕たちを連れてきた西の兵士の声に、東の兵士が静かに答え、それにまた西の兵士が答える。
どこか、変に距離を感じる受け答えだ。
(やっぱり、東西の仲はそんなに良くないんだな…)
「遺体は?」
ダックさんが早速本題に移った。
それに東の兵士はちょっと驚いた様だったが、ダックの真剣な顔…というより無表情を見て、佇まいを直す。
「はい…こちらです」
兵士が一般人をかき分ける。やかて、それが露わになった。
「…カイ、メルリは見ない方がいい」
先頭にいたダックさんが静かに言う。
その、今までとは違う真剣さを孕んだ声に、言われた二人は驚き素直に下がった。
僕は、ダックさんの横に並んでそれを見た。
…それは、酷い有様だった。
死体は、厳つそうな大男だった。しかし、その強そうな顔を苦痛に歪み、屈強な手足はありえない方に曲がっている。
そしてなりよりも、彼の右肩から左腰までバッサリと切り傷が走っていた。
「…酷いな」
ダックさんが呟く。
それに返せないほど、僕は違う理由で冷や汗を垂らしていた。
人の、人間の死体を見るのは初めてだった。だから、これを感じるのも初めて。
切り裂かれた体も。
まだ赤い血も。
傷から除く赤白い肉も。
そのどれもが、僕の腹の底から恐ろしい欲望を駆り立てた。
それは本来、人には向けぬ欲望。
けれど、生き物なら誰もが持っている欲望。
(なんで……)
恐ろしい。
堪らなく恐ろしい。
そう思ってしまった自分が、恐ろしい。
(なんで…美味しそうだと思ってしまったんだ……)
食欲。
捕食者が、非捕食者へ向ける、生き物の本能。
胃の中が、再び逆流した気がした。
———
カイとペミー、そして私は、少し離れたところで死体を守っている兵士達を見ていた。
少しして、ダックさんとエルギオが戻っていた。厳しそうな顔のダックさんと、少し顔色の悪いエルギオに、胸がギュッと苦しくなる。
そんなに、酷い死体なのか。
「ど、どうだった…?」
「ム、ムム…」
「かなり酷い有様だ。犯人は、かなりの力持ちだな」
恐る恐る聞いたカイに、ダックさんが返す。ちょっと前まで気まずかったのに、もう普通に会話できてる。
もう気まずい空気のままではいられないのだろう。
「死体を最初に見つけたのは?」
ダックさんが兵士に聞く。
こんな時、私達は何もできない。それは辛いけれど、私もカイも本物の人の死体なんか見たら、卒倒する気がする。
「通行していた一般人です。こちらが、その人です」
兵士が連れていたのは男の人。
ほっそりとした体に、真っ黒な髪。そして、すごく綺麗な夜色の青い瞳。
あれ、この人は。
「あっ」
「あっ、さっきの!」
間違いない、私がさっきぶつかってしまった人だ。
「君、聖女様だったんだ…」
「あっ言っていなかったですね…」
「え、なに?メルリ、この人知ってんの?」
事件現場とは思えぬカイの困惑した声が、森の中に響いた。
「あなたも災難ですね。やってきたお祭りで、人殺しを見ちゃうなんて」
「いやあ、ほんとに。友人になんて言おうか…」
私は、空読み塔のさっきの部屋に戻る間、事情を説明した。
彼は、ギルギ・ボークロルと名乗った。友人と一緒に来ていたらしいけど、大事な証人だからと、彼も空読み塔に来ることになった。
と、ダックさんが咳払いをした。
いつまでも雑談ばかりしてられない。
「死体を見つけた当時の状況を、教えてくれませんか?」
というわけで、階段を上りながら彼の証言を聞いてみる。
何か犯人への手掛かりがあればいいけど。
「俺、小動物を見るのが好きで。初めて来たこの島でも、森に入って動物観察をしていたんだ」
「お、お祭りそっちのけでか…」
「いや、お祭りも楽しんだよ。それはそれで…」
「カイ。変なチャチャ入れない」
「へーい」
そんなこと気にしてどうするのか。
細かいことばかり気にしていたら、話が進まない。
「…それで、森の中を歩いてたら、突然男の怒号と悲鳴が聞こえて、慌ててそっちに行ってみたら…」
殺人の現場に着いたって感じだろう。
人の死体を見たのに、普通に振る舞えるのもすごい大人だなぁと思う。
私ももっと頑張らなくては。
「その時、何か変なものは見ましたか?人影とか…」
ダックさんが続ける。
ところで、ヒラさん達がどうしてるのかかと言うと、なんとヒラさん自身が、この事件の調査を私達に一任してくれたのだ。
『まだ聖女様のことを信じきれている人は少ないです。しかし、私は空読み様が選んだ方なら大丈夫だと思っています』
空読み様を、何年も一番近くで見てきたから、私たちも信じられると、そう言ってくれた。
この事件を解決すれば、半信半疑な人たちも、私たちを、特に私を信じてくれるだろう。
そうなれば、後々協力してくれるかもしれない。
そう言う計らいだった。
「人影、か…」
ダックさんの問いに、ギルギさんは考える。
ちなみに、なぜずっとダックさんが聞いているのかと言うと、一番物事を冷静に判断できるからだ。
「…見なかったな。悲鳴が聞こえてからすぐに向かったんだけど…」
ギルギさんは目を伏せて言う。
エルギオ曰く、普通の人間一人ではかなり時間のかかる殺しだったと言う。複数犯ならギルギさんが気づいているはずだ。
じゃあ犯人は、一人で大男を殺したと言うことになる。
しかもほとんど一瞬で。
「でも、誰もそんなことできないよな」
「うーん。不可能だよなぁ」
「武器があればなんとかなるかもしれないが、それでも速すぎるな」
「メメ、ムゥ…」
各々が、考えに行き詰まる。
焦りが心を占めだす。これを解決しないと、聖女の信用が上がらない。




