4、のこされた墓標
「え、俺のこと?」
太陽が、世界の裏側へその半身を入れ込み、空が赤く染まる。
夜が近づいてきている。
舞台の催しがひと段落し、街道の出店が開き始めた。祭りの本番が近づき、浮き足立つ空気の中で、僕はカイに彼自身のことを聞いた。
人のいない、街道の端で。
「うん。ダックさと話してて知ったんだけど、君はメルリと同じで孤児だ、と」
「…ケッ。何話してんだよアイツ」
彼の気分がみるみる悪くなったのが、分かった。
ダックさんの過去を有耶無耶にするつもりだったのだが、逆効果だった。
「ああいや、直接聞いたわけじゃ」
「どっちでも良いよ。で?俺のことね」
訂正しようとした僕を止めて、カイは話題を切り替える。
あまりダックさん関係のことは話したくないらしい。彼の願いを聞いた後だと、少し複雑だ。
そうして、カイは自分のことを話し始めた。
———
えっと、俺についてはどれくらい言ったっけ?
あ、カイって名前だけ?
いやそれ名前じゃなくて愛称というか。
まあ良いや。
じゃあまずは俺の本名からね。
俺の本名は、カイルス・フェキシフト。
聞いたことねぇ苗字だろ?
え?知ってる?マジで?
お前って意外と物知りなんだな。
と、フェキシフトっつう苗字ね。
苗字を知ってるならこれも知ってるだろ?
『フェキシフト島の悲劇』ってやつ。
世界に誇る軍事島だったフェキシフト島。
それが、災竜によって一夜で滅んだっていう。
俺、そん時の生き残りなんだ。
———
僕は呆然としていた。
フェキシフト島の悲劇。聞いたことがあるも何も、調べたことがある事件だ。
なぜなら、ムロリメロ島のことを除けば、災竜関係における直近の事件だったからだ。
起こったのは、たった二年前。
その時、フェキシフト島は多くの兵士と、高い破壊力を持つ兵器をいくつも持っていたという。世界最強の島だと自負し、災竜対策を怠らなかったらしい。
そう、それが、災竜一体によって一夜で滅ぼされた。
世界最強の島でさえ、災竜一体にも及ばなかった。その時から、災竜への恐怖はより強まったと聞く。
そして、島の名をそのまま苗字として使うということは。
「君は…島主の家系の子だったのか」
「ま、そういうことだな」
彼は、メルリより二つ下という歳にしては有事に落ち着いていた。
それは、ダックさんの教育かと思っていたが、どうやら島主としての教育の賜物でもあるのだろう。
明るい彼のことだ。親を含めた家族や、島民からも好かれていたのではないだろうか。
「じゃあ、君の旅の目的は…」
ならば、それら全てを奪った災竜は。
それら全てを奪われた彼は。
「うん。災竜への復讐」
淡々とした声で軽く言ったのに、彼の目は笑っていなかった。
腹の底が、スンと冷えた気がした。
「…災竜はさ、俺から全てを奪ったんだ。大好きだった家族も、大事な島民も」
人当たりの良かった今までの彼とは違う。もっと深く黒く、グチャグチャでドロドロとした…。
「父様も母様もゾルガも、レナもガルアもモモも、あいつは全部奪っていった」
「……」
彼は語る。
いつも通りの声で。底に暗さを秘めた声で。
僕の知らない名を。彼の全てだった名を。
「俺は災竜を許さない。何もかもを奪っていったアイツを許さない」
いつか。
こうゆう感情を持つ人に会うと思っていた。
いや、こんな世界だ。恐らく誰もが持っていてもおかしくない感情だ。
きっとメルリだって、持っていない筈がない。
「必ず見つけて…殺してやると、決めたんだ」
災竜への、明確な恨み。そして殺意。
足の先から、感覚が無くなっていくような気がした。腹の冷たさが、胃まで登ってきた気がして、ブルっと震えた。
「あっすまん。ちょっとビビらせちゃったか?」
そんな僕の様子に気づいて、カイは態度を直す。
末恐ろしくなるような彼から、いつもの明るい彼へ。
暗い洞窟の中から、突然日差し溢れる畑に放り出されたような、気持ち悪さすら感じる落差だった。
さっきまでが、別人のようだ。
「カイ…君以外に、フェキシフトの島民は…」
「もういない。俺が最後の生き残りだ」
いつか、メルリが言っていたことを思い出す。
『カイったら、出会った次の瞬間に、告白して来たのよ』
『俺と結婚すれば、フェキシフトの全てが手に入るのだぞって』
その言葉は嘘ではなかった。
当たり前だ。
もう彼以外、フェキシフトの関係者は居ないのだから。
「…言ってくれて、ありがとう。旅、頑張らないとね」
一生懸命絞り出した声は、隠しようもなく震えている気がした。
「おう!頑張ろうな!」
カイが笑う。
それに、上手く返せたかどうかも分からぬほど、腹の底から吐き出したい気分だった。
その後、そこでカイと別れた。出店を見て回るらしい。
手を振り嬉々として去っていく彼に、僕は嘘の笑顔を見せることしかできなかった。
カイと別れた後、僕はその場に座り込んだ。腹の底の冷たさが、消えてくれない。
「罪、か…」
虚空を見上げながら、ポツリと呟く。
眠る直前、母が僕に言った事だ。
一族の罪を祓ってほしい。
その願いが、自分にはとても苦しいものだと、今更に気づく。
「どうしよう…」
どうしようもなくて呟く。
彼に、カイに僕の秘密は教えられない。災竜を明確に恨んでいる彼に教えたらどうなるか、考えるのさえ恐ろしかった。
「どうしよう、メルリ…」
この場にいない彼女へ問いかける。
そういえば、彼女は今何処で祭りを楽しんでいるのだろう。
「おーい、エルギオ大丈夫か?」
「わっ!?」
突然声をかけられて、柄にもなく叫んでしまった。
「ケ、ケンヤさん!」
「なんだ?驚かせちまったか?」
「あ、いや…」
かつて自分が世話になった彼がいた。
わざわざ探してきてくれたのだろうか。
「祭り、参加しなくて良いのか?」
「あー…僕は、こういう空気は苦手で」
「そうかもしれないけどよ。楽しめる時に楽しんどかないと、損だぜ?」
その言葉で思い出す。
メルリもそうやって、この祭りに参加してるはずだ。
「メルリは…何処にいるか、分かりますか?」
「メルリ?あーっと…あそこだな。ほら、舞台の横の」
そう言いながら、ケンヤさんは舞台の右横にできた人集りを指した。
「いつ間に人があんなに…」
「ま、メルリは聖女だからな」
その言葉に引っ掛かりを覚える。
「聖女だから…?」
覚えば自分は、聖女やら予言やらということを何も知らない。
それは即ち、メルリのことを知らないということだ。
「あーそっか。エルギオはしらないのか」
じゃあ説明しないとな、と咳払いをごほんとして、ケンヤさんは話し始める。
僕の知らなかった、メルリのことを。




