3、命の花束
生まれた家は、そこまで裕福ではなかった。けれども親は優しかった、と思う。
母親はいつも笑っていた。
子供や動物を世話するのが好きで、いつか畜農家になりたいと言っていた。
自分も、その夢を応援したいと思っていた。
父親は厳格な人だった。
年功序列、どんな時も冷静に周りを見る力を教えられた。
この歳まで生きてこれたのは、父親のお陰が強かったのだろう。
つまるところ、両親は真逆の人間だった。
それでも、彼らは互いに愛し合っていたと思う。
家族の仲は良かった。
災竜によって、全部失うまでは。
———
家を失った。
財産を失った。
家族が生き延びれたのは、運が良かったのだろう。
しかし、失ったのはそれだけではなかった。
母はみるみる内に弱くなった。
まだ十二だった自分の世話を、放棄するようになった。
ふとした瞬間に暴れて喚き散らし、かと思えば小さく何かを呟いていた。
幼心に、母親を怖がった。
父はみるみる内に荒くなった。
厳格な性格はその域を越え、暴力を振るい出した。
少ない金を賭け事に全部使って、毎晩母親と喧嘩をしていた。
幼心に、父親を嫌った。
十六の頃、だったと思う。
意を決して、家を出た。
金を稼いで、家族に笑ってほしかったのか。
ここにいると、いつか壊れると思ったのか。
どちらにせよ、若さが生んだ決断だった。
家を出てすぐ、後悔した。
十六の子供が、大人の助けなく生きていける筈がなかった。
その日暮らしの生活が続いた。仕事を探して、給料をもらって、物も食べずに少しずつお金を貯めて。
地獄の日々だった。
それでも、犯罪は犯さなかった。
厳格な父親は、それを許さないと思ったから。
その時になっても、自分は父親のことを、嫌いながらも想っていた。
一年後、駆鷄農家に拾われた。
飛び出した駆鷄を落ち着かせたのが、きっかけだった。農家の老夫婦曰く、動物のあやし方が上手いのだという。
世話好きの母親から、教えられたことだった。
地獄の日々は、嘘のようにあっさり終わった。
場主の老夫婦は、優しい人だった。
農場の後継ぎに困っていたらしく、自分をまるで実の子のように可愛がってくれた。
仕事を覚えて、貯金が増えていく内に小さな夢を持つようになった。
『いつか両親を呼んで、五人でここで暮らしたい。』
そんな夢を頼りに、日々仕事に励んだ。
———
両親が死んだことを知ったのは、それから五年経った時だった。
事情を知っていた老夫婦が、町の人から聞いたのだと知らせた。
無理心中だったらしい。
自分を呪った。
五年も時間があったのに、夢を叶えるにはまだまだだとして、親のことをしっかり考えてなかった。
泣いた。わんわんと脇目もふらず。
家を出てからの地獄の日々の間も、拾われてからの日々の間も泣かなかったのに。
毎日作業小屋の隅で泣いて、それからボーッとしたように作業をする。そんな日々が続いても、心の傷は消えなかった。
ただただ自分が、許せなかった。
ある時老婦が、泣いてる自分に語りかけた。
「命っていうのはねぇ、花なんだよ。すごく綺麗だけど、簡単に散っちまう」
「…花?」
「そう、花さ」
そう言うと、老婦は来てごらんと言って、自分を牧場に連れて行った。
広い土地の上を、多くの駆鶏が日向ぼっこしている。
その様子に、ちょっと笑みが漏れた。
「だからね、牧場は花束なのさ」
「花束?」
「そう。綺麗な花を沢山集めた、命の花束さ」
その話から老婦が何を伝えたかったのかは、今となっては正確にはわからない。
けれど、その後自分は憑き物が落ちたように仕事に入れ込んだ。
もう夢は叶わないのに、貯金は続けて。
親への、育ててくれたせめてものお礼だったのかもしれない。
十五年後、老夫婦が老衰で死んだ。この世界でも珍しい、大往生だった。
駆鶏農家の仕事も、そこで切りをつけた。
全ての駆鶏が寿命も近かったし、何より老婦の遺言が原因だった。
『ダックは、自分がやりたいことをするんだよ。』
自分がやりたい事。そんな事、決まっていた。
自分を救った老夫婦のように、自分も誰かを、親のいない子供を助けたい。
若い命を、救いたい。
だって命は、花だから。儚いから。
何もできなかった自分でも、守ることぐらいはしたいから。
———
「まあ、こんなものだろう」
ダックが口を閉じる。
「今の話は、メルリたちにはしたことは?」
「…ないな」
それは年長者の意地ゆえか。
単に、自分の失敗を知られたくなかったのか。
「じゃあ、ダックさんは今、メルリ達のことを…」
「ああ、大事に思っている。老夫婦が俺にしてくれたようにな」
「…ふふっ」
思わずこぼれた笑みに、ダックが目で疑問を呈す。
多分彼は、気づいていないのだろう。
「じゃあ、彼らがペミーを大事にするのも、あなたがが彼らに厳しくするのも、老夫婦と同じようにですか?」
「……!」
動物を大事に、物事を厳格に。
それは、老夫婦から教わったことじゃなくて。
「本当に、いい親だったんですね…」
「……ああ、本当に。」
静かになる。
彼が家族を失ったのは、半分は災竜のせいと言っても良い。では僕は、彼に僕の秘密を話せるのか?
「もしまだ生きていたら、メルリとカイ、ペミーを紹介したい」
ふと、彼が呟く。
そして、初めて見る朗らかな笑顔で続けた。
「自慢の子達だ、とな」
彼はもう、子供ではない。
子供のような夢を見れる、一人の親だった。
———
鎮魂祭の舞台で、踊りが始まった。鎮魂の踊りとして、古くから伝わっているものらしい。
メルリもカイもペミーも、そしてダックも、催しを楽しんでいた。
その中で僕は、一つ気になる事ができていた。
ダックは、親のいない子を助けようとしていた。それで寄る辺を得たのが、今の仲間たちなら。
メルリはわかる。
事故で全てを失ったのを、僕は知っているから。
では、カイは?
カイも、親を亡くしているのか?




