1、世界最大の島
「それで、どうするの?」
朝早く、私はエルギオを空船の自分の部屋に呼んで、二人で頭を突き合わせて会議をしていた。
内容は、エルギオのことをどうするか。具体的に言うなら、彼の秘密を明かすかどうかということについてだ
「要らない困惑を招きそうだし、僕は言わない方がいいと思うけど」
僕だってこの十年はそうしてきたし、と彼は続ける。
それはそうなのだけど。
「でも、私達の旅の目的も災竜じゃん。絶対、いつか言わないといけない時が来るよ」
「それもそうだね…うーん、どうするか」
世界を脅かす災竜を倒すと言う私たちの旅に、エルギオが加わった。しかし彼は、現在災竜と呼ばれる大昔の一族の末裔だった。
そして彼自身も竜の力を使える災竜なのだ。
しかし、複雑な事情から彼は私たちと目的を同じにしている。だから、彼の秘密をみんなに話しても問題はないとは思う。
けれども、不安な要素もあった。
二人で色々考えてみたが、いい考えはついぞ浮かばなかった。
「…まあ、話すのはおいおいでいい、と思う」
そうやって思考を打ち切る。
少なくとも、秘密の開示は今すぐはやめた方がいい。その意見は一致したので、話すのは機を見て、と決まった。
「…そう言えば、この空船ってどうやって浮いてるんだろう」
話が終わった後、そうやってエルギオは切り出した。
「え、知らないの?」
「どこでも一般常識らしくて、今まで聞けたことがなかったんだ」
そう言う彼の理論に納得する。
確かに、空船が浮かぶ理屈は誰でも知っている。そんな当たり前のことを聞いたら、怪しまれてしまう。
無駄な混乱は避けたい彼にとって、知らない常識を聞く事は出来なかったのだろう。
「えっとね…『祝福』って分かる?」
どこから説明して良いか分からなくて、エルギオに最序盤の確認をする。
これぐらいは知っていてほしい。
「ああ、それは分かるよ。確か、只人が出来ない特別な技、だったよね?」
「…まあ、生きてく分にはその解釈で合ってる」
恐らく彼も、初めは『祝福』の存在自体知らなかったのだろう。
それを、十年間旅をしていく中で、自然に知っていったのだろう。
「学舎で習う定義では、もうちょっと違うの。えっと確か…神様が無作為に人に与えるもの、だったかな」
ネイケシア島の学舎で、学んでいた時のことを思い出す。あの時は未来の何もかも、ぼんやりとしか考えていなかった。
興味深そうに話を聞くエルギオに、説明を続ける。
「それで、『祝福』は本来人にしか刻まれないんだけど、例外的に人以外のものにも刻むことができるの」
「人、以外のもの…?」
「そう、浮遊石って言われる、南の方の島で取れる石にね」
なんと言う島だったかあまり思い出せない。確かケイ…とかなんとかだった様な気がする。
まあ、今は思い出せなくても良いか。
「じゃあ、その浮遊石と言うのが…」
「そう。それが空船の動力源なの。船員達も基本全員『浮遊の祝福』持ちで、浮遊石を制御しているの」
話の流れから先を察したエルギオに、正解だと答える。同時に、浮遊石に刻まれた『祝福』の名称も伝えた。
浮遊石の出力の、量や方向を制御することで、飛びたい方向に飛べると言うわけだ。
「…なるほど、分かった。僕は、知らないことだらけだな」
「しょうがないよ。それに、知らないことがあったら、私が教えるから」
私が彼と共にいるのは、その為でもあるのだろうと、胸にふと浮かんだ感傷を掻き消す。
と、その時部屋の扉が叩かれた。
「おーい二人とも!そろそろ着くらしいぞー!」
カイの声が扉の向こうから聞こえる。私たちを呼びに来たのだろう。
話を打ち切って、エルギオと一緒に部屋を出た。
私たちの旅の、今現在の一応の最終地点。ハーマレー島。
最終地点と言うのは、ここで情報を集めるためだ。
ようやく、私の旅はひと段落を迎える。この島で情報を集めて、そして、どうしようか。
この時の私は、そんなふうに先のことを考えていた。
そこに辿り着くまでに、幾つの障害があるとも知らずに。
———
ハーマレー島。
空の楽園と呼ばれるこの世界で、最も大きい島。大きいのは見た目だけじゃなくて、政治、宗教、産業、貿易など、多くの面で世界の中心的な立ち位置にある。
地理的に言えば、中心は別にあるけど、それはとりあえず置いておく。
ともかく、そんな訳だから港もとてつもなく広い。ムロリメロ島ほど活気はないけど、それでも気持ちは明るくなる。
「うわ、すっごい高い塔!あれ、なんだろ?」
「内陸の方にもあるよ。あっちの方がもっと高そう」
「俺、一度来てみたかっただよなー、ハーマレー!」
「ミィー!」
「お前たち、気持ちは分かるがあまりはしゃぐな」
気が昂っている私達を、ダックさんが冷静に諌める。
そう言う彼もキョロキョロしてる姿に、思わず微笑ましくなってしまった。
「そういうダックも、楽しそうですね」
「む…」
「そうだぞ〜ダック。楽しめる時は楽しんどいた方がいいんだぞ〜」
「ダックさん、だ。カイ」
「は……」
無表情で訂正されたカイが、目を見開いて固まる。
見事な対応の差だが、それにしても何故エルギオには甘々なんだろうか、ダックさんは。
反対にカイには、ものすごく厳しい。
「カイ、諦めなさいな。ダックさんはね、エルギオ贔屓なんだよ」
「うう…」
固まった彼を慰める。
もちろん、私に対しても厳しい時はある。けれどそれ以上に、カイには特別厳しい。
「贔屓ではない。家族の恩人を大事にするのは、当たり前だろう」
「家族よりも、か?」
「む…そういうわけでは」
カイがブツクサと言った言葉に、ダックさんが顔を顰めた。
二人の視線が交わり、スッと鋭くなる。
二人の間を不意によくない空気が流れて、私とエルギオは顔を見合わせた。
「ちょ、ちょっと二人ともどうしたの?」
「…別に、なんでもねぇよ」
私の困惑に、カイが何でもないと返す。
そんな訳は全くなし、側から見ても二人の空気はどこか険悪だ。
「……」
ダックさんへと視線を移すと、彼は無言でそっぽを向いた。
こんな反応をするなんて、珍しい。
やはり、私の知らないうちに二人の間に何かあったのだろうか。
「…ダック、さん」
と、エルギオが口を開いた。
「僕はもう、旅の仲間です。だから、恩人ではなく家族として、接してもらえませんか?」
「…それは」
「そ、そうだよ!旅の仲間!私たちと、おんなじだよ!」
「ム、ムメ…」
慌ててフォローに入る。
ペミーも何か言ってくれてるようだ。渋々と言った感じだったけれど。
ペミーは、エルギオのことを、生き物の本能かなんかで分かってるのだろうか。自分より遥かに上位の竜である彼のことを、非捕食者として警戒しているのかもしれない。
エルギオは捕食なんて事は絶対にしないが。
「僕も、これからはダックさんと呼ぶので」
他でもないエルギオからの頼みに、ダックさんは渋々頷いた。
「…分かった。これからはそうしよう。悪かったな、カイ」
「別に…ダックさんが厳しいのは、いつものことだし」
「……」
いじけたようにカイが言い、ダックさんが無言になる。
良くない空気の代わりに、気まずい空気が広がった。
「メルリ、この空気どうしよう…」
「だ、大丈夫!数日すれば、いつも通りになるでしょ…」
「メムメム!」
今の会話で、何が原因で気まずい空気になったのか、どっちが悪いのか。
それはこの際どうでも良い事だ。どちらかから謝れば済む事だ。
けれども本当に、私にはこの空気はどうしようもなかった。
そもそも、今までカイもダックさんも、こんなに気まずい時なんてなかった筈だ。
本当に、一体どうしたっていうのだろうか。
私もエルギオも、二人の気まずい空気に挟まれながら、俯くしか出来なかった。
その時、不意に私たちへ声がかかった。




