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聖女ドラメルと最後の竜  作者: 創作草
第七章 明日のことを
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10、異変

目を覚ますと、そこは何もない空間だった。


「ここは…?」


口に出して、自分がここにいることを実感する。

確か直前まで自分は、地面に足をつけていたはずだが、ここには地面すらない。


(あの瓶の中の光を飲んで、それで…?)


それで気づいたら、ここに居た。

と、どこかから光球が二つ、漂いながら近づいて来た。


「これは…」


「今、君が飲み込んだ残り物たちだよ、エルギオ」


(っ!?)


気づくと、後ろに二つの気配が現れていた。直前まで何もなかった空間に、誰かがいる。

ぼんやりとしていてその姿はよく見えないが、確かにそこに誰かが居るのが、感覚でわかる。

しかも二人。


「そんなに警戒しなくても良い。私たちは…なんと言えば良いか」


「二柱の神さま、で良いでしょ?それ以外のことを彼は知らないんだから、今はそれで十分」


最初に、低く冷静さを思わせる声。

次に、高めで緊張感のない声。

姿の見えない二人が、順々に喋った。


「二柱の…あなた、達が?」


姿が見えないので、性別すら分からないが、声からしてどちらも男か。いやそもそも、神というものに性別なんてであるのか。

いやいや、今はそんなことじゃなくて。


「…私たちは、君が竜を飲むのを、手伝いに来た…と言えば良いかな。普段は私たちは、君たちの行動に干渉は出来ないのだけどね」


「今だけは、例外なんだよね。逆に、今しかタイミングが無いんだ。だから早速…ほら、みんな来て!」


声と共に、二つの不可視の気配の向こうから今度は三つの光球が現れた。

その光たちに、なぜか見覚えがある。


「聞いたろう、私たちが彼らを預かっていたと。右から、レイナ、アドルオ、エリクだ」


「その二つの残り物…エルメダとアルガイアと一緒に、この三つも飲んでもらいたいんだ」


「…はぁ。えっと…その前に、幾つか聞いて良いですか?」


折角の神さまと話せる機会だ。聞きたい事は、知りたい事は聞いておきたい。

…あまり神さまと話している、という感覚がない。


「まず…ここは一体」


「ここは、君の精神空間…心の中、と表現するのが正しいか」


心の中。マルティナさんが、そんな事を言っていたような気がする。


「えと、じゃあ次は…どうして、この二人はカザリスさんに回収させたんですか?」


二柱の方にいる三人のように、神さまならこの二人の残り物も、回収出来るのでは無いか。


「えっとね…聖痕が残っていたかどうかの違いかな。こっちの三人は、すぐに聖痕が君たちに宿っちゃったから」


だから、自分たちで回収出来た。一方、こっちの二人は聖痕も残っていたので、カザリスさんでも回収出来た。

だから彼に行かせたのだと、緩い方の神さまは言った。


「じゃあギルギは、なんでもう僕の中に…?」


「…それは多分、『王の本領』を使って殺したからだろう。元々君の力は、その為のものなのだから」


「僕の、力が…?」


真面目な声の方が、頷いた気がした。

曰く、『王の本領』とは、竜を殺し、その竜を飲む為の力なのだという。

確かに、ギルギを殺した時は力が発動していたと思う。殺された彼自身が、王の…と呟いていたし。

そして思えば、確かに彼以外を『王の本領』で倒していない。レイナとアドルオさんには能力を使っていないし、エリクにはカイが止めをさしている。


「そんな訳で、ギルギはすでに君の中にいる。頭の中で、彼が話しているような感覚になった事はある?取り込んですぐは、そういう事があるんだ」


頭の中で、ギルギが。

確かに、そんな事もあった、ような、気がする。


「わかりました。…まだ、飲み込めてない事もあるけど、とりあえず分かりました」


正直、一番聞きたいことがまだ残っている。

それは、いつから、自分たちを見ていたのか、とか。なぜ、『王の本領』を強くさせねばならないのか、とか。

けれどそれは、聞いても答えてくれると思えなかったので、聞かないでおく。


「…よし、それじゃあ、始めるぞ」


二つの気配が、同時に動いた。そして同時に、合計五つの光が、ふわりとこちらに向かって動き出した。


「あ、あの、僕は具体的にどうしたら…!」


「そのまま!そのままその光を…彼らを、受け入れるんだよー」


「う、受け入れるって…!?」


五つの光が自分の体に入ってくる。僕は思わず、目を閉じた。

見覚えのない記憶が、感情が、流れ込んできた。


———



それは、絶望だった。


多くの人が、喪失に泣いていた。

多くの人が、略奪に叫んでいた。

多くの人が、奪われて(殺されて)いた。

無作為に、無意味に。


人々を奪う(殺す)のは、災いそのもの。

世界を覆う、災害の竜たち。

神との約束を破り、理性を失って暴走する怪物たち。

ドラメル族と、呼ばれるものたち。


そんなドラメル族達にもにも、生活があった。感情があった。人生があった。

そして彼らは何よりも、一部を除いて善良だった。

善良であろうと、していた。

尋常ならざる、強大な力を得てもなお。


だから、その力が牙を向いた『大災害』の後、残った彼らは。

九割は理性すら戻らずお互いに殺し合い、そして残った一割は。

善良なはずだった彼らは、一体どうしたのか。



ある者は引きこもった。

ある者は泣き叫んだ。

ある者は自ら命を絶った。

ある者は狂い、理性のあるなしに関わらず同族を殺し回った。


けれど彼らは、忘れられなかった。

理性が戻った直後に見た、地獄のような光景を。

彼らは、逃げられなかった。

自分達が、その爪や牙で多くの命を無意味に奪ったという、雪ぐことの出来ない罪から。


彼らは泣いていた。

泣き喚いていた。

苦しんでいた。

吐いていた。

狂っていった。


その根底にあったその感情が、流れるように体に満ち、溢れそうになる。



それは、絶望だった。

絶望で世界を覆った彼らもまた、絶望していた。


———


絶望が、身体中を駆け巡る。

心に穴をあけられて、その奥をほじくられているような感覚。

痛みはないのに、どこまでも苦しい。思わず僕は、叫んでいた。


「なっ…!?」


「ちょっと、どうしたの!」


二柱の困惑した声が、耳に入る。けれど言葉として処理されない。

今はただ、苦しい。

くるしい。

クルシイ。


「な、なんで!?五人分の残り物…記憶なら、ぎりぎり大丈夫なはずでしょ!?」


「ああそうだ、そのはずだ!一つの魂に一度に入れられる記憶は、六つまでだから…なのに!」


元々の、エルギオ自身の記憶。

それと、エルメダ、レイナ、アドルオ、アルガイア、エリクの記憶。

ギルギの記憶を除いた、合計六つ。


「そこまでなら、彼の精神も持つはずなのに…!」


「…まさか。いや、でも…っ!?」


何を言っているのか、分からない。

苦しい、悲しい、辛い、耐えられない。

とてもじゃないが、耐えられない。

頭を、体を満たすのは、合計五つの後悔と絶望の記憶。


——竜達の、記憶(ぜつぼう)


「まずい!自己認識が、変わってしまう!」


大量の記憶が流れる。幾つかの数百年分の竜の記憶が、十数年ぽっちの人の記憶を押しつぶす。

…自分が人なのか、竜なのか分からなくなる。



———。


————————。


…………………………………。



でも、こんなにその時の記憶があるのだから。


自分は、たぶん、竜、なのだろう。


「ダメだ!戻れなくなる!」


「っ!…聖女ちゃん達、逃げて!」


だから。

自分ももう、竜の姿に、戻らなければ。


「無理だ!我らは、向こうに直接声掛ける事は出来ない!」


「でも…!じゃあ、どうしたら…」


だれかが、話している。

難しい事を、話している。

そして、どこか遠くで、別のだれかの声が、きこえた。

自分の名前を、よんでいる。

とても必死に。


ああ、苦しい、辛い、こわい。

誰か、助けて。

この、大きな大きな体の、(バケモノ)の自分を、たすけて。


『……エ、ギ……!』


誰かが、女の子が、自分の名を叫んでいるのが、ぼんやり見える。

君は、きみは、この苦しみを、取り除いてくれるのか。

いいや、ごめん、きっと無理だ。

小さい人間には、何も出来ないから。


『………ギっ………!』


何も出来ないくせに、女の子は、自分の手にしがみついて来た。

だから良いって、この苦しみは、僕一人で何とかするから。

だから、そんなに泣くなよ。

ああ、苦しい、辛い、悲しい。


それでも、女の子は、僕の手から離れない。

……いい加減にしてくれ。


『邪魔だよ、キミ』


ガッ。



「———あっ」


「っ……!」


収まらない苦しさに、僕は腕を振り上げる。

女の子が吹きとぶ。

小さなその片腕が、体から離れて空に飛んだ。

血の匂いが、鼻に纏わりついた。


『……血』


血を飲めば、少しは、楽になるかも。

命を食らえば、少しは、苦しくなくなるかも。

だって僕は、(災い)なのだから。


「これ以上は……仕方ない!我らで彼の意識を落とすぞ!」


「……っ!ごめんね、エルギオ!」


そんな、誰かの声と同時に、突然眠気に、襲われる。

苦しくて怖くて、だから抗えずに、落ちていく。

最後に聞こえた声が、何故か、頭の中に反響し続けていた。



……ごめんね、エルギオ—————。

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