8、「竜を飲む」 1
竜の司祭であるマルティナさんの神降ろしから一時間。
私たちが待機していた部屋に、サフィラさんが来た。
彼女に案内された先は、神殿に続く扉の一つ前。司祭の私室だった。
「マルティナさん、もう大丈夫なんですか?」
「はい、もう大丈夫です。理由は分かりませんが、いつもより反動が軽かったので。気遣って下さりありがとうございます、聖女様」
そう言っているが、彼女の顔はまだ青く、カザリスさんに寄りかかっている。まだ本調子でないのは明らかだ。
「それより…神降ろしの結果を、説明しないとですね。あの言葉達が、何を意味するのかを」
「マルティナ、それぐらいなら僕らでも出来る。君は休んでいた方が良い」
姿勢を正す彼女に、カザリスさんが呼びかける。しかし彼女は、小さく首を振った。
「私は司祭だから。これは、私がやらなくちゃいけない事なの。…おねがい、カザリス」
「……わかった。でも無理はしないで」
「ありがとう、分かってるわ」
カザリスさんが、小さく唇を噛む。彼の、マルティナさんへの態度は露骨だ。彼は司祭を強く想っている。大事にしている。
「さて、改めて。私が降ろした言葉、覚えていますか?」
頷く。みんなと確認しあったから、覚えている。
『竜王の子よ、祭壇にて竜を飲め。さすれば次の目的を教えよう。』と、ザックリこんな感じだったはずだ。
それを伝えると、マルティナさんは頷いて続けた。
「竜王の子というのは、恐らくエルギオさんの事でしょう。降りた神は、貴方に言葉を伝えたのです」
エルギオが頷く。そこは予想していた通りだ。
問題はその先。竜を飲む、とはどういう事なのか。
「カンナも記録者も、知っているはずだから、彼らに聞けって言われましたけど……そもそも記録者って」
「ああそれは僕の事だね。僕の竜名にあるレコーダーっていうのが、記録する者って意味だから」
エルギオの問いに、カザリスさんが答える。様子からして、彼らは竜を飲む事について知っている様だ。
「説明したいけど、少し複雑だし。何から言ったものか…」
「…この際、一から説明しましょう。司祭さま」
二人のカンナの提案を受けて、マルティナさんが姿勢を改める。
私たちも、情報を頭に入れる姿勢に入る。
「えっとまず…魂と神の力、すなわち『加護』や『祝福』の関係について、説明しましょう」
突然話が違う方向に行き、ダックさんでさえ少し困惑した。けれど、とりあえず続きを聴く事にする。
「それら神の力は、一人に一つしか刻まれません。これまでの旅の中で、一度に二つの力を使う人を見た事がないでしょう?」
言われてみればそうだ。
でもなぜ一人一つなのだろう。二つあれば、反動はすごいだろうがもっと色々出来るはずなのに。
「理由は単純です。…力は、人の心臓に刻まれるからです」
『祝福』や『加護』は何かに刻まれるものだと、マルティナさんは話した。
たとえば『浮遊の祝福』が石に刻まれると、それは浮遊石と呼ばれ、空船の動力源になるように。
同じように、それは人の心臓にも刻まれるのだと。
そして、二つの力を持つ人がいないのは、心臓をふたつ持てる人間がいないから。
「しかし、このルール…規則から外れた人々がいます。…それが、ドラメル族です」
飲み込んだ情報が、次の情報で破壊される。
エルギオが呆然を自分を指差す。
「僕らが?なんで…?」
「簡単な事です。彼らには、人の時の心臓と竜の時の心臓、そのふたつを持っているからです」
声も出せず、ただ衝撃に呆然とする。この島に来てから、驚いてばかりだ。
話疲れたのか、息を整えるマルティナさん代わり、カザリスさんが説明を続ける。
「僕らの人の時の心臓に刻まれているのは、『竜の奇跡』だ。それは知ってるね?『竜の奇跡』は、人を竜の姿にする、それだけの力なんだ」
つまり、災竜達が使う固有の『力』は『竜の奇跡』由来のものではない。
「竜になると、文字通り何もかもが『竜』になる。見た目も、感性も、体の内もね。だから心臓が人のものとは変わってしまうんだ」
その、人とは違う心臓に、もう一つの力が刻まれる。竜の心臓に刻まれるそれは、即ち。
「『聖痕』…。僕らの、固有の力…」
「エルギオくん正解。えっとそれで…普通神の力は、それが刻まれた心臓が止まるとその体を離れるんだ」
死んだ人間は力を使えない。それは力が刻まれている心臓も死ぬから。
「それは空を彷徨って、いつかどこかで別の人に宿るのよ」
「でも、ドラメル族が死ぬと、そうとも限らないんです」
カンナ二人の説明を受けて、カザリスさんが持ってきた水で喉を潤したマルティナさんが、再び言葉を紡ぐ。
「ドラメル族は二つ力を持っているから、残ってしまうのです、聖痕だけが。聖痕の力は竜が使う為のものです。だから、竜の心臓以外に刻まれないのです」
片方、『竜の奇跡』は死んだ体を離れ、別の力となって別のモノに刻まれる。けれど、竜の心臓に刻まれた聖痕は、その場に残ってしまうのだと、マルティナさんは言った。
「サフィラ、お願い。例の物を、持ってきてちょうだい」
サフィラさんが応じ、何処かへ行く。少しして、瓶をふたつ抱えて戻ってきた。
「これが、その残ってしまった聖痕です。私たちは残り物、と呼んでいます。…カザリスに頼んで、あなた達が倒した災竜から回収してもらいました」
「ムロリメロ島のエルメダさんと、ケイオール島のアルガイアさんのものだよ」
マルティナさんとカザリスさんが、それぞれ説明する。
瓶の中には、丸い光の様な何かが入っていた。これが、残り物。刻まり先を失った聖痕。
エルメダという名前は知らないが、ムロリメロ島の災竜には覚えがある。それと、あのアルガイアの。その二人の、骸から回収された物。
「二つだけ…ですか?」
不本意だが、私たちが倒した災竜はもっといたはずだ。
カザリスさんが、知った名前を挙げながら二つしかない理由を話した。彼は一体、どこまで知っているのだろう。
「レイナちゃんとアドルオさん、エリクの野郎の残り物は、二柱の神さまが然るべき所に保管してるよ。ギルギのは…なぜかもう、君に取り込まれてて…」
そう言いながら、カザリスさんはエルギオを見た。彼の顔が、今日一の衝撃で固まる。
取り込まれている。
何が、誰にって?
マルティナさんが、疲れた様に深呼吸をして答えた。
「…漸く本題に入れます。竜を飲む、とは、エルギオさん。あなたがこの残り物たちを、その体に取り込む事なのです」




