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聖女ドラメルと最後の竜  作者: 創作草
第七章 明日のことを
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7、竜の司祭

正午。私たちは司祭殿の部屋に集まっていた。

時間が来て、カンナ二人が呼びに来る。二人について行って司祭殿の廊下を進む。


「…メルリ、何かあった?」


エルギオが目敏く、私の様子に気づいた。彼も何かあったようだが、それより私の異変の方を気にしたようだ。


「…いや、別に何も無かったよ。緊張しているだけ」


何でもなさそうに振る舞ったけど、多分隠せてない。


ほんの少し前、私はラケルさんに告白された。嘘も騙しもない、純粋な愛の告白だった。

私はそれを保留した。

ラケルさんを嫌ったからではない。そもそも、彼とはまだ会ったばかりで、彼の事を殆ど何も知らない。

そんな人に告白されて、私もですとは返せない。


(そもそも、色恋なんて…)


私には無関係だと思っていた。

こんなでももうすぐ二十なのだから、そういう話に興味がない訳ではない。


けれど私は聖女だから。

世界中の人々の安寧がかかっているから、色恋なんてする暇ないと思っていた。


(……)


チラリと、前を歩くラケルさんを見る。

途端に、告白の言葉を思い出す。その純粋さに焼かれる事から逃げるように、私は首を振った。


(今は、この後の事に集中しなくちゃ)


長い廊下の最奥。

神殿へと続く両開きの扉が、二人のカンナによって開かれていく。その向こうは、整備も何もされていない洞窟だった。


「この道は、岩山の中にある神殿へと繋がっているんです。一本道なので、迷う事はありません」


サフィラさんの解説と共に、洞窟へと足を踏み出す。

必死で迷いを打ち消そうとする私を、皆んながそれとなく気にしているのに気付いて。

初心な自分を、何となくおかしく感じた。



洞窟を少し登り下りしながら進むと、広い空間に出た。

二、三十人が入ってもまだ余裕のありそうな広さに、高い天井。その天井から、幾つも岩が垂れ下がっていた。


「ここが神殿です。自然に出来た鍾乳洞で、この島の聖地。ここで竜の司祭は神降ろしをするんですよ」


説明するラケルさんの声が、鍾乳洞に反響して広く響く。広いが所々に灯りが灯され、暗さはあまり無い。

視線を上へと吸い込まれていた私たちは、二人のカンナの指し示しで視線を下ろした。


「…聖女たちが着いたよ、マルティナ」


既にいたカザリスさんが、傍に座った少女に声をかける。

少女が閉じていた目を開ける。

私は、見事に目を奪われた。


「竜の司祭様。聖女様方をお連れしました」


二人のカンナの声が響く。

彼女が、竜の司祭。

年は私と同じか少し下くらい。エルギオやカイと同年代ぐらいか。腰までありそうな長い髪に赤い髪飾りを刺して、白いゆったりとした服を着ている。

そして何より、吸い込まれそうな深い碧の瞳。


(あの目は…)


夢の中で、見た事があるような。


「……そうですか。ありがとう、二人とも」


透き通るような声が、少女の口から漏れる。

その見た目の美しさと、空読み様のような老人だと思っていたのが、見事に覆された。

時間が止まったように見つめる私たちに、司祭が続ける。


「自己紹介は要らないと思いますが…私は、マルティナ・ドロガミル。竜の司祭です。私の招きに応じてくれた事、感謝します。聖女メルリ・ルアーナ」


いきなりフルネームで呼ばれて、私たちは衝撃から立ち直った。というより、新しい衝撃で上塗りされた。


「え、私の名前を、どこで知って…」


「サフィラに頼んで、『遠見の加護』であなた達の旅路を見せてもらっていたのです。それで名前を知りました」


『遠見の加護』で。それはつまり私たちのこれまでの旅は、ずっと司祭…マルティナと名乗った彼女に見られていた、という事。


「盗み見しちゃってごめんね。だけど、それが彼女の望みだったから」


カザリスさんが、謝りながら説明してくれる。

曰く、難易度の高い神降ろしをする時には、神さまの言葉を伝える相手の事を、なるべく知っておきたいのだという。

ただしそれは能力の仕様ではなく、そうすれば良くなりやすいという、経験則から望みなのだと。


「それが私に宿った力…『霊依(たまより)の奇跡』という物、なのかもしれません」


どこか寂しげに、竜の司祭マルティナは呟く。その肩に、カザリスさんがそっと手を置いた。

何だろう。彼のマルティナさんへの接し方は、他と違う。


「…っと。私の話はここまで。あなた達のことは見てはいますが、改めて自己紹介をお願いします。それから、本題に入りますね」


両手をポンと合わせて、マルティナさんは微笑む。綺麗な顔はどんな表情でも綺麗で、私は思わず目を逸らしそうになった。


「えっ…えっと……俺、じゃ無くて私はカイルス・フェキシフトです。それで、えっと…」


緊張しながらも自己紹介をする私たちを、マルティナさんはどこか楽しそうに眺めている。

その様子は、彼女に幼さを思わせる。

一通り自己紹介が終わると、彼女は楽しくて仕方がないと言った風にありがとう、と言った。


「…それじゃあ、早速本題に入りますね」


途端、一瞬和やかになっていた空気に、緊張が走る。


「私の役目は、神にあなた達が次にすべき事を聞き、それをあなた達に伝える事です。では早速、神降ろしを始めますが…」


何か、事前に聞きたい事は無いか、とマルティナさんは私たちに問いかける。

それに、エルギオが手を挙げた。


「あの…僕はしっかり教育を受けた訳じゃないから、何と無くでしか知らないんだけど…その、神さまっていうのは…?」


彼は目覚めてからの十年で、大体の常識を知ったから、学舎での授業を受けていないのだ。

エルギオの方へ、最低限の知識は教えてある。それによれば、神とは確か。


「一般的には、世界を作った存在で…人間に『祝福』や『加護』を授けている…だったかな?」


マルティナさんが、それに頷いて、続ける。


「間違いではありません。しかし、正確には…世界を作った神々から、その運営を任された二柱、というのがいちばん近いです」


それは、一般的に知られている神さまと、ドラメル族が信仰していたあの竜の神の、二柱なのだと言う。そう、彼らは解釈して信じているのだ。

カザリスさんが補足する。


「神降ろしでは、そのうちどちらか片方を降ろすんだ」


「そっか、だからあの時……」


「何か?」


「ああいえ、何でもないです。止めちゃってすみません」


あの時。というのはハーマレー島で空読み様から預言をもらった時の事だ。

あの時二回行った神降ろしで、空読み様の向こうに見えた気がした人影は、一回目と二回目で違った気がした。

あれは気のせいではなく、本当に神さまが二人いたのだ。


「いえいえ。…それでは、神降ろしを始めたいと思います」


一瞬ほぐれた空気が、再び引き締まる。

カンナ二人が準備を進め、目を閉じたマルティナさんの口から、静かに呪文が流れ出す。

カザリスさんが、そっと彼女の手を握った。


そしてすぐ、世界が変わった。


(——っ!)


少女が白目を剥き、その体から力が抜ける。

そして、初めて聞いたあの時から、鼓膜に染み付いて離れない、あの音。



ザ、ズザ。


この音が、神が降りた合図なのだろう。

サフィラさんの口から、厳かな調子の声が響きだす。音は変わらず凛としているのに、そこには確かな厳粛さがあった。


「…聖女と共にある、竜王の子よ。祭壇にて、竜を飲め。『王の本領』の封印を解くのだ。…さすれば、旅の次の目的を授けよう」


(あれは…)


ハーマレーの時と同じだ。厳かなその声の向こうに、誰かが見えた気がした。ハッキリとは、分からないけれど。

あれが、神さまなのか。


「竜を飲むことは、彼らに聞け。カンナも記録者も、知っているはずだ」


その言葉を最後に、空気が戻る。神が離れる。

マルティナさんが意識を取り戻す。反動からか、その鼻から血が垂れ、カザリスさんとカンナ二人が、彼女に駆け寄った。


「……は」


いつの間にか詰めていた息を吐く。


(竜を…飲む…?)


言われた言葉の意味は分からない。だが、カンナ達が知っているとも言われた。

早く今の言葉の意味を知りたいが、彼らは神降ろしの反動を受けたマルティナさんを介抱している。落ち着いて話すのに、もう少し時間が要るだろう。


「…少しの後に、部屋に行きます。…それまで、お待ち下さい……」


そう、辛そうにしながらも無理矢理私たちに告げたマルティナさんの言葉で、私たちはその場から去らざるを得なくなった。

司祭を大事にしている彼らの時間を、邪魔する事はできなかった。

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