6、竜を祀る者たち 3
ペミー・アヌシは、巡礼橋を渡って本島の方に来ていた。エルギオ達から話に聞いた、祭壇というものを見るためだった。
橋を渡ると、件の建造物はすぐに見えた。
(確かに…)
ケイオール島の祭壇跡に、似ている。しっかりと覚えている訳ではないが、石の階段のついた一際高いものには、見覚えがある。
(アドルオさんの…)
再会の約束をした、同じメムリット族のロキ・イーリス。彼を育てたドラメル族のアドルオ・ドラメルは、祭壇跡の一番高い場所を寝床にしていたと、ロキが言っていた。
そして、彼にアドルオからの手紙を渡し、一緒に泣き合ったのも、そこだった。
(……)
似た構造の祭壇を見ていると、その時のことを思い出す。無意識に片耳をぎゅっと握る。
「あれ、君は…」
声に振り向く。人の姿のカザリス・ドラメル・タンテーが、そこにいた。
「観光でもしに来たのかい?この祭壇を、見てたのかな?」
「…ペム」
否定する必要はないが、なるべく素っ気なく答えていた。
正直自分は、彼が少し苦手だ。
「この祭壇が何か知っているかい?」
「…ペム」
肯定とも否定とも取れる、曖昧な返事。
自分が彼が苦手なのは、生物として本能だろうか。
小さきメムリットは、大きな災竜を恐れる。
エルギオだって最初は警戒していた。しかし彼に害意がないと分かってからは、なるべく歩み寄ろうとしている。それでも恐れは拭い去れない、それが本能だから。
だから、彼への恐れが薄れるのも、少し時間がいるだろうと考えて。
「僕は、君と話したいんだが。『応えて、くれるかい?』」
「っ!?」
カザリスが、こっちの言葉を使った。
まさか彼が使えるとは思えず、衝撃にまんまと硬直する。
「…聞いたことのある、言葉だけだけど、ね」
「…言葉を聞く機会が、あったのか」
必死に取り繕って答える。彼は底が知れない。その結果、本能が普段以上に警鐘を鳴らす。
「うん。君たちが、ケイオール島にいた、時にね。『遠見の加護』、で」
「聞いたものを、全部覚えているのか?」
「それが、僕の力、なんだ」
辿々しくも、カザリスはメムリットの言葉を確実に紡いでいく。同族以外が同族の言葉を使っているのは、なんだかひどく不快だ。
…彼が苦手な理由が、何となく分かった気がする。
「…分かった。この祭壇は、いったい何なんだ?」
不快感を抑えて、彼の話を促す。彼は、自分が聞いてくれた事に感謝して、祭壇の説明を始めた。
「ここは、かつて、初代司祭が、ジンライを、見た場所、さ」
「ジンライ?」
「神が、来ると、書くんだ。神さまが、来る事を、初代司祭は見たのさ。だからここは、聖地なんだ」
「…そうなんだ」
ケイオール島にあったあの祭壇跡も、これと同じようなものだった。同じか似たような由緒でも、あったのだろうか。
「…ずいぶん興味なさげだけど…。君は聖女一行の中でも、かなり警戒心が強いし、もしかして僕の事が嫌いかい?」
メムリットの言葉を使わず、不意にカザリスはそう言った。口をへの字に曲げている。
「嫌っている、訳じゃないけど。…生物の、本能だから」
片言の人間語で答える。聞いたものなら全て覚えている彼でも、対話はまだ難しいようだった。
「それに、メルリには、笑っていてほしい、から」
だから、彼女へ向けられる悪いものは、なるべく自分やダックで引き受けたい。それが年上の、大人の役目だと思っているから。
悪いかどうかを見極める為に、少し距離を置いているだけだ。
そう言うと、カザリスは少し考えて口を開いた。
「…じゃあ僕は、悪いものになるのかな」
視線を彼を向ける。言外に、今の呟きの意味を問う。
「…正直いうとね、僕は彼女の神降ろしで聖女がどうなろうが、知ったこっちゃないのさ」
その言葉に、これまでの軽薄さはない。それが彼の本心なのだと悟ったのは、理性の方か本能の方か。
「それに、聖女に付いていっているだけの君たちのことは、尚更どうでも良いんだ」
自分たちへの、侮辱とも取れる発言。自分はそれを無言で流し、続きを促す。
彼の本心がどうなっているのか、知りたいと思ったからだ。
「…僕が気にかけるのは、常にその安全を考えているのは、彼女だけだから」
言葉の後ろの方は、微かに震えていた。それが酷く辛そうに見えて、慌てて体を振る。
「僕は、彼女の為ならなんでも——と、話しすぎたね。じゃあね。君との会話は、建設的…では無かったけれど、無駄でも無かったよ」
軽薄さを取り戻して、カザリスは歩き出す。
(何だったんだ…?)
向こうから話しかけてきて、向こうから切られた。今の会話に、意味があったとは思えない。こちらが彼への警戒を高めただけだ。
(でも、今のは…)
彼の言葉の棘には、微かに思い当たるものがあった。ケイオール島の、ロキのものだ。
大事な人の為に周りを遠ざけていた彼と、似たものを感じた。
(……)
彼の奥底は、まだ分からない。けれど確実にそこには、何かがある、と思った。
(考えても…分かる訳ないか…)
正午まではまだ少し時間がある。
自分はカザリスが去った後も、少しの間祭壇を眺めていた。
彼の言葉の棘と、微かに感じた寂しさと、ケイオール島での事を、交互に考えながら。
———
正午近く。司祭殿を歩いていた私は、ラケルさんに呼び止められた。
「あの、聖女さま」
「あ、ラケルさん!起きたんですね」
彼は『加護』の影響で、半日の間寝て過ごす。彼が起きてきた頃は、神降ろしの時刻が近いということだ。
「はい。まあなんとか。…それで、少し話したい事があるのですが、良いですか?」
「……ええ、まあ。特に何か、用事がある訳でもないですし」
彼の持ちかけに、ドキリとする。またさっきのサフィラさんのように、泣きながらよく分からないことを願われるのではないだろうか。
それだったら、ちょっと嫌だなぁ。
彼に続いて、司祭殿の裏に回る。私たちが降り立った場所から、少し離れた岩陰へ。
「あの…話って何ですか?」
周りに人がいないのを確認して、ホッとしているラケルさんに問いかける。
人に聞かれたくないのだろうか。そんなに重い事なのかと、身構える。
「あ、ああそうですね。…えっと、どこから話そう…」
途端に、しどろもどろになるラケルさん。
しどろもどろながらも、彼は必死に口を開いた。
「えっと…僕らは、何年も前から聖女の存在を知っていました。そして、司祭様のために、聖女を助けよう、と思っていました」
内容が纏まっておらず、何が言いたいのか分からない。
けれど、何年も前から聖女の存在を知っていたとは、どういうことなのか。
「それで…その…僕も、あなたの助けになりたいと思っていました。それが、司祭様の助けになるなら」
「はぁ…」
助けてくれるのは嬉しいが、何だか要領を得ない。
彼は一体、何を。
「けれど…本物の聖女を、貴方を見て決めたんです。一番近くで、貴方を助けたいと」
「はい………はい?」
話の行方に、何やら不穏なものを感じる。
彼は本当に、一体何を言いたいんだ。
「そう使命感を抱かせるほどの何かが、貴方にあったのです。僕の心は、貴方のことしか見えなくなってしまったんです。その、だから…!」
「ちょ、ちょっと待っ…」
私の静止など聞こえないのか、彼は言葉を続ける。
片手を私に差し出して、頭を下げる。
「——好きです。ずっと貴方のそばに、居させてください」
旅を始めて以来、最大とも言える衝撃と共に。
ドロガミル島最初の半日は、最後の安寧の時は、過ぎていった。




