5、竜を祀る者たち 2
僕は再び、修行殿の扉の前に立っていた。
もう一度、ディナちゃんとルベンくんと会う為だった。会って、二人に聞きたい事があったから。
扉を開けると、多くの見習いの、修行の緊張感を孕んだ空気が流れ込んで来る。
足音を殺して中に入る。なるべく音を立てないよう、二人を探す。
と、中年の男のカンナ見習いに手招きされた。
「…?」
彼は修行中ではない。ついていくと、いくつか部屋を跨いだ、大部屋に通された。
そしてそこでは10人くらいの見習いが、集まっていた。中には床に寝そべってうとうとしている者もいる。
そこに来て、僕を案内した老人が口を開いた。
「いやーやっと話せるようになった。修行部屋は私語厳禁でして。こちらの休憩部屋なら、好きに話せるのです」
「…そういう事ですか。連れてきてくれて、ありがとうございます」
修行部屋で彼らと話すつもりだったが、それは修行中の人々に悪いから、どうしようかと思っていたのだ。
話せる場所があるなら、都合がいい。
老人と別れ、二人をこちらが探す前に、向こうが先に気づいて駆け寄ってきた。丁度休憩中だったのだろう。
「エルギオさん!また来てくれたんですね!」
「う、嬉しい…けど、何しに、来たの?」
屈んで、ディナちゃんとルベンくんの、二人に視線を合わせる。
「うん。二人に…聞きたい事があってね」
「うん?なに?」
「……君たちは、どうしてカンナになりたいの?」
カンナというのが何か分からなかった時は、浮かばなかった問いだ。
それが『加護』を持つものであると分かった今、聞かずにはいられなかった。
「どうしてって…司祭様の、役に、立つため?」
「いや、それは分かるんだ。でも…それだけじゃない気がして」
司祭の役に立つ。ただその為だけに、数十人の人間が厳しい修行に挑むなんて、少し考えずらい。
しかも、二人のような子供でさえ。
そこには何か、根本的な物があるような気がして。
「そんなの簡単な事よ」
「え、そうなの?」
「つまりは、何故って突き詰めればいいんでしょ?司祭様の為っていうのは、突き詰めればつまり…」
そこで、ディナちゃんはルベンくんの方を向く。視線を受けた彼も、あそうかと何かに納得した。
そして、それを受けたディナちゃんが続ける。
「司祭様の為っていうのはつまり、エルギオさんの…ドラメル族の為に、修行しているの」
「僕らの…為に?」
「そう…かつて、この島の人たちを、助けた、ドラメル族に、報いるため」
意外な回答の続きを、ルベンくんが話す。
「その為に、僕たちは、ドラメル族に…全てを、捧げるんだ」
修行のための日々も。その辛さも。
カンナたちが『加護』に蝕まれているのも。
全てを、僕らに捧げるため。
「な……」
声が出ない。
そこで気づいた。二人の子供の瞳に宿った光が、憧れ以上のものを含んでいる事に。
一言でいうなら、信仰に、近いもの。
「そん…なの…」
「?エルギオさん?」
自分でも抑えられない不快感が、腹の底から迫り上がってきた。
その理由も、自分ではわからぬままに。
「そんなの…っ!」
叫んでしまう。
「…そんなの、僕らは望んで…」
けれど理性でグッと、その続きの声量を抑える。
「…ど、どうしたんですか?…僕たち、何か、まずいことを…?」
「………いや、なんでも、ないよ」
どうにかして笑ってみせる。けれど子供は鋭い。不安そうな顔は消えない。
「本当になんでもないよ。ありがとう、答えてくれて。じゃあ、僕はもう行くね」
無意識のうちに早口になっている。早く司祭殿に戻ろう、と思った。
まだ困惑している二人に、精一杯の笑顔を見せて、来た道を戻る。
ふと気になって、部屋を出るのと同時に振り返る。きょとんとした二人以外の見習い達が、扉を閉める僕に向かって頭を下げた。僕を案内してきた、初老の見習いも。
彼らにとって客人である僕に向けただけのものとは、どうしても思えなかった。
「……」
修行殿から出て、巡礼橋の所まで来る。
彼らは、見習い達はその全てを捧げて、修行に励んでいる。
僕らの為に。過去に一度、助けられたからという理由だけで。
(竜を、祀る、島…)
正確な意味は違うだろう。祀られていると思えるのは、僕らよりは竜の司祭の方だ。
けれど、それを思わずにはいられなかった。
腹の底の不快感は、先程よりかは収まっていたが、司祭殿に戻ってきても消えなかった。
———
メルリ達と別れた後、ダック・ボンデールは司祭長エノシュ・ガムバルゲンを訪れていた。
ただ純粋に、聞きたい事があったのだ。
司祭が神降ろしをし、司祭長がそれを見習い達に伝える。
それならば、どうやってこの島は運営しているのだろう。それが気になった。
外部の人間の自分には、話せないこともあるだろうけれど。
(…こんな、単なる好奇心で司祭長様の時間を使わせても、いいのだろうか…)
そんな迷いは、司祭長の部屋の前に来ても晴れなかった。
けれど、その部屋の扉が少し開いている事に気づき、少し収まる。
さらにその隙間から、エノシュが何かを書いているのが見えて、迷いは別の好奇心に塗りつぶされた。
「あの、すみません」
「なっ!?はっ、なんじゃ!?」
扉を開けて声を掛けた結果、驚かせてしまった。いけないいけない。
どうもこの島に来てから、生来の好奇心旺盛さが消せない。
「驚かせてしまってすみません。聞きたい事があったのですが…その前に、なにを書かれていたのですか?」
「な、なんでも良いじゃろ!外部の者には話せん!」
怒らせてしまった。
声を掛け方を間違えたかもしれない。
エノシュは咳払いを一つして、書いていたものを隠しながらこちらに向いた。
「…それで、なんじゃ。聞きたい事って…」
怒らせてしまったが、話は聞いてくれるらしい。その優しさに感謝しながら、意中の疑問を口にした。
途端に、エノシュは微妙な顔をする。
「…島の運営方法は機密事項じゃ。その島特有の方法があるのでな。そんな訳で、これも外部の者には話せん」
なんとなく予想していた通り、断られてしまった。その理由を説明してくれたのは、最後の誠意だろう。
これ以上、彼の時間を無駄遣いする意味はない。
「…ありがとうございます。失礼しました、時間を使わせてしまって」
「…別に、かまわんよ。まったく…」
感謝と謝罪を同時にして、部屋を後にする。
扉を閉めるその最後に、部屋の中からエノシュの愚痴が漏れる。
「…どいつもこいつも、司祭だの神降ろしだの……あんな嘘っぱち——」
(……え?)
閉めた扉に遮られて、愚痴のその先は途絶える。
けれど聞こえた愚痴の内容は、自分を困惑させるのには十分だった。
だってそれは、見方によっては司祭を侮辱するような…。
(聞き間違い、か…?)
今自分で閉めた扉に向き直り、それを再び開けるかどうか少し考える。
結局、迷惑だと思い扉から手を離し、その場から離れる。
けれども胸の底に積もった不安と疑惑は、確かに後ろ髪を引っ張っていた。




