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聖女ドラメルと最後の竜  作者: 創作草
第七章 明日のことを
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3、司祭の両腕

司祭殿の中は外ほど磨かれてはいなかった。むしろ、使い込まれて少し埃っぽい。

多分、中で暮らす人数が少な過ぎて、掃除しきれないのだろう。雑色が入れる訳でも無さそうだし。


「使う部屋なんかは、綺麗にしているんですけどね…と、こちらです」


踏むと音が鳴る廊下を歩いて、ある部屋まで通される。

横に引く型の扉を開けると、少し狭めの部屋にみんなが居た。


「お、来たきた。おかえり、メルリ!」


「ただいま、カイ」


みんなとの合流を済ませる。そして、部屋の中にいた見知らぬ少女へ目を向ける。

年は私と同じか少し上。隣にカザリスさんが人の姿のまま座っているから、恐らく。

その予想は、改めての自己紹介で肯定された。


「サフィラさんか…これから、よろしくお願いします」


「はい。よろしくお願いしますね、聖女様」


二人のカンナ、司祭の両腕。その名はサフィラとラケルと言った。

私たちの方の情報も、ダックさん達に共有する。二十年で二人というのは、やはり誰であれ驚かせた。


「昔はもっといたんだよ。男をカンナギ、女をカンナメって呼び分ける必要が出てくるくらいにはね」


部屋の壁に寄りかかっていたカザリスさんが、そこで解説を挟んだ。

聞くと彼はなんと、『大災害』の後から八百年、この島で過ごしていたという。だからこの島について、竜の司祭について色々詳しいのだ。


「カンナ…神の力を使う、司祭の両腕、か」


「神の力かぁ…どんなものなんだ…ですか?」


カイが、どうにか敬語を崩さずに聞く。聞きたいことは山ほどあるのだが、彼がまず気になったのはそれらしい。

カンナの二人は、顔を見合わせた後。


「…まだ司祭長様も見えないし、いいか」


「ああ。俺にとっては、説明必須だからな」


と、お互い頷き合った後、まずサフィラさんから口を開いた。

そして私たちは、ディナちゃん達の言っていた『神さまの力』が何なのか知った。


「…私には『遠見の加護』が宿っています。どんなに遠くの景色でも、目の前に映し出すことができるです」


「………え?」


一瞬の静寂の後、理解と衝撃が襲う。

神さまの力とはつまり、『祝福』や『加護』、『奇跡』の事だと、誰もがその言葉で悟り。

彼女の力の詳細を飲み込めたのは、その一瞬の後だった。


「…ってことは、カンナっていうのは…。そんで見習いって……」


「はい。カンナとは『加護』や『奇跡』の使い手のこと。見習いは、修行によってそれらを得ようとしているのです。言ってませんでしたね、すみません」


エルギオの呟きに、サフィラさんが続けて答える。

新しい島に来て、新しく知ったその島の常識が、実は名前の違うだけの、既知の常識だった。

その衝撃から立ち直れるだけの時間を、ラケルさんはくれなかった。


「話を戻して、次はお…僕ですね。僕には『不可視の加護』が宿っています。不可視の『空の壁』を作って、この島を周りから隠しているんです」


あの『空の壁』の制作者。それが目の前にいた。

それに食いついたのは、今度はダックさんだった。湧き上がる疑問を、抑え込めないんだろう。


「ま、待ってください!ではラケルさん。あなたは島を隠すためだけに、常時『加護』を使っているのですか!?」


島を一瞬隠すだけでは意味がない。島を完全に隠すには、その為の『加護』を常時使っていなければならない。

心身の負担は想像できない。というか、耐えられるのか、そんな事。


「…いえ、常時は流石に無理です。なので毎晩、一日保つ程の壁を作っているんです。反動で、翌日の昼まで動けませんが」


そう笑いながらラケルさんは言ったが、全く笑い事ではない。

彼にとって一日とは、昼からの事なのだ。しかも口振りからして、壁を作っているのは毎日だ。

毎日、夜に力を使い切り、翌日の昼に起きてくる。苦行とも取れるその日々は、想像もできない。


「…あっ、ごめんなさい。空気を重くしてしまって。僕の事は、聖女様がそんなに気にする事じゃな、ありません」


押し黙ってしまった私たちに、ラケルさんは慌てて強がる。それで明るくなる空気ではないので、私の質問でそれを流す。


「あ、あの!サフィラさんの『加護』の…どんな遠くでも見れるっていうのは…?」


サフィラさんは、空気を変えるように首を振って答えた。


「文字通り遠くを見れます。…説明するより、見た方が早いかもしれませんね」


そう言うと、彼女は立ち上がり、目を閉じてその両腕を左右に広げた。

途端に、彼女の腕の中に光の鏡が現れた。ぼんやりとした光が、狭い部屋を照らす。

それに呆然とするが、真に驚くべきはその鏡に映し出された光景だった。


「メ…メーレン、さん…?」


ハーマレー島に向かっているはずのメーレンさんが、その鏡に写っていた。空船長室で、慎重に面舵を握っている。


「…見えるだけで、声を掛けたり触れたりする事は出来ないのですがね」


ラケルさんが補足したのとほぼ同時に、鏡は消え去り、サフィラさんが目を開け姿勢を崩す。


「どう、でした…?ちゃんと、見えていましたか…?」


何だか、酷く疲れているようだ。こちらのカンナの『加護』も、消耗が激しいのだろう。

ラケルさんに支えられながら、彼女は自分の力について説明する。


「…使っている間は、感覚が消えるんです」


「感覚が…消える?」


「はい。何も見えないし、何も聞こえないんです。誰かが触れているかどうかも、分からなくなるんです」


なのでこの力は、竜の司祭の為に使っているのだと、彼女は続けた。司祭がどこかを見たい時だけに、使っているのだと言う。

本当に、見せる為だけの力なのだ。


「……と、私たちの力については、こんな感じです」


サフィラさんが口を閉じる。衝撃と、情報を噛み砕く為の沈黙が下りる。

その、数秒にも満たない時間で分かる。


二人のカンナの力、それぞれの『加護』は、言わば司祭の為だけの力なのだ。

竜の司祭一人では、恐らく足りないのだろう。だから、司祭の補助の為だけの『加護』が、カンナに宿るのだ。


(それは、なんていうか……)


歪だ、と思ってしまった。

途端に、考えた事の無神経さに体が震えた。

彼らは自分の力を受け入れている。だから、外から何も言われる筋合いはない。

と、その時部屋に向かってくる足音が聞こえた。


「…お、ようやく来たな」


顔を上げてそう言うラケルさんを、横からサフィラさんが小突く。仕草からして、二人の上司か。ということはつまり。


「竜の、司祭…」


気配が部屋の前で止まる。

私たちの視線が、部屋の入り口に集まる。その視界の端で、カンナ二人がキョトンとした。


「いえ。司祭様は今日は会えませんよ?」


ラケルさんのその言葉と、扉が開くのは同時だった。

やって来たのは、初老の男。年はハーマレーの空読み様よりすこし若いぐらい。白の混じった髪と髭を、短く纏めている。


「おお。聖女様方、お揃いで。…あの、何を固まっておられるのですかな?」


ラケルさんの言葉のせいで、やって来た老人をじっと見つめてしまった。

一瞬の膠着から最初に直ったのは、ダックさんだった。


「あの…竜の司祭様がお待ちだと、聞いたのだ、ですが…」


さすがに崩れ掛けた敬語で、サフィラさんに問いかける。


「いえ。私たちは司祭様ではなく、司祭長様がお待ちと言ったのです、けど…」


司祭、ではなく司祭長。言われてみれば、そう言っていたかもしれない。私たちが勝手に勘違いしたんだ。


「司祭長…司祭じゃ、なくて…」


カイの呟きに、事態を察したのか老人が咳払いする。


「……あーそうじゃ。儂は司祭ではなく司祭長。ドロガミル司祭長、エノシュ・ガムバルゲンじゃ」


とんでもない失礼をしてしまったかもしれない。

聞くと、司祭長とは主に島の運営をしているのだという。他の島で言うところの、島主に近いかも。


「司祭には会えん。今日の仕事を終え、明日まで起きて来れんのだ」


親切に、司祭長のエノシュさんが、司祭に会えない理由を説明した。

竜の司祭は、一日に一度だけ神降ろしが出来るのだという。その反動で、その日一日は動けないらしい。

なるほどラケルさんと、ある意味真逆か。


「今日はここに泊まっていくがいい。大事な客じゃ。部屋を貸そう」


「あ、ありがとうございます…」


「あの、エノシュさん。聞きたいことがあるのですが…」


私たちのお礼を受け取って、振り返ったエノシュさんに、エルギオが声を掛けた。


「なんじゃ?」


「…僕らは、どうしてこの島に来なければならなかったのでしょうか?竜の司祭は僕らに、何を知らせたいのでしょうか?」


それは、ある意味最も重大な問いだった。

ハーマレーの空読み様の予言に従って、この島に来たけれど、そこに何の意味があるのか。

竜の司祭はカザリスさんを寄越して、私たちをこの島に招いた、その意味は。

…私たちの旅はこの先、どうなるのか。


「…簡単なことじゃ」


佇まいを直すエノシュさん。その声に、確かに重苦しいものが混じる。


「…聖女と、次期ドラメル族長。それぞれの次の役目(やるべきこと)を、二柱の神から賜る為じゃ」


聖女と、次期ドラメル族長。つまり私とエルギオが、次にやるべき事。

それを、今この瞬間も見ているらしい二柱の神さまに、教えてもらう為。


「……」


「さ、そなたらの泊まる部屋へ案内しよう。こちらじゃ」


歩き出すエノシュさんに、慌てて続く。

けれどみんなの間には、どうしようもなく緊張が走っていた。

そして、私たちを見送る二人のカンナとカザリスさんも、それぞれ違う感情を顔に浮かべていた。


与えられた部屋で、眠りにつく。高揚と緊張とで全く寝付けなかったが、いつしか眠りの坂を下っていた。

こうして、ドロガミル島の一日目は更けて行った。

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