1、ドロガミル島
二体の青と白の竜は、岩山の中腹の広まった所に降り立った。差し伸ばされたエルギオの手に掴まって、地面に降りる。
エルギオが人の姿に戻ったのを確認したカザリスさんが、首を横にもたげて言った。
「それじゃあ僕は、竜の司祭に知らせて来るよ。と言っても、目立つからもう見られてると思うけど」
そこで待っててと言い残して、青い竜が再び飛び立つ。
強風から顔を上げると、カザリスさんが岩山の裏に消えて行くのが見えた。あの先に、竜の司祭が。
「…ここが、ドロガミル島か」
「なんというか…厳かな雰囲気がする。竜を祀るってのは、嘘じゃないのかも」
一見、何も無いように見える島だ。けれど、その空気には、あのハーマレーの空読み塔の最上階、空読み様の部屋に通ずる神聖さが染みていた。
「さて。待てと言われたが…おや?」
それぞれの様子を確認したダックさんが、そう言いかけた所で言葉を切った。
見ると、カザリスさんが消えたのとは、違う方向を見ている。
「……?」
振り向くと、少し離れた岩の影に、二つの顔が覗いていた。私たちに気付かれたのに慌てたのか、即座に顔は岩陰に隠れる。
「…子供?」
そう言ったのはエルギオだ。彼は私たちより視力が良いから、その判断は真だろう。
隠れられないと悟ったのかおずおずと岩陰から出て来たのは、確かに子供だった。
男の子と女の子、一人ずつだ。
「…ねえ、君たちもしかして、この島の人?」
臆さずに声をかけてみる。子供二人は、驚いて顔を見合わせた後、恥ずかしながらもすぐ近くまでやって来た。
年は、五つを越したぐらいだろうか。コンボボロ島のアンナちゃんと同じか、それより幼い。
「…あの。もしかして、聖女様方です、か?」
女の子の方が、先に口を開いた。
私たちは、互いに顔を見合わせる。現地人ではあるようだ。
「そうだけど…君たちの名前は?」
代表して、私が答える。子供二人は興奮を隠さずに嬉しがりだした。
「ほら、やっぱり本当だったじゃん!私のカンは鋭いのよ、ルベン!…あっ、私はディナ・オルボーンです!ほら、ルベンも!」
「ああえっと…僕は、ルベン・アルカシオ……です」
「ディナちゃんに、ルベンくんね」
私に名前を覚えられたのが嬉しいのか、言葉にならない声で、はしゃぐ二人。
落ち着くのを待ってから、私たちも自己紹介をした。そして、エルギオの時。
「…竜の、長様……!?」
「っ本物だ!」
明らかに、今までと興奮の度合いが違った。
ディナとルベンは、忽ちエルギオの両側に陣取った。そして、エルギオに質問攻めを開始した。
「本当に竜になれるの!?ねえねえ、ここで今なって見てよ!」
「竜になるって、どんな、感覚なの…!?」
「メ、メルリ…」
エルギオからの、救助を求める視線。
聖女一行だからか、私たちが持て囃される事は多い。けれど思えば、エルギオが個人的にここまでされた事は、無かったかもしれない。
「ディナちゃん、ルベンくん、そこまでにしてくれないか」
と、ダックさんの静止が入った。
名残惜しそうに、二人がエルギオを双方から引っ張るのを止める。
意外と素直だし、教育がしっかりしている。
「あ、そうだ!せっかく来てもらったのだから、メルリ様に私たちの島を案内しなくちゃ!」
「あ…だったら、エルギオ様も、一緒に、行こう」
気づけば、私とエルギオは二人に手を引っ張られていた。
「ちょ、ちょっと!?……っ皆、カザリスさんが戻って来たら、説明お願い!」
エルギオと顔を見合わせて、これは断れないと悟る。
島に着く前の緊張感は何処へやら、カイとペミーが手を振って了承を示す。ダックさんがため息をついたのが、岩に隠れる前に最後に見えた。
「わ、分かったから。引っ張るのを、やめてもらえないかな」
エルギオの言葉に、子供二人は言われた通りにする。
「えっとそれで…どこを案内してくれるの?」
もうこうなったら、とことん案内してもらうしか無い。普段なら、あまりこういうのに乗り気では無いのだが。
「まずは、私たちが住んでいる所よ!もうすぐ見えるわ!」
そう言いながら、ディナちゃんが少し先の坂を登り切る。ルベンくんがその後に続き、私たちはさらにその後を追った。
そして、見えた光景に絶句した。
「…橋……?」
「そう!私たちが今いる場所はね、司祭島っていう、ドロガミル島の離れ小島なのよ!」
「僕らが住んでいるのは、本島なんです。だから、この橋…巡礼橋って言うんですけど…を渡るんです」
「わ、渡るの、これ…?」
橋といっても、腰までの手すりが付いているだけの、木製の物だ。踏むと絶対ギイとか鳴る。
おまけに本島はここから三十メートルぐらい離れているし、しっかり風まで吹いている。
正直怖い。
「大丈夫ですよ!頑丈な橋ですし、手すりもあるから、滅多に落ちる事はありません!」
「事故も…2、3年に、一回ぐらいしか無いと、聞きます。それも、タンテー様の御力で、助かる事も多いとか」
タンテー様というのは、多分カザリスさんの事だろう。
「事故、あるんだぁ…」
エルギオが息を飲む。最悪、彼に竜になってもらうか。
そんな事を考えているうちに、私たち橋に一歩踏み出していた。
言われた通り橋は頑丈で、何も起きずに私たちは本島の土をふめた。
そうしてそこから、ディナちゃんとルベンくんによる、案内が始まった。
「あれは祭壇よ。その周りにあるのが、大祈祷所と呼ばれる所なの」
「…ケイオール島の祭壇跡に、少し似てるかも?」
橋を渡ってすぐ、目の前に多くの石造建築が広がった。一番大きいのが祭壇らしい。
確かに、アドルオさんの寝床だったあの祭壇跡と、雰囲気は似ている。
「見えて来たよ…僕らが住んでいる場所。修行殿だ」
横に長い、大きな建物が見えて来る。石と木で作られており、簡素だがその大きさで圧倒される。
「修行殿…」
「て事は、君たちは何か修行してるの?」
待ってましたと言わんばかりに、ディナちゃんが胸を張って言う。
「そうよ!私たちは、カンナになる修行をしてるの。物凄く、厳しいのよ!」
「ディナ、それじゃあ説明不足だよ。えっと、カンナって言うのは…神さまの、力を使える人の事です」
「神さまの、力…」
それがどんなものか分からないが、確かに厳しそうだろうというのは分かる。
大きな建物の、これまた大きめの玄関までやってくる。
「神さまっていうのは…もしかしてドラメル族に竜の力を与えた…」
「うーん…正確にはそれともう一柱。人の神さまも含めてね」
「あ。神さまは、一柱、二柱…って数えるんだよ」
エルギオの素朴な疑問に、ディナちゃんが答え、ルベンくんが補足する。人の神さま、というのは確か、いつか空読み様がそんなことを言ってたような気がする。
「人の神さまっていうのは…もしかして空読み様に降りた、あの…?」
「降り…?あ、神降ろしの事ね!そうよ、神さまは二柱とも、神降ろしでその声を聞けるの」
「と言っても、それが出来るのは、空読み様とか、司祭様だけなんだけどね」
十ほど下の子供に質問攻めするのは、あまり良くないだろうと思い、疑問はそこで打ち止めにする。
(常識が、違うんだ…)
そう思った。
この島の人は、こんな子供でさえ私達の知らないことを知っている。文字通り、彼らと自分達とでは見ている世界が違うのだ。
胸の奥が、寒くなる。
(いいや、怖気付いちゃだめだ…)
自分は世界の運命を託された、聖女なのだ。図太い精神を持ちたい。
と、そう思ったからか、少しだけ胸の畏れが取れた。『聖女の奇跡』のお陰かも知れない。
「二柱の…竜神と、人神、か」
エルギオが呟く。質問ではないのに、まだ話し足りなかったのか、子供二人がそれに答えた。
「二柱の神さまは、世界のうらから、この世界を見守っていらっしゃるのよ!」
「多分…今も、僕らを、見てるんじゃないかな。世界の、裏から」
「世界の、裏、ねえ…」
なんとなく、空を見上げる。寒期に入りかけの空は、雲ひとつない。
見られている、と言われても実感はない。でももしそうならと、ハーマレーでの神降ろしの時を思い出す。
(あの、懇願するような声…)
出立前の神降ろしの時に聞こえた、あの声は。
久しく忘れていた、のしかかるような肩の重さが、存在を主張した。




