5、竜を祀る島
太陽の光が瞼の中に差し込んで、私は目を覚ました。
朝だ。楽しかった昨晩が、終わりを迎えたのだ。
(いよいよ、今日…)
身を起こして私が最初に考えたのは、そんな事だった。
ついに今日、竜を祀る島に着いてしまう。
ハーマレー島からの、長いようで短い旅が、一旦の終わりを迎える。
それが私には、どうにも虚しかった。
(分からない事は多い…)
だから、竜を祀る島に行く事は絶対に大事だ。
でも、その島には、何があるのか。
次に、そこに災竜を滅ぼす…或いは救える方法があるのか。
分からないことは、片手では数えられない。
(今考えても仕方ない、か…)
首を振って振り返る。他のみんなも起き出していた。
起床の様子は、いつも通りの日常のようで。だから忘れてしまう。自分が世界を背負っているのだという事に。
(聖女の、役目…)
分かっている。自分は選ばれたのだと。
自分以外では、この役目は果たせないのだと。
けれど。それでも、久しく忘れていた肩の重みが、その存在を主張した。
「ん?メルリ、どうしたの。僕の顔、なんか着いてる?」
「え、あっ、いや。なんでもない」
無意識に、エルギオを見つめていた。首を振って、彼から視線を逸らす。
旅の間、多くの事を経験した。不条理な事も、悲しいだけの事も、沢山。
だから私は強くなっていると思う。成長していると思う。
けれどだからと言って、根本の部分は消えない。心の奥の私は、今も怖がりで臆病だ。
「っっ。いつぶりだろう、人の姿で寝たの。体がもうボキボキだ」
思考を切って、みんなの様子を見てみる。
「…竜の姿では、どうやって寝ているので?」
「えーっと……普通に、丸まって。かな?」
ダックさんとカザリスさんが雑談している。
カイとエルギオは、もう立ち上がって体を動かしている。
ペミーは、私の膝に蹲ってうとうとしていた。
「ほら、ペミー。朝だよ」
まだ眠そうなペミーを起こしながら、私は消えていく朝の空気を、名残惜しそうに感じていた。
太陽の高度が上がり、気温が上がってきた頃。
私たちは、出発の準備を済ませていた。
と、轟音と共に、瞬く間に青い災竜が現れる。
「飛び立ったら、もうすぐに島に着くと思う。さ、エルギオも」
「う、うん」
もう一体、白い災竜が現れる。
竜になった後、エルギオは眠気を払うように二、三回首を振った。
昨日のように、エルギオに乗り込む。
それを確認したカザリスさんが、さらに北へ飛び出す。
それを追って、エルギオの体も動く。
「…いい加減言って欲しいのだが…竜を祀る島には、何があるのだ?」
風を切りながら、ダックさんがカザリスさんに聞いた。
「あー…ま、『空の壁』も越したし、もう言ってもいいか」
つまり、外には漏らせない内容なのだろう。
図らず、みんなの気が引き締まる。
「竜を祀る島…ドロガミル島にはね、竜の司祭がいるんだ」
「…ドロガミル島」
「…竜、の…司祭?」
私の声とエルギオの『心話』が、疑問を帯びる。知らない単語だらけだ。
それについて、カザリスさんが説明する。
「うん。神降ろしって知ってるかな?それが出来る『奇跡』を授かった子なんだ。所謂…災竜限定の、空読み…に、近いかなぁ」
「災竜関係限定の…」
「…空読み!」
ダックさんとカイの声が重なる。
それなら、聖女の目的としては、必ず行かなければならない。
先への不安が、少し晴れる。
「ペムゥゥ…!」
ペミーの感嘆の声と共に、私たちの間に静かな興奮と緊張が流れる。
竜の司祭などと凄そうな肩書きだ。あのハーマレーの空読みよりも、威厳のある老人なのだろうか。
「じゃあその、ドロガミル島の竜の司祭って人が」
「私たちを招いた、んだね!」
それはきっと、竜の司祭という人が、私たちの旅に関する重要な情報を持っているからだろう。
カザリスさんが、無言で首肯する。
「じゃああなたは、その竜の司祭の頼みで、私たちを迎え来たのか?」
「あ、うん。竜の司祭は……僕の、友人だからね」
二度目の首肯。
不安も緊張もありながら、ドロガミル島への期待に花が咲く。
その喜びを噛み締めていたから。
「カザリス、さん……?」
「……」
私もカイも、ペミーでさえ彼の言葉の最後に、苦しいものを感じれなかった。
エルギオとダックさんだけが、不安そうに顔を見合わせた。
———
まだ見ぬ島への期待も、いい加減出尽くした頃、カザリスさんが飛ぶスピードを落とした。
慌てて、僕も速度を落とす。
「もうそろそろだよ」
カザリスさんの言葉に、背中のメルリ達に改めて緊張が走るのが分かる。
けれど自分はそれ以上に、薄い疲れを感じていた。
思い返してみれば、こんなに長距離を飛んだのは、初めての事だった。だからか、自分で思っている以上に、長距離飛行に体力を使ったのだろう。
(島に着いたら、休めるかな…)
と、そんな事を考えてしまう。けれど今は、もっと聞くべき事があった。
「カザリスさん。僕がこの姿で、ドロガミル島に行くのは…その、大丈夫なんですか?」
「ああ…まあ、大丈夫かな?みんな僕で慣れてるし。でもまあ念の為、人がいない所に降りるよ」
恐れられ、島を混乱に落とすかと思ったが、そうでも無いらしい。流石は、竜を祀っているだけの事はあるか。
さらに速度を落とす。前方から突きつける突風が、少しずつ和らいでいく。
「……ああ。見えてきた」
そう言ったカザリスさんの声に、感慨とも取れるものが滲む。
同時に、前方に少しずつ島の影が見え出していた。
「あれが……」
「…ドロガミル島」
ダックさんとカイの呟きが、背中から聞こえる。
更に速度を落とす。影だった島の形が、少しずつその姿を見せていく。
「…ムメ」
「…ようやく、ここまで…」
期待と不安と緊張が混ざった声で、ペミーとメルリが続く。
その中で僕は、突然理由の分からぬ胸騒ぎを覚えた。
(竜を祀る島、そして…竜の司祭……)
体を覆う疲れも、カザリスさんの不穏な様子も、今だけは吹き飛んでしまう。
分かることと言えば、確かに自分はドロガミル島に対して、何か唯ならぬ予感を感じていた。
高い岩山で覆われた島の、台地が広がっている所を目指す。足場が、地面が近づいてくる。
不意に、カザリスさんが口を開く。
「——ようこそ。竜を祀る島、ドロガミル島へ」
竜を祀る島への、儚くも短い旅路は、こうして幕を下ろした。




