9、竜との旅立ち
そこから二日、私とエルギオはほとんど話さなかった。
私が時間をくれと言ったからのもある。エルギオは、私が話を整理できるまで待ってくれていた。
それとは別に、なんとなく話しかけづらかったのもある。
「メルリ、エルギオと喧嘩したのか?」
目敏く気付いたカイが何度か聞いてきたけど、私はその度にはぐらかした。
ダックさんも気付いていたようだけど、何も言わないでくれた。
ペミーは何も言わず、ずっと私と一緒に居ようとした。
みんながみんな、私を気遣ってくれているのが、嬉しくもあり悲しくもあった。
エルギオは、あれから何事もなかったように過ごしていた。
あの時顔に出していた苦しみも、揺れる瞳から感じ取れた悲しみも、何もかもを隠して。
その姿を、私はなぜか苦しいと思った。
同時に、終わらせなければならないとも思った。
「…ねぇ、エルギオ」
その日、私は決心して話しかけた。
エルギオは察して、場所を変えてくれた。
あの場所、私が彼から昔話を聞いた、島の端。
「…エルギオ、ふたつ、聞いていい?」
「いいよ、何?」
彼はあくまでいつも通りに。
みんなにも見せるような、好青年の様に。
それに胸が寒くなる。
「まず一つ。この十年、どこで何をしていたの?」
空船の中で私が彼に投げた、最初の疑問。
あの時彼は、この疑問をはぐらかした。その時初めて、私は彼の隠し事に気づいた。
「災竜の目撃情報を追って、色々な島を転々としてたよ。一体にも会えなかったけど」
「…そう。ありがとう」
私がネイケシア島で彼の記憶を思い出し、その度に災竜を倒したいと思っていた。その間にすでに彼は、動き出していたのだ。
思っていただけの私より、遥かに早く。
「…じゃあ、二つめ」
気を取り直して、次の疑問を投げかける。
私としては、こっちが本命だった。
「エルギオの、旅の目的は?」
彼の事情は分かった。ドラメル族の話も、竜の力の暴走の話も、ひとまずは理解して呑み込んだ。
だから、その次の話。
「どうして、私と一緒に旅に行こうとしたの?」
私の旅は、災竜を倒す為の旅だ。正直世界からの期待値は低いけれども。
それでも、自分で選んだ旅だ。私の大事な友人のための旅でもあった。
しかし、その友人が実は災竜だった。
その時私は…。
「…眠る直前、母さまに言われたんだ。目覚めたら、ドラメル族の罪を祓ってくれって」
真剣な顔で、エルギオは言った。
その話は聞いたし、確かにエルギオの母はそう言ったのだろう。
罪を祓う。それはつまり。
「…一族を、災竜を滅ぼす。それが、僕の旅の目的だよ」
静寂。
私は寒さと恐ろしさが渦巻く胸を抱えて、真っ直ぐエルギオを見た。
彼も真っ直ぐに、私を見る。
その目は笑っていない。決意と覚悟を持った、真剣な目。
少しの沈黙の後、私は息をそっと吐いた。
「…そっか…」
何も言えない。
その約束は、その目的は彼にとっては悲しいものじゃないのか。
幼い頃のことだから、あまり覚えていないのだろう。だとしてもそれは、同族殺しなんじゃないか。
「…エルギオは、強いね」
目的を達成したところで、彼にはなんの利点もない。どこまでも虚しいだけの旅になる。
それでも、彼は決めたのだ。
私より、十年も早く。
「…強くなんかないよ。僕は」
そう言って俯いた彼の瞳が、震えているのが見える。
ああそうだ。
そうじゃないか。
彼は一見しっかりしている様に見えて、心は年相応に弱いのだ。
10年前に、世界の果ての島で初めて会った時に、それを思い知ったじゃないか。
「…エルギオ」
言葉を発してみたけど、言いたい事はまとまらなかった。
自分が何を言いたいのか、分からない。
「エルギオの目的は、災竜を倒すこと、で…私も、目的は同じだから」
言っているうちに思い出した。
十年ほど前、記憶を失っていた私を彼がこうして、不器用ながらに励ましてくれたのだった。
「だから、その…」
「メルリ…」
「…私は」
しっかりと見つめろ。
私はどう思っているのか。
私はどうしたいのか。
「…ああ」
自分の心に素直になると、案外あっさりそれは浮かんだ。
そうじゃないか。
簡単なことじゃないか。
「災竜とか、旅の目的とかは…どうでもよかったんだ」
それらは結局、言い訳でしかなかった。
胸の中が熱い。溢れそうだ。
「エルギオ…私は」
瞳を震わす彼へと、視線を向ける。
堪えきれなくなった熱いものが、頬を伝いだす。
「一緒に旅を続けたい…君と、一緒に…」
災竜だろうが、過去の一族だろうが、関係ない。
あの日、あの時、世界の果てで巡り会えた、ただ一人の君と。
震えた手を彼へ差し伸べる。
彼の目が見開かれる。そして、その目から雫が溢れて。
「……エルギオ」
「ご、ごめん…でも、う、嬉しくて…」
震える声で、彼が秘めていた胸の内を曝け出す。
「メルリに、拒絶、されるんじゃないかって…ずっと、怖くて…」
やはり、彼はしっかりしてる様に見えるけど、心はどこにでもいる子供のそれ相応なのだ。
いつも通りに見えていたけど、我慢してたのだ。
「……」
その姿に、私は心の中で反省する。
災竜だろうと何だろうと、彼は彼なのだ。
優しくて、好奇心旺盛で、それでいて弱い。そんな、ただ一人のエルギオという存在なのだ。
「——」
泣く彼の肩に手を当てて、口を開く。
そして、ちょっとした音程にのせて、言葉を紡いだ。
歌だ。
眠れない時にダックさんが歌ってくれていた、古い古い願いの歌。
慰めになるか分かんないけど、今の私にはこれ以上の事は出来なさそうだった。
やれることを、やるだけだ。
二、三度歌い上げた所で、彼を泣くのを止めた。
三日後。
崩れた建物は、代わりの即興建造物で代替した。食料は貯められており、そのことについては不安はなかった。
そうして、ムロリメロ島は首の皮一枚でなんとか立ち直ったのだった。
島民も私たちも、意識して明るく振る舞った。災竜の被害は正確に測りきれず、死者の数は最後まで分からなかった。一つ確実なのが、大切な人を失った人がそれより多いということだった。
災竜同士の戦いという前代未聞の出来事があったものの、復興の忙しなさの中で少しずつ話題に挙げられなくなっていった。
「おーい二人ともー!船が出るぞー」
先に空船への渡し板を渡ったカイが呼んでいる。
復興の目処が立った所で、私たちも当初の予定通り、ハーマレー島に向かう事にした。
元々ここは空船の停泊中の、十五分しかいるつもりがなかった。けれど、災竜のせいで十日ほど滞在が伸びた。
「分かってるよー!いこ、エルギオ」
みんなより遅れて港にやってきた私たちへ、声をあげたカイに返事してから隣へ声をかける。
その隣には、白い髪と橙の瞳を持った少年。
一見普通に見えるかれの正体は災竜で、世界を脅かす災害で。
そして同族を滅ぼすという目的を持った、ただただ優しい少年で。
「うん。行こう、メルリ」
命の恩人で、私の、大切な友達。
そんな彼が、初めて見る柔らかい笑みを浮かべる。
そこで、今までの彼の笑顔がどこか張り付いたものであったことに、今になって気づく。
伸ばしたきた彼の手を掴む。
人間と変わらぬ暖かい温度を感じる。
「……」
「…ん?どうしたの、メルリ?」
「ああいや、何でもない」
流れてきた暖かさに、柄にもないことをふと考えてしまった。ありえないその妄想を振り払って彼へと笑いかける。
空の遥か彼方を見透かして、私は一歩を歩き出した。
こうして、私の旅は新しい門出を迎えた。
竜と一緒の、旅立ちだった。




