4、夜/ドリーム
「…で、その彼が、カザリスさん?」
すっかり陽も落ちて、夜の闇が焚き火の光を浮かび上がらせる。
両手に果実を抱えたカイが、僕の隣に座った青い青年を見ながら言う。
「そ。普段はこの姿なんだ、僕は」
手を振って、あくまでも笑顔でカザリスさんが答える。
青みがかった髪に、青というより蒼い瞳の、カザリスさんの人の姿。
久しぶりに、同族の人の姿を見た気がする。最後に見たのは、確かレイナだったか。
「人間の姿で移動して、色々と情報を集めてるんだって」
カイが来るまでに、カザリスさん本人から聞いた事を、メルリが話す。
確かに人の姿なら、青がかった目立つ髪でも紛れられるし、情報集めには最適だろうが。
「…まさか、レイナやアドルオさんが言っていた、情報通というのは」
「僕のことだ。義務ではないけど、趣味…みたいなものだよ」
今さっき僕らに言ったことを、ダックさんとカイにも言う。
確か二人は、情報通の同族から、僕らの目的を聞いたと言っていた。その張本人が、彼。
衝撃で固まる二人から、カザリスさんはその手の果実を受け取り、みんなに配った。
「…驚くのは後にして、これ食べよう。どこにも生えている割には、美味しいよねこれ。どこに生えてたの?」
「え、あ、ああ…森の奥に湖があってよ。その傍の木に」
「湖の……そばの木」
自然と、メルリと目が合った。
同じだ。十年前、初めて会った果ての島と。
もちろん偶然なのだろうけど、二人見合って微笑まずにはいられなかった。
「…?カザリスさん?」
「…ん。なんでもない」
その様子を、カザリスさんがじっと見つめていた。そこに変なものを感じて聞いてみたが、首を振ってはぐらかされた。
夜咄として、カザリスさんは世界中を回って集めたことを話してくれた。
メルリ達の知らない場所、知らない光景。全て、南空域の事だった。
「聖女ちゃん達はみんな、生まれも育ちも北空域でしょ?なら、絶対知らないと思って」
旅が始まって数ヶ月、回った島は全て、北空域と呼ばれる場所に位置している。
この世界、『空の楽園』は、北空域と南空域に分かれているのだ。
「学舎で習った事はあるよ。砂っていう物しかない島とか、あるんだよね」
「ずっと寒期が続く島があるってのも、聞いた事があるぜ!そこでは、氷ってやつが取れるとか!」
比較的気候が安定している北空域に比べ、南空域は厳しい。しかしその分、南は北より自然が多様なのだ。
知らない景色に、メルリとカイが、珍しくはしゃいでいる。そこに僕は、申し訳なさそうに手を挙げた。
「あの、僕……そこに行った事あります」
「…っえ!?」
そう、砂の島も、氷の島も、行った事がある。
メルリ達と会う前、ケンヤさん達と旅をしていた時。僕は南空域をしらみつぶしに旅していた。
「ドラメル族が嘗ていた島が、南空域にあったから…」
「…なるほど」
「…確か、ワーンって島だっけ。今はワールって名前に変わってる筈だけど」
ダックさんの納得の後に、カザリスさんが補足をする。
ともかくそんな訳だから、南空域を探し回った。しかし結局、一体も見つからなかった。メルリと再会して、ムロリメロ島に行くまでは。
「じゃ、じゃあじゃあ、どこかにあるっつう、スッゲェ巨大な湖も見たことがあんのか!?」
「う、うん…海ってやつね。近くを通った事はあるよ」
メルリとカイが、同時に黄色い声を上げる。それが嬉しくて、僕もかつての旅のことをもっと色々話し出す。
案外、こうしていると皆んな、普通の子供のように思えた。
「……」
だから、いつの間にか話すのをやめたカザリスさんが、静かに拳を握り締めていたことにも。
それにダックさんとペミーが気づいた事にも、気付かなかった。
夜が更けていく。
食事を終え、各々が眠りにつくまで。
僕らの楽しげな話し声は、静かな無人島の夜に響いていた。
———
夢を、見た。
長い長い、夢を見た。
それは記憶だった。歴史だった。
そしてその中で一際輝く、願いだった。
とある少女がいた。
少女は途轍もなく重い、使命を背負っていた。
けれども少女は、その使命から逃げなかった。震えながらも、しっかりと使命を見据えていた。
「バカだな。嫌なら、怖いなら、やめてしまえばいいいのに」
震える姿が弱々しくて、耐えられなくて、そんなことを言い捨てた。
恐ろしいなら、先が無いなら、逃げてもいいのにと、そんなことを言い捨てた。
けれど少女は、君は首を横に振った。
「ううん、大丈夫よ。聖女に比べたら、私の役目なんか軽いものよ。メルリ…彼女の事を思えば、辛くもなんともないわ」
そう、悲しげに笑うものだから、自分はもう何も言い返せない。
頑固な君の決意を壊す事は、君の思いを汚す事だから。
「……」
出かけた言葉を、飲み込む。
でも。
でも、だけどさ。
恐れを隠せないのに、使命に立ち向かう君を見てるとさ。
胸を奥が軋むほど、悲しくなるんだ。
「——聖女も君も、本当にバカだよ」
君を使命に縛りつけるのが、その気持ちが聖女の為だと言うのなら。
それならいっそ、聖女なんて。
「カザリス…」
君が、悲しそうな目を向けてくる。
君は、そんな顔をしなくていいのに。
今の君は望まないだろうけど、僕は君のためならなんだってするよ。
君の自由の為なら、聖女だって嫌ってやる。
「なんで、そこまで……」
答えようと出かけた言葉を、また飲み込む。
そして、取り繕うように言った。
「……君が、知る必要はないんだ」
君が、諦めたように僕から目を逸らす。
僕の言葉が、君を傷つける。
それがどうしても許せない。
聖女だって嫌ってやるって言ったけれど、僕が一番嫌いなのは、そんな——。
「……ごめんね」
爪先を、小さな頭へ伸ばす。
この頭を、何が何でも守ろうと決めたのは、いつの日だろうか。
けれど、その理由は君には言えない。
だって自分は知っているから。
覚えているから。
君の、最初の願いを。
たとえ君本人が、覚えていなくても。
夢を、見た。
そうこれは、ただの夢。
長きを生きる竜が抱いてしまった、たった一粒の願いだった。




