3、竜上の旅路
私達は、カザリスさんの背中に掴まってフェキシフト島跡を飛び立った。
大丈夫だと彼は言っていたが、全然そんな事はなかった。背中と言っても、鱗の床だ。掴むところを見つけづらい。
おまけに、彼は飛んでいるのだ。前方から突風が打ちつけてくる事くらい、言われなくても分かる。
たとえそれに耐えられても、捕まり続けるのは無理だった。
「さ、寒い…っ!」
時期は暖期よりの筈なのだが、強風に当たり続けて肌の温度が下がっていく。それはまるで、真冬のようだ。
私の悲鳴が聞こえたのか、カザリスさんが宙に停止した。
「ごめんね、上着をしっかり着ててって、言うの忘れてたよ!」
「…それ以前の問題だと、思うんだがよ…」
歯をガチガチ鳴らしながら、カイが言う。上着はあるにはあるが、もうみんな指先まで震えてしまっていて、荷物を解けない。
少し考えていたカザリスさんは、思いついた様に言った。
「あ、そうだ。エルギオくん、ちょっと竜になってよ」
「え、ええ!?なんで?」
カイとペミーの指を暖めていたエルギオが、困惑の声を上げる。
「僕らは強靭だからね。現にきみ、あんまり寒がってないでしょ?」
「……あ」
言われて気づく。他を温められると言う事は、自分はそれぐらい寒くはないと言う事。
実際、エルギオだけはあまり震えていなかった。
「それに君の体は鱗というより毛だし、温かいと思うんだ」
そういえば。
エルギオの竜の姿は、他と比べて鳥に近い。
そこなら、鱗よりは暖かいはずだ。
「竜になった君に、みんなが掴まる。そして君は、僕の後ろを飛ぶ。こうすれば大丈夫じゃないかな」
「でも…」
「大丈夫。この辺りには、無人島しかないし。見られる心配もないよ」
エルギオの心配に、カザリスさんが先回りして答える。
少し躊躇った後、エルギオは頷いた。
そして、走ってカザリスさんの背中から飛び降りる。私たちが驚いた次の瞬間、隣に真っ白な災竜が浮かんでいた。
「わぁー…。改めて見ても、本当にきれいだな。その体色、その眼色。やっぱ血筋かなぁ…」
カザリスさんが、羨ましそうに言う。少し恥ずかしそうに、エルギオがカザリスさんの背中、私たちの近くにその背中を持ってくる。
「さ、さあみんな…こっちに」
まだ震える体に鞭打って、エルギオの背中へと乗り移る。
「……ぁっ」
「あった、かい…」
まるで毛布の様な感触が、触れている手足から伝ってくる。
声を漏らしたのは、カイの次に私。本当に、巨大な鳥の上に乗っているみたいだ。
「ムゥメ!」
「……いい艶だ。感触もいい」
ダックさんが、しきりに近くの毛をさすっている。そう言えばダックさんって、動物に詳しいかったなと思い出す。
「み、みんな…恥ずかしいから……やめて…」
エルギオが呟く。後ろの方は、萎んでしまってほとんど聞こえなかった。
耐えきれなかったカザリスさんが、吹き出した。
エルギオの首筋の後ろ、人間でいううなじの辺りがより毛が深かった。だから私達は、そこで毛に埋もれた。
こうすれば、エルギオが飛んでも、ある程度は毛を掴まなくて済むからだ。
「掴んだ毛がもしひっこ抜けたら、そのまま飛ばされかねないからね」
なんて、カザリスさんは笑った。全然笑い事じゃない。ともかく私達は、そうやって寒さを回避してカザリスさんの後を追った。
進行方向は北、北の果て。
彼曰く、無人島の近くや空船が通らない場所を選んで飛んでいるらしい。
それ以来、私たちもカザリスさんも無言だった。それが急いでいるようだと気づいたのは、少し経ってからだった。
やがて、太陽が西の奈落へ落ちかけた頃。
私達は、突然膜のようなものを飛び越えた。
「…っ!?」
全員が、何かの向こうに抜けたと感じた。けれどそれが何か分からなかった。
「ふー、とりあえず目標達成!近くの島で、今夜は明かそうと思うんだけど…」
「や、それは良いんだけど…」
「あ、大丈夫だよ。ちゃんと無人島だから」
「いや、そうじゃなくて。今の…」
エルギオの真意に、カザリスさんは少し首を傾げてから思い立ったようだ。
「っあ。もしかして、今越した『空の壁』のことかい?」
「『空の壁』?壁なんて、どこにも無かったはずだが…?」
ダックさんが、鋭い質問を投げかける。『壁』というのは言葉の綾だろうけど、だとしても今のはなんなのか。
カザリスさんが、考えながら説明した。
「『空の壁』は今越した、透明の膜のようなものだよ。大まかに言うと、竜を祀る島を他の島から隠すための物なんだ。世間的に、竜を祀ってるなんて言えないからね」
それはなんとなく分かる。
恐れの対象のはずのものを祀るなんてと、口々に言われるだろう。
「でも、隠すって…一体どうやって?」
「『空の壁』の内側は、外側から見えなくなるんだ。今の僕らも、あっちの方の島からは見えないはずだよ」
言いながら、カザリスさんは今来た方向を指差す。
現実とは思えぬ説明に、みんなが絶句する。
その中で、どうにかエルギオが『心話』をつなげた。
「そんな物、どうやって…誰かの『奇跡』なのか?」
それに対し、カザリスさんは待ってましたと肯定する。
「そ、『不可視の加護』ってやつ。生命体の根本的な認知能力を歪めて…って、難しい説明は今はいいか」
話しを途中で切り上げて、カザリスさんは近くの小島を指差す。
「今日はもう陽が落ちるし、あの小島で夜を明かすよ。——明日にはもう、竜を祀る島につくだろうから」
衝撃と困惑から一変。
体の下のエルギオが強張るのが分かる。私の中にも、緊張の空気が漂った。
いよいよ明日、これまでの旅の目的地に着くのだ。
———
無人の小島に降り立ち、手早く夜を明かす準備を進める。
持ってきた携帯食や、地面に寝ころがるための敷布を荷物から解く。周りから見えないからと、小さな火も起こした。
「そう言えば、こうやってちゃんと野宿したのって、何気に初めてじゃない?」
火を囲んでペミーを摩りながら、メルリが言った。
カイとダックさんはいない。この島の森に食べ物がないか、まだ陽が落ちきっていない今の内に、探しに行っているのだ。
「僕はやった事あるよ。メルリと再会する前だけど」
目覚めてから十年の間。災竜の手がかりを求めて、あてもなく旅をしていた頃だ。
「…そう言えば、ケンヤさん達はどうしてるんだろう」
思い出して、疑問を口に出す。
あの頃世話になって、ハーマレー島で再会した、ケンヤさん達三人組。あれからもう数ヶ月会っていない。
「まだハーマレー島に居るのかな。だとしたら、私たちの事はどう伝わっているんだろう」
「そりゃあ、災竜を倒して回ってる、本物の聖女、だと思うよ」
会話に挟まれるように、横から聞き慣れた声が飛んできた。
その方を向くと、木々の間から若い青年が顔を出した所だった。
少し青みがかった黒髪を、肩のあたりでバッサリ切っている。そして、吸い込まれそうな深く、それでいて綺麗な青い瞳をしていた。
「…ん、あれ?どうしたの、二人とも」
ポカンとした私たちに、青年が声をかける。
その声色は、間違いなくさっきまで前を飛んでいた青い災竜の物で。
「……カザリス、さん?」
少し幼さを残した顔が、なに?と恥ずかしげに笑った。




