2、予測不可能の旅立ち 2
「ええと…僕が言うのも何だけど、恐れ知らずだね、君」
聞こえて来た声に私は見事に硬直した。
場所は空船のそば、青い鱗の災竜の前。時間は深夜、誰もが眠りについた頃。
こっそり災竜の所に来たのだが、起きていたらしい。
「君は…」
「あ、えっと。メンタル観光商会にてガイドを務めています、サンデ・サンドイッチと申します!えと、災竜さん!」
「名前はカザリスだよ」
「カザリスさんですね!よろしくお願いします!」
興奮からか、ちゃんと会話できているか心配。
まあ仕方ない。こうして災竜の目の前で、災竜と話すなんて、興奮しない要素などない。
「…それにしても、本当に珍しいね、僕らを怖がらないなんて」
「え?あー…いやまあ、そうですよね。変ですよね!」
災竜にまで変って言われちゃった。
でもこれが自分の性分なのだから、仕方ないじゃないか。
興奮と生来のいじけの感情を抑え込もうと、口を回して取り繕う。
「まあ、自分が変なのは分かってますよ!面と向かって言われた事もありますし!なんでしょうね?この違い。『楽園の仔』の中でも、彼とは大違……あっ」
しまった。
興奮と取り繕いで、言ってはならない事を言ってしまった。
まずい、まずいどうしよう。相手は災竜だ。
災竜は殺せないぞ。本当にどうしよう。
「……あー、なるほど、彼の…。じゃあ、今のは聞かなかった事にするよ」
おや?
もしかして事情とか知ってるタイプ?
私の驚きを顔から読み取ったのか、カザリスさんは微笑んだ。
「…もしかして、あの方の事を知ってたり?」
「まあ、彼とは何と言うか…浅からぬ因縁…がある、で良いのかなぁ」
なるほど。
よく分からないが、彼とあの方は既知の様らしい。
うわあ。何だか親近感。
「それじゃあこれ、上司に報告したら喜ばれますかね!?」
「あ、いや。それはやめた方がいいと思う」
顔見知りなら、久しぶりの会話も楽しいだろうと思ったのだけど、拒否されてしまった。
ハテナを浮かべる私に、カザリスさんは遠慮がちに言う。
「僕の名前を聞くと、彼は……オルダスはきっと、怒り狂ってしまうだろうから」
———
翌日、私はカザリスと名乗った彼の前で、呆然としていた。
「……あー、ごめん。空船長の君は、連れて行けないんだ」
そう言って、彼は自分を示したからだ。
「な…」
「残念だけど、選ばれた人以外は立ち入り禁止なんだ、あの島」
突き放された様な衝撃が、胸中を駆け回る。
けれど周りを見ることで、何とかそれを抑えた。聖女様方の方が、私より驚いていたからだ。
「な、なんで…!」
エルギオ様が食い下がる。けれどカザリスは静かに首を振った。
拒絶の様な悲しみが胸を押すとともに、それを受け入れる。仕方ない、切り替えよう。
「……仕方ありません。それでは私は、ハーマレーに報告に行きましょう」
子供達から視線が集まってくる。けれど彼らも成長している。やがて、諦めた様に視線を外れた。
「…まあ、これが今生の別れって訳でもないし。島から帰って来たら、また会えるんだしさ!」
カイルス様が、元気つける様に言った。それで他の方々も、納得したようだった。
「でも、それじゃあどうやって竜を祀る島まで行くの?」
「ああ、それなら大丈夫だよ、聖女様。僕の背中があるんだから」
カザリスの自信満々な声に、場が固まる。
「え…背中に、乗って…?」
メルリ様の困惑した声に、笑顔のカザリスが首肯した。
「よし、全員乗ったね?じゃあ離陸するよ、しっかり掴まってて!」
カザリスの『心話』が響く。
メルリ様たちが、災竜の青色の鱗の背中に乗っている。と言うより、掴まっているの方が正しい。
それを見つめている私の顔は、きっと何とも言えぬだろう。
「それじゃあメーレンさん、ハーマレー島で待っててください!」
「っ、はい!メルリ様たちも、お元気で!」
カザリスが両翼を広げる。それだけで、風が吹き荒れる。
と、彼はそこで、ふとこちらを見ながら何かを考える仕草をした。そして、意を決したように、私に首をもたげた。
「言おうか迷ってたんだけど、これは完全に個人的な忠告…と言えるかは分かんないけど…」
そして、『心話』を小さくして、私だけに聞こえる声で言った。
「——自分が何をしたいのか、彼らが戻って来るまでに決めた方が、良いと思う」
「…ん、なに?どうしたんだ?」
「…なんでもないよ、カイルスくん。それじゃ、出発!」
カザリスさんは、首を振ってそう言うと、翼を羽ばたかせて、飛び立った。
名残惜しそうに別れを告げ続けるメルリ様たちへ、手を振る。
そうして、大きな竜が小さくなるまで見送って。
尻餅を、ついた。
(なんで、知られて…)
心臓がバクバクと脈打っている。隠していた傷を、無理やり抉られたようだ。
(なにを、やりたいか……)
なんでなんでは、ひとまず置いておくしかない。自分の頭の中には、今は彼の最後の言葉が、渦巻いていた。
自分は何を、やりたいのか。
(そんな事、決まってる……)
やりたい事は、決まってる。
今も変わっていない。
あの日、まだ幼かった私が死んだ日から。




