1、予測不可能の旅立ち 1
フェキシフト島跡は、恐怖と混乱に陥っていた。突如、自分達が乗って来た空船に、災竜が降り立ったのだから、無理もない。
人々は島の内陸に固まり、災竜と対峙している聖女らを、不安の目で見つめていた。
そしてその中に、ダック・ボンデールとペミー・アヌシもいた。
「…闘える君も、行った方がいいんじゃないのか?」
「…ペム」
ダックの問いかけに、ペミーは首を振る。ここをお願いと、カイとエルギオに頼まれたのだから。
「…そうか」
「…あの」
ダックがペミーの意思を感じ取った時、近くの人々から不安の声が上がった。
「聖女様たちは、大丈夫なのでしょうか?…あの災竜も…」
続きは言わなかったが、何を言いたいのかは分かる。
それに何と返せば良いか考える。
(災竜自体は問題ないか…あの様に止まっているという事は、理性のある者だ。問題は)
周りへの印象をどうするか。
災竜は一般的には災害そのものなのだ。対話出来ることすら、知られていない。恐怖故、これまで対話の試みすら行われなかった。
一方、災竜側も、人間を傷つけまいと距離をとっている。レイナやアドルオがそうだった。
ある意味、彼らも人間を恐れているのだろう。
(……恐れは、互いの本質を曇らせるな…)
人と災竜の間には、そういうジレンマがある事を、ダックはこれまでの旅で感じ取っていた。
「…あの。聖女様は、大丈夫、ですよね。これまで多くの災竜を倒してきた方ですし」
と、ずっと黙っていたのを肯定と受け取ったのか、そう人々が呟き出す。
(それにしても…)
彼らには確かに不安と恐怖がある。けれど、一つにまとまってここでジッと出来ている。
恐怖に喚いたり、暴れ出したりしていない。人の集団としては、かなり冷静だ。
「ペム?」
「…そういえば」
冷静といえば、自分たちもそうだ。
良い加減災竜に慣れたとまでは言わないが、災竜を前にこう熟考出来ている。
こうなったのは、何となくあの時からだ。
「…メルリの、祈り…」
『聖女の奇跡』が起こした、鎮魂の可視化。あれによって降った、光の雨を浴びてから。
まさか、この落ち着いた人々も、『聖女の奇跡』の賜物なのではないだろうか。
「…ムゥっ!」
と、ペミーが災竜を耳で指す。
青い災竜が、二つの空船の屋根から飛び上がった。風と振動が、離れたここまでやってくる。
災竜は飛び上がった後、少し横の地面に腰を下ろした。そして、前足を組んで座り込んだのだ。
「…なんだ?」
広まった疑問と困惑の答えを、こちらに走ってくるカイが、持っているのだろうと思った。
———
「…あれ、聞こえなかった?えっと…竜を祀る島に、君たちを招待しようと…」
「ちょ、ちょっと待って!」
何も言えない私達を見て、災竜が困惑する。その合間に、エルギオが声を上げた。
驚愕と衝撃を受けながら、なぜか冷静な心で、青い災竜を見据える。
彼はまず間違いなく敵ではない。理性もあるし、性格もエリクの様ではない。
それに何より、彼が言った言葉だ。
「竜を祀る島、って…」
「君たち聖女の目標、だよね?」
エルギオの続きを、飄々と青い災竜が言う。
そう、確かにそれは私たちの目標だ。
ハーマレーの空読み様が、神降ろしによって告げた言葉。三つの聖痕を集めよ、さすれば竜を祀る島への扉が開く、と。
そして現に、自分達は聖痕を三つ集めた。
「…だから、聖痕を集めたから、迎えに来た?」
「そう。迎えに来るまでに、数日かかっちゃったけどね」
エルギオとカイが、一つ一つ確認していく。
それでも、疑問は拭えない。
「何で…なんで、分かるんですか。私たちが聖痕を集めたと」
震えそうになる声を抑えて、災竜に問いかける。
真っ当な問いだ。そういう力を、災竜が持っているのだろうか。
けれど、そう聞いた途端、災竜は申し訳なさそうに目を逸らした。
「あー…まあ……見たからとしか言えないけど…。でも、害意があった訳じゃ決して!…あ、もしかして誠意とか、示した方が良いのかな」
言いながら、彼は何かに気づいたのか咳払いをした。
そして、次にその口から出た声は、先ほどまでより厳かな物だった。
「おほん…聖女様御一行。我ら竜の司祭より、お招きです。直ぐにとは言いませんが、一緒に来て頂きたいです」
そう言って、災竜は飛び上がると、空船の横に座り込んだ。
「ぜひ、ご一考、お願いします。…で、良いかな?」
「……」
私の疑問について、何だかはぐらかされた気もするけど。
けれど断る事もできなかった。何より竜を祀る島を、探す手間が省けたのもある。
ともかく私たちは、事情を説明する為に、みんなと頭を突き合わせる羽目になった。
「大丈夫なのか、メルリ?」
「大丈夫、だと思う。少なくとも、アドルオさんと似たのを感じるし」
ダックさんとペミーに説明する為、走り出す前のカイの疑問に答える。
害意はないどころか、なるべくこちらを怖がらせない様にという、親切心も感じる。
レイナやアドルオさんの様に、上手くやれば災竜とは付き合えるのだ。そもそもが、人間の為の力なのだし。
「……」
ふと見ると、青い災竜は、私とカイの横を見ていた。
エルギオとメーレンさんが話している所を。そして彼は、何かに耐える様に目を細めた。
けれどそれは一瞬のことで、直ぐに彼から憂いは消えた。
「ああそうだ、忘れるところだった」
「…?」
ダックさんとペミーをカイが連れてきた頃、災竜が思い出した様に言った。
「自己紹介です。僕…の名前はカザリス・ドラメル・タンテー。竜名はノイジー・レコーダー、です」
以後お見知り置きを、と続けて。
———
空読み様の予言が、一部一般公開されていたのは、運が良かった。
多くの人々が、聖女が聖痕なるものを集めていること、北の果ての島に向かっている事を知っていたのだ。
だから、ある程度の事情を説明することができた。
「…じゃあ、あの災竜、は…」
「はい。皆さんに牙を向くことは、絶対にありません」
メルリの断言を以て、恐怖と困惑は鳴りを潜める。人々は、一先ずは安心した様だ。
「そんな訳で、俺たちは明日、あの災竜に着いていく事になる。だから後の事は頼む」
カイが続けて人々に言う。魂柱の整備の仕上げやら、起こった事の報告やら、自分たちでは出来ないことを任せていく。
結局その日はフェキシフトで一夜を明かした。
災竜が近くまで居るのに、多くの人々が無事に安眠できた。
彼らの落ち着きようは、ダックさん曰く『聖女の奇跡』の賜物らしい。
「…竜を祀る島、か…」
地べたに広げた簡易寝床に寝転がりながら、空を見上げて呟く。
空読みの予言は、自分達をその島に行く様に言った。そこには何があるのだろう。
この、『竜の奇跡』についても、何かあるのかも知れない。
ふと起き上がって、空船の横の災竜に目を向ける。体を昼より丸めて、静かに眠っている。
(分からないことが多い…けど…)
竜を祀る島に行けば、何かが分かる気がした。




