幕間、突然の訪問者
月が、東の奈落から上がってくる。
フェキシフト島跡は、俄に騒がしくなった。
折角の滅んだ島の、それ自体の為の魂柱だ。元が岩山とは言え、野晒しなのは良くない。
そんな訳で、剣の魂柱と名付けられたそれの、周辺環境の整備が、大急ぎで行われていた。
「何から何まで…本当にありがとうございます、メーレンさん」
「いえいえ、メルリ様たちの頼みですから」
メーレンさんに頼んで、ハーマレー島まで事情を説明しに行ってもらった。
そして、メーレンさんは、多くの大工職や治療師を乗せて戻ってきた。かの二人の島主の采配らしい。
「二人の様子は大丈夫か、メルリ」
「僕もカイも大丈夫だよ、ダックさん。緊張の糸が切れただけだって」
カイとエルギオは、仲良く熱を出した。エルギオは肩の傷のせいで、カイは恐らく『加護』と共に疲れ知らずで動いたからだろう。
「二人とも熱は低いし、こうやって話せもするし、大丈夫だと思うよ。私は二人のことを見張ってるだけだし」
勝手に起き出して、また無理しないように。
「…それ、どう言う意味だよメルリ…」
彼ら二人も含め、怪我人や精神的に倒れた者などの看病。魂柱の周りに、ちょっとした設備を設置。
これらの事がひと段落した時、エリクとの戦闘から数日経っていた。
———
「メルリ様、ちょっと」
「はい?」
起き出した男子二人を見送っていた私を、メーレンさんが呼び止めた。
「なんですか?」
「少し…気になる事があるのです。……彼女、観光のガイドの」
「…サンデさん?」
サンデ・サンドイッチ。
確かに私も、少し彼女の事が気になっていた。
私が魂柱の前で祈りの言葉を紡いだ時。彼女は、その時起こった現象を『聖女の奇跡』だと見破ったのだ。
そもそもその名自体、何となくで付けたものの筈なのに。
「気にし過ぎなのかも知れませんが…ハーマレー島でヒラ様に事情を説明した時、不思議がられたんですよ」
「…不思議がられた…?」
「はい…何せハーマレーですから、ヒラ様は観光業に関してもある程度の知識があるのですが…」
あらゆる物が世界中から集まってくる、ハーマレーの島主。それなら、その分多くの観光商と関わって来たのだろう。
「…彼女が所属していると言った、メンタル観光商会。その名を、ヒラ様はご存知なかったのです」
確かに彼女は、メンタル観光商会でガイドを務めていると言っていた。しかし、その名をハーマレーの島主が知らないのは。
「メーレン、さん…?」
「本当に、ただの考えすぎなのかも知れません。けれど…彼女は本当に、ガイドなのでしょうか?そして…」
一度芽生えた疑問は、本人にも止められない。けれど私には、その問いは聞いてはならない物な気がして。
「……メンタル観光商会というのは、本当に実在して——」
その時だった。
腹から響くような低い音が、辺りに響いた。それが何かが風を切っている音だと察したのと同時に、私たちに影が落ちた。
巨大な影が、私たちの頭上にいた。
「……は?」
周りにいた誰かがこぼす。
だってそれは青い鱗に覆われていたから。
それは、翼と牙と、爪を持っていたから。
「…さ、い…!?」
青い災竜が、メーレンさんとサンデさんの二つの観光船、それらに片脚ずつ乗せて、降り立った。
一瞬の沈黙の後、忽ちあたりがパニックに陥った。
「み、みんな、落ち着いて!」
そう叫ぶけど、視線は災竜から逸せない。
そらした途端、その爪で身体を切り裂かれるかもしれないから。弱い人間は、災いの挙動を見る事しか出来ない。
「二人とも、大丈夫か!?」
「メルリ、離れて!」
カイとエルギオが、叫びながら私たちの前に滑り込んだ。
最悪の場合、ここで彼が力を使うかもしれない。それだけは防がなければ。
青い災竜は、騒ぎ逃げていく人々を順繰りに見つめていく。
「……?」
その仕草に、敵意というか害意のようなものは感じられず。
私がそう疑問に感じたのと、災竜の視線が私たちを捉えたのは同時だった。
そして、身構えた私たちにどこかから声が響いた。
「…ああ、見つけた。多分、君が聖女で合ってるよね?」
その声は『心話』だった。目の前の災竜が発しているのだ。
そしてその言葉は、僕らの事を知っていたような口振りだった。
「そしてその隣にいるのは…なるほど、どうやら大体揃っているようだね。それなら丁度いい」
青い巨体が、姿勢を正す。
驚愕と困惑に塗れる僕らを無視して、災竜は僕らを見下ろして言った。
「聖女メルリ、竜の長エルギオ。僕は君たちを迎えに来た。君達を招待しよう——竜を祀る、北の果ての島に」
第六章 終
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