20、剣の王子のレクイエム
落ちたエリク首から、鮮血が噴水のように巻き上がる。
僕は首を斬った勢いのまま、地面にぶつかりそうになったカイを、咄嗟に手を伸ばして掴んだ。
「…っ!」
そして、雨のような鮮血から逃れるように、カイを抱え込んだ。
切り落とされたエリクの首が、言葉にならない言葉をもぞもぞと発し、やがて静かになる。
瞳から光が消え、緑の災竜はその命を落とした事を示す。
「———」
カイを地面に下ろす。
「終わった、んだよな…」
彼の身体が灰のように崩れていくのを見ながら、呆然とカイが呟いた。それを、僕は肩の傷を押さえながら見つめる。
「うん…終わったんだ…」
そうは言ったものの、身体中から力が抜けている。『王の本領』の反動だろうか。
「そっか…ほんとに……」
心ここに在らずといった風に呟いたカイが、ふと顔を空へ上げる。
「俺、やり返したよ、みんな。…これからは俺、みんなの分まで、頑張って生きるよ」
目を伏せる。
その声に、その心に、一体どんな感情たちが吹き荒れているか、僕には想像もつかない。
目を伏せた所で、消え去るエリクの体から光が漏れている事に気づいた。
「…あっ」
———
気を失ったアゴルを縛り、今後の事を話し合っていた所で、竜の姿のままのエルギオがやって来た。
無事、緑の災竜を倒すことが出来たのだろう。エルギオが、緑に光る聖痕を咥えていた。
「ってエルギオ!その肩の怪我、大丈夫!?」
「あ、ああ…まあ、掠っただけだし」
ここからだと、焦げているように見えるのだが、本当に大丈夫なのだろうか。咄嗟に腕で隠されたので、もう見えない。
「それはともかく、これ。エリクから出た聖痕なんだけど…」
聖痕。私たちの旅の、今現在の目的だ。
三つ集めることで、竜を祀る島へと行けるというもの。その正体は、『竜の奇跡』が刻まれた、ドラメル族の心臓。
これまで、コンボボロ島の、レイナの『小さな花畑』と、ケイオール島の、アドルオさんの『血牙の紋章』を殆ど不本意ながら集めて来た。
「残り一つは確か、『剣の魂柱』だったか。これがそれなのか?」
ハーマレーの空読み様からの予言を思い出しながら、ダックさんが問う。エルギオはそれに首肯する。
「多分。剣っていうのは、軍事に優れたフェキシフトの事だろうから」
言うなれば、フェキシフトの魂柱。確かにこれ以上なく当てはまっているようだった。
そして、その考えを肯定するように、エリクの聖痕が光り、ふわりとエルギオの口を離れる。
「…あれ、じゃあこの聖痕はカイに…?」
レイナの聖痕は、ダックさんに。アドルオさんの聖痕はペミーに宿ったのだ。それならこの聖痕は。
「いや。カイはもう『剣の加護』を持っているだろう」
『祝福』、『加護』、そして『奇跡』は一人に一つとされている。よく分からないが、魂の許容量だとかなんとか、学舎でそう習ったのを覚えている。
「…え、じゃあこの聖痕は…」
私の予想を肯定するように、聖痕は私に向かって動き出した。フェキシフトを滅ぼした、悪意ある災いの聖痕が。
…きっと私は、分かりやすく顔を歪めていたのだろう。ここに居ないカイを除いたみんなが、微妙な顔をした。
「……まあ、気持ちは、分からないでもないが……」
「…ムゥムゥ」
ペミーが、慰めるように私の足をぽんぽんと叩く。その優しさは、今だけは傷付くからやめてほしいなぁ。
「…ごめん、メルリ」
「…エルギオが、謝る事じゃないよ…」
諦めた私に、ここぞとばかりに聖痕が入り込んだ。
「そういえばエルギオ、カイは?」
少しして、ここに居ない彼のことをエルギオに尋ねる。
「カイは…今は、一人の方が良いと思う」
そう言いながら、エルギオは首を後ろにもたげる。そちらの方を見ると、先の方に小さな影が立ち尽くしているのが見えた。
…いや、違う。立ち尽くしてはいない。こちらに走って来ている。
「…もう、大丈夫なのかな」
「完全に大丈夫、という訳ではないだろう」
ダックさんのその言葉通り、走ってくる彼の顔に、二筋の跡が見えた。
疲れているのに走ったからか、近くに来た頃にはヘトヘトになっていた。エルギオの脚に背をもたれかけて、浅く息をしている。
「…えっと。カイ、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ…それよりエルギオ、ちょっと…頼みたいことが、あるんだけど…」
「……何?」
エルギオは私と顔を見合わせた後、急かさぬようにゆっくりとカイに聞いた。
一つ深呼吸をして、カイは頼みを内容を私たちに話した。
———
「聖痕の事を考えてて思いついたんだ。ちょっと癪だけど」
そう言いながら、カイはエルギオの作業の様子を見つめていた。
エルギオは、ペミーと一緒に岩山を削っていた。島主館跡に立っていた、あの岩山だ。
円錐形のそれを、細く細く削っていく。彼の爪や牙だけでは足りないので、ペミーの耳拳も使っている。
「それで、この魂柱…魂岩山?に彫るのは、誰の名前にするの?」
カイの頼みは、岩山を削って、巨大な魂柱にして欲しいというものだった。誰か一人のためのではなく、島全体に向けた鎮魂の柱を。
本来、人の墓に使う魂柱は木製なのだが、島レベルに大きな木などないので、岩山を使った。
「誰かの為のじゃねぇからなぁ…。島の名だけでいいさ。エルギオ、お願い」
「はーい…っと」
言いながら、エルギオの爪が岩の表面をガリガリと削って、文字を書いていく。フェキシフト、と。
「…これで、みんなも…」
完成した剣の島への魂柱を見て、カイが呟く。
けれど言葉のその先は、声になっていなかった。ただ静かに、魂柱を見つめていた。
「…よし。それじゃあ、サンデさんとメーレンさんを呼びに行こう」
その背中に呼びかける。ごちゃ混ぜの感情は、時間かけて少しずつ整理していけばいい。
それに、私たちの船と観光船。どちらもまだ停止したままだろう。報告も兼ねて戻らないと。
それに頷いて、エルギオは瞬きの間に人間の姿に戻った。
「よしょっと…うう、肩痛い…」
「ちょ、ちょっとエルギオ!全然大丈夫じゃないじゃん!ダックさん!」
「仕方あるまい。エルギオ、肩を見せなさい」
私とダックさんの言葉に、エルギオが固まる。
「ダックさん…?まさか『譲命の奇跡』使うの?あれ結構体力使うんでしょ!?」
「だから、仕方あるまいと言った」
「だ、大丈夫だって!僕は大丈夫だから!」
肩を抑えて、笑って見せるエルギオ。少し引き攣っているのは、どう考えても痛みのせいだ。
もう、気丈に振る舞うその手には乗らない。
「ペミー、エルギオを抑えて!」
「ペムっ!」
「わ、わあああ!」
足に巻きつかれたエルギオが、悲鳴を上げる。それを見ていたカイが、堪えきれずに吹き出した。
久しぶりに見る、彼の笑顔だ。
「まったく…エルギオ、諦めろー」
「カイも!」「カイルスもだ」「ペムペム!」
三人の声が重なる。仲間内に、久しぶりに緩い空気が流れ、談笑が花咲いた。
こうして、剣の島の王子は、その鎮魂歌の序曲を終えた。
彼の本当の鎮魂の旅は、まだその一歩を踏み出したばかり。




