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聖女ドラメルと最後の竜  作者: 創作草
第六章 その墓標に黄昏を
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20、剣の王子のレクイエム

落ちたエリク首から、鮮血が噴水のように巻き上がる。

僕は首を斬った勢いのまま、地面にぶつかりそうになったカイを、咄嗟に手を伸ばして掴んだ。


「…っ!」


そして、雨のような鮮血から逃れるように、カイを抱え込んだ。

切り落とされたエリクの首が、言葉にならない言葉をもぞもぞと発し、やがて静かになる。

瞳から光が消え、緑の災竜はその命を落とした事を示す。


「———」


カイを地面に下ろす。


「終わった、んだよな…」


彼の身体が灰のように崩れていくのを見ながら、呆然とカイが呟いた。それを、僕は肩の傷を押さえながら見つめる。


「うん…終わったんだ…」


そうは言ったものの、身体中から力が抜けている。『王の本領』の反動だろうか。


「そっか…ほんとに……」


心ここに在らずといった風に呟いたカイが、ふと顔を空へ上げる。


「俺、やり返したよ、みんな。…これからは俺、みんなの分まで、頑張って生きるよ」


目を伏せる。

その声に、その心に、一体どんな感情たちが吹き荒れているか、僕には想像もつかない。

目を伏せた所で、消え去るエリクの体から光が漏れている事に気づいた。


「…あっ」


———


気を失ったアゴルを縛り、今後の事を話し合っていた所で、竜の姿のままのエルギオがやって来た。

無事、緑の災竜を倒すことが出来たのだろう。エルギオが、緑に光る聖痕を咥えていた。


「ってエルギオ!その肩の怪我、大丈夫!?」


「あ、ああ…まあ、掠っただけだし」


ここからだと、焦げているように見えるのだが、本当に大丈夫なのだろうか。咄嗟に腕で隠されたので、もう見えない。


「それはともかく、これ。エリクから出た聖痕なんだけど…」


聖痕。私たちの旅の、今現在の目的だ。

三つ集めることで、竜を祀る島へと行けるというもの。その正体は、『竜の奇跡』が刻まれた、ドラメル族の心臓。


これまで、コンボボロ島の、レイナの『小さな花畑』と、ケイオール島の、アドルオさんの『血牙の紋章』を殆ど不本意ながら集めて来た。


「残り一つは確か、『剣の魂柱』だったか。これがそれなのか?」


ハーマレーの空読み様からの予言を思い出しながら、ダックさんが問う。エルギオはそれに首肯する。


「多分。剣っていうのは、軍事に優れたフェキシフトの事だろうから」


言うなれば、フェキシフトの魂柱。確かにこれ以上なく当てはまっているようだった。

そして、その考えを肯定するように、エリクの聖痕が光り、ふわりとエルギオの口を離れる。


「…あれ、じゃあこの聖痕はカイに…?」


レイナの聖痕は、ダックさんに。アドルオさんの聖痕はペミーに宿ったのだ。それならこの聖痕は。


「いや。カイはもう『剣の加護』を持っているだろう」


『祝福』、『加護』、そして『奇跡』は一人に一つとされている。よく分からないが、魂の許容量だとかなんとか、学舎でそう習ったのを覚えている。


「…え、じゃあこの聖痕は…」


私の予想を肯定するように、聖痕は私に向かって動き出した。フェキシフトを滅ぼした、悪意ある災いの聖痕が。

…きっと私は、分かりやすく顔を歪めていたのだろう。ここに居ないカイを除いたみんなが、微妙な顔をした。


「……まあ、気持ちは、分からないでもないが……」


「…ムゥムゥ」


ペミーが、慰めるように私の足をぽんぽんと叩く。その優しさは、今だけは傷付くからやめてほしいなぁ。


「…ごめん、メルリ」


「…エルギオが、謝る事じゃないよ…」


諦めた私に、ここぞとばかりに聖痕が入り込んだ。



「そういえばエルギオ、カイは?」


少しして、ここに居ない彼のことをエルギオに尋ねる。


「カイは…今は、一人の方が良いと思う」


そう言いながら、エルギオは首を後ろにもたげる。そちらの方を見ると、先の方に小さな影が立ち尽くしているのが見えた。

…いや、違う。立ち尽くしてはいない。こちらに走って来ている。


「…もう、大丈夫なのかな」


「完全に大丈夫、という訳ではないだろう」


ダックさんのその言葉通り、走ってくる彼の顔に、二筋の跡が見えた。

疲れているのに走ったからか、近くに来た頃にはヘトヘトになっていた。エルギオの脚に背をもたれかけて、浅く息をしている。


「…えっと。カイ、大丈夫?」


「ああ、大丈夫だ…それよりエルギオ、ちょっと…頼みたいことが、あるんだけど…」


「……何?」


エルギオは私と顔を見合わせた後、急かさぬようにゆっくりとカイに聞いた。

一つ深呼吸をして、カイは頼みを内容を私たちに話した。


———


「聖痕の事を考えてて思いついたんだ。ちょっと癪だけど」


そう言いながら、カイはエルギオの作業の様子を見つめていた。

エルギオは、ペミーと一緒に岩山を削っていた。島主館跡に立っていた、あの岩山だ。

円錐形のそれを、細く細く削っていく。彼の爪や牙だけでは足りないので、ペミーの耳拳も使っている。


「それで、この魂柱…魂岩山?に彫るのは、誰の名前にするの?」


カイの頼みは、岩山を削って、巨大な魂柱にして欲しいというものだった。誰か一人のためのではなく、島全体に向けた鎮魂の柱を。

本来、人の墓に使う魂柱は木製なのだが、島レベルに大きな木などないので、岩山を使った。


「誰かの為のじゃねぇからなぁ…。島の名だけでいいさ。エルギオ、お願い」


「はーい…っと」


言いながら、エルギオの爪が岩の表面をガリガリと削って、文字を書いていく。フェキシフト、と。


「…これで、みんなも…」


完成した剣の島への魂柱を見て、カイが呟く。

けれど言葉のその先は、声になっていなかった。ただ静かに、魂柱を見つめていた。


「…よし。それじゃあ、サンデさんとメーレンさんを呼びに行こう」


その背中に呼びかける。ごちゃ混ぜの感情は、時間かけて少しずつ整理していけばいい。

それに、私たちの船と観光船。どちらもまだ停止したままだろう。報告も兼ねて戻らないと。

それに頷いて、エルギオは瞬きの間に人間の姿に戻った。


「よしょっと…うう、肩痛い…」


「ちょ、ちょっとエルギオ!全然大丈夫じゃないじゃん!ダックさん!」


「仕方あるまい。エルギオ、肩を見せなさい」


私とダックさんの言葉に、エルギオが固まる。


「ダックさん…?まさか『譲命の奇跡』使うの?あれ結構体力使うんでしょ!?」


「だから、仕方あるまいと言った」


「だ、大丈夫だって!僕は大丈夫だから!」


肩を抑えて、笑って見せるエルギオ。少し引き攣っているのは、どう考えても痛みのせいだ。

もう、気丈に振る舞うその手には乗らない。


「ペミー、エルギオを抑えて!」


「ペムっ!」


「わ、わあああ!」


足に巻きつかれたエルギオが、悲鳴を上げる。それを見ていたカイが、堪えきれずに吹き出した。

久しぶりに見る、彼の笑顔だ。


「まったく…エルギオ、諦めろー」


「カイも!」「カイルスもだ」「ペムペム!」


三人の声が重なる。仲間内に、久しぶりに緩い空気が流れ、談笑が花咲いた。



こうして、剣の島の王子は、その鎮魂歌(レクイエム)の序曲を終えた。

彼の本当の鎮魂の旅は、まだその一歩を踏み出したばかり。

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