19、クレイジー・コレクター
産まれた一族のお陰か、小さな頃から特に不自由はなかった。それが理由だとは思わないけれど、自分は怠惰な存在だった。
来る竜名授与の儀式にも、『奇跡』発露の儀式にも、何も興味を示さなかった。
(なんか…つまんないな……)
けれど、そんな日々は早々に終わった。人生の転機というものは、突然やって来るものだった。
運び虫、という虫がいた。暖期から寒期にかけて食糧を運び集めることから、そう名付けられていた。
(……)
地面の上を並んで食糧を運ぶ虫達を、なんとも無しに見下ろす。そして、ほんの興味でそこに指を下ろしてみた。
そんなつもりはなかった。けれど勢い余って、虫は潰れてしまった。
(あっ)
その時。身体中を、電流のような衝撃が走った。それはとても甘美で、二度と忘れられなかった。
後にそれが、興奮であり高揚であると知った。
初めて災竜になった時、その視線の高さに驚いた。
周りで見ていた家族や友人が、人の姿のまま集まって来た。鱗の色が良いだのなんだの、口々に話していた。
(今ここで手を振り下ろしたら…)
家族や友人も、あの虫みたいにプチッと潰れるのだろうか。
そう思うと、あの衝撃が再び身体中を駆け巡った。想像しただけで、興奮が抑えられなかった。
(いつか……)
人も動物も、竜の自分と比べたらとてつもなく小さい。潰せば、あの虫のようにプチッと逝くだろう。
あの興奮を再び感じたい。あの高揚に、再び酔いしれたい。
潰したい。殺したい。
一族の役目がなければ、この衝動を抑えないのに。
「エリク。君の竜名はクレイジー・コレクターに決まった。以後、一族や人の為に励むように」
そう言った司祭の言葉を、やんわりと無視した。
人殺しの衝動を、必死に抑えながら、適当に仕事をこなす日々。それが続いたある日、『大災害』が起こった。
神との約束を、族長が破ったからだとかなんとかあって、全員が理性を失った。
自分も、気づいた時には沢山の人間を殺していた。
(嘘、でしょ…?)
後悔した。
なんで、理性を失ってしまったんだ。
お陰で、人を殺す瞬間を、その感触を、感じられなかった。
次からは、理性をしっかり保とうと思った。
「た、たすけてええぇ!誰か、助けぁっ」
叫ぶニンゲンを無慈悲に潰す。気持ちのいい感触が、掌から伝わる。
あれから、なるべく人間に興味がないフリをした。殺すの時の快感を、最大限味わいたかったから。
能力も、極力使わなかった。味わいたいのは、感触だから。
「…今はこれくらいでいっか」
手に付いた血を拭って、その場を後にする。どこかの島の、どこかの村。その住民の半数を潰した。
殺り過ぎると、人間は簡単に滅んでしまう。だから数はなるべく絞ることにした。
「…さて、次はどこに行こっかなー」
何年も、何年もそんな日々を続けた。
潰した人間の数は、数えきれない。思ったより数が増えるのが遅くて、途中から更に数を絞ったせいもあるだろう。
そしてある日、フェキシフトに寄った時に、同胞にあった。
「あれ、カザっち。久しぶりだね」
自分がそう呼ぶ彼は、同胞の中でも情報通と呼ばれていた。人に化けて、世界情勢を探っているのだという。
僕の趣味を手伝って欲しいと頼んだが、速攻で断られた。
「変態と長く関わりたくないんで、要件言ってすぐ去るから」
「えー、いけずー」
仕方ない。情報源は別に探そう。
情報通の彼は、自分に司祭からの予言を伝えに来たという。
それは二年後、自分が聖女によって殺されるという内容だった。
「…ふーん」
「要件は済んだからね。それじゃ」
去っていく彼はもう眼中にない。
聖女か。世界を災いから救う存在。
潰してみれば、一体どんな感触なのだろう。知りたい。味わいたい。
「……は?」
(……え?)
未来の人潰しに興奮していたからか、それに気付かなかった。
いつの間にか空岸にいた人間に、姿を見られたのだった。
変な人間だった。
よく分からないが、襲おうと思ってた島を恨んでいるらしい。
利害が一致して、島の防衛機構を教えてもらった。
(…楽しそー)
嬉々として島の内部情報をゲロる、アゴルと名乗った人間を見つめる。
情報源以上の存在じゃないし、特に何も思わない。
強いて言えば、その執念は少し怖いと思った。
フェキシフトの機構は予想以上で、本気で殺らなきゃ殺られていた。
そんなもんだから、フェキシフトは滅んでしまった。
もちろん、一眼見て大好きになったカイを除いて。
「は、はは…」
「…気色悪いよ」
大量の死体の上で、アゴルが笑い出した。
怖いと思っていたが、やっぱり自分とは方向性の違う狂人だったのだろう。
死体の上で笑うなんて、自分には無理だ。そんな趣味はない。
その後は、理由もないけど彼と共にいた。彼といれば、情報がたくさん入ってくるからだ。性格はヤバいし、情報以外は何も役に立たなかったけれど。
「…………」
けれど、それでも情報は正確だった。カイがどこで何してるのかを、しっかり見つけてくれた。
「待っててね、カイ!」
しかもカイは、あの聖女と一緒にいるのだという。
カイは島主の子だ。潰したら、どんな快楽を味わえるだろう。
一回全てを奪って絶望させてから、やり返しに来た所を一息に行くのだ。
今から楽しみだ。
そんなこんなで、カイを今度こそ潰すために色々やって来たのだが…。
「…ねぇ、なんなの。お前」
———
「…ねぇ。なんなの、お前」
爪や牙の攻防を二十合ほど続けた時、苛立ちを隠さない声でエリクが言った。先程までの飄々とした態度とは、似ても似つかない。
「…それがお前の本性か」
「は?本性ってなに?こっちはただイラついてるんだけど?」
距離をとって、エリクが言い捨てる。そのままペラペラと話し出した。
「確かにさ、最初は楽しんでたし本気も出してたよ?けどそれは君を潰すのが、カイを潰すのが楽しみだったからで。こんなつまらない闘いの為じゃないの。分かる!?」
そこまで一息に言うと、エリクは腰を落として口を開いた。
「…もういい。一気に終わらせる」
『——!!』
エリクの言葉と、彼の口元から発せれた高い音が重なる。
彼は一体何を、これは。
「エルギオっ!」
「…っ!」
声の主はカイ。それで咄嗟に、それが何の予備動作か察する。
そして僕は横でも後ろでもなく、前に跳んだ。そしてそのまま、エリクにぶつかっていく。
「っ!?」
「それがっ…君の力か!」
『王の本領』で増幅した腕力を全て注ぎ込んで、エリクの首を無理やり空中に逸らす。
次の瞬間。彼の口から発せられた青白い光が、僕の右腕を掠めて空へ放たれた。
ズウウン。
光から一瞬遅れて、轟音と暴風。空へ飛んだ光は、雲を貫いてその向こうへ消えていった。
「ぐっ…!」
掠めただけなのに、肩の部分が焼け焦げ、煙を上げている。まともに食らっていたら言わずもがな、メルリたちに撃たれていても負けていた。
今のが、フェキシフトを滅ぼした彼の力。島主館を瓦礫に変えた攻撃だった。
「何今の…人間の声に合わせて動いたの…?意味分かんない、反則でしょ…!」
腕の中で抑えこまれているエリクが、そう零す。
「反則じゃない。これが僕らの本来の在り方なんだ、エリク」
強大な力を持っているドラメル族でも、人間と一緒に歩めるのだ。歩もうと、していいのだと思いたい。
それに、僕らの竜の力は元々、人間のためのもので。僕らが人間と共に歩む為の物だから。
「はぁああああ!?これじゃ、僕の負けじゃん!あああうざい!死ね!死ねよお前!なんで?何で僕が負けるの?嫌だ嫌だいやだ!カイに会いたい!カイを潰したいよ!」
体勢を変え、喚き続けるエリクの四肢の自由を完全に奪う。
エリクに、背中の気配を感じた僕はいった。
「…じゃあ、会わせてあげるよ。約束だし」
「約束?なんの——」
言い終わる前に、背中から頭まで走って来た気配が、頭から宙へ跳んだ。
エリクは見ただろう。太陽を背に、剣を両手で構えたカイが、自分に向かって落ちてくるのを。
「…決めたんだよ。絶対生き延びて、やり返すって!」
その剣に宿るは『剣の加護』。どんな物であれ、断ち切ってしまう力。
たとえそれが、硬い竜の鱗であっても。
「——ぁ…」
軽い音。エリクの声が小さく漏れた時には、彼の首は斬り落とされていた。




