8、竜の一族 2
これより紐解くは、かつての記憶。
遥か昔に存在したある一族の繁栄と。
その、滅亡の行く末について。
———
八百年ほど前のことである。
ある代の族長に子供ができた。
子供は、エライルと名付けられた。
その子も、歴代と同じように竜の力を遺伝した。
族長の直系は、毎度最強の力を持った竜を遺伝する。
これは、最初に力を授かったのが、同じく族長の子だった事に由来していると言われている。
なんにせよ、支配階級としてはちょうど良かった。
さて、エライルと名付けられた彼も、竜としての活躍を望まれた。
しかし、彼は父親が嫌いだった。
どんな時でも責任だのなんだのとグチグチ言う父親は、彼にとって鬱陶しかった。
だから、反抗してやった。
運ぶ筈の船を襲って、乗員もろとも壊したのである。
もちろんこっぴどく叱られ、七日間飲まず食わずで謹慎させられた。
流石に反省した彼は、もうしないと父に謝った。
人を殺したという事実に、恐れをなしたのもあるのかも知れない。
彼が、十六の頃である。
彼が壊した船は、事故として処理された。
それが彼には、気に入らなかった。
あれは自分がしてしまった事だ。
自分が船を襲った。
自分が人を殺した。
その罪を、その事実を、無かったことにされた。
遺族に謝るつもりでいた。
過ちを償うつもりでもあった。
その気持ちを、無意味なものだと捨てられた。
自分の素直な思いを、否定された。
彼はさらに、父を嫌った。
嫌悪は憎悪になり、やがて殺意にまで至った。
彼は父を殺した。
竜の力を使わず、毒を使って暗殺した。
つまるところ、彼は子供だった。
合理的な思考ができない、どうしようもない未成年だった。
自分の感情すら制御できない、どこにでもいる少年だった。
さて、族長が死んだとあれば、次の長は誰か。
考えるまでもなく、彼の息子エライルである。
彼の元に、族長の権力、竜の力を使える一族を、全て統制できる力が、突然転がり込んできた。
父への殺意で満たされ、後のことを考えていなかった彼の元に、大きすぎる力が来たのである。
彼はまだ十八だった。
巨大な権力をしっかり扱える精神力など、持っていなかった。
彼はみるみる内に、力に溺れた。
竜の力を使って横暴を繰り返し、逆らう者は皆殺し。
私利私欲に塗れた、酒池肉林を築き上げたのである。
それから五年後。
すっかり傲慢になった彼に、子供ができた。
子は、父と母の名からとって、エルギオと名付けられた。
さて、つまるところエライルは、竜神の言った『決して、私利私欲のために使ってはならない』という約束を破った。
当然、罰が下った。
突如、竜の力が暴走を始めたのである。
瞬く間に一族は竜化し、理性を失って暴れ始めた。
その影響は大きく、世界の半分が滅んだと言う。
後に、『大災害』と呼ばれる出来事である。
神の采配か、それとも運か。
エルギオだけは、それを免れた。
それに気づいた彼の母は、親の意地か子への愛か、己を蝕む狂気に抗い、押さえ込んだ。
強かな母だった。
母は、子を連れて世界の果ての島を訪れた。
そして、そこでエルギオを封印した。
直前、妻子は言葉を交わした。
『エルギオ。これに入りなさい』
母が、見たことのない機械を指差す。
『いやだ!母様といる!』
母が好きだった子は、それに反抗した。
母にそれに、悲しそうな顔をした。
『エルギオ…おねがい』
ゆっくりと大好きな子の頭を撫でる。
まだ全然子供なのに、背伸びして冷静を装う我が子を。
今だけは、その膜が剥がれて弱い姿が曝け出されている。
『いやだっ…いやだ…いやだ!』
撫でる顔が、涙と鼻水で崩れいく。
それを見て、母の方も泣きそうな顔になった。
『…おねがい。私たち一族の過ちを、どうか祓って…』
最後にそう言って、母は泣き叫ぶ子を機械の中に入れた。
機械が起動する。子を強烈な眠気が襲う。
『私の、大好きで大事なエルギオ…どうか…どうか…』
涙を流したままとろんとした顔になっていく子を、泣きながら眺めていた母は、そこで狂気に飲まれた。
最後に、ただ一人の子への祈りを残して。
そうして、世界には理性を失い暴れるドラメル族——災竜が残った。
———
「僕が眠っていたのは、世界の果てにあると言われた島だった。そこに、偶然君が流れ着いたんだ」
長い、長い物語を見ているようだった。
御伽噺のようなそれと、目の前の少年が繋がらない程に。
「母さんは、自身の竜の力と古代の技術で、僕を封印した」
「古代の、技術…」
「うん。そうして君が起こしてくれるまでの八百年間、僕は眠っていたんだ」
何百年も前のことなんか、想像することすら難しい。
けれど、見て来たように語る彼のおかげで、何となくの情景は浮かんだ。
「古代の技術のおかげで、僕はあまり覚えていない父のことを、知れたんだと思う」
そこでエルギオは一息ついた。
私も、いつの間にか詰めていた息を吐き出す。
到底、信じられない。
「あの時、全て思い出した僕は、竜の力で襲ってきた災竜を退けた」
私が気を失っている間に、彼は多くの事を思い出してしまった。
彼と私の間に、見えない壁のようなものを作るほどに。
「その後、君を近くの島まで運んだんだ。流石に、姿は見せられなかったけど」
それじゃあ、私がネイケシア島にいたのは、流れ着いたのではなくて。
災竜に襲われたはずなのに、傷一つ負っていなかったのも、運が良かったのではなくて。
「…これで、僕が言いたい事は全部」
エルギオはそっ言って口を閉じた。
見ると、瞳がこちらを見て少し震えている。
けれどそれを見て、大変だったねとか、気前の良いことなど言える訳ない。
「分かった…いや、全然意味わかんないけど…」
「…それで、いいよ。整理する時間も必要だろうし」
彼の瞳が、少し俯く。
その悲しそうな顔で、胸の痛みがぶり返す。
エルギオのことは信じている。信じる他ない。
でも、この痛みは、そうじゃなくて。
「…一つ、聞きたいんだけど」
エルギオが視線を私に向ける。
唇を、少し噛んでいるのが見えた。
倒れそうになる足を、必死に踏ん張って聞く。
ここ数日消えなかった、この痛みの原因を。
「…今まで、災竜のことについて嘘をついていたのも、そういう理由なら分かる。でも…」
あくまで自分はただの人間であると、周りの誰もに思わせるように。
当たり前のように、会話に嘘を混ぜて。
それは仕方のない事なのかもしれない。
こんな事、公言でもしたら大変な混乱になる。
彼自身だって、拒絶、いやそれ以上のことをされるかもしれない。
けれど、でも。
「…なんで、言ってくれなかったの?」
そういう事情があるならせめて、せめて私にだけは言って欲しかった。
そうだ、あの胸の痛みは。
自分が、エルギオから突き放されたように感じた痛みだったんだ。
「それは…言えるはずが、なかったんだ」
彼の顔が歪んで、語気が少し強くなる。
そうだろう。予想していた。
けれども、だからと納得はできなかった。
「でも…っ」
「怖かったんだ!」
言い募った私へ、エルギオの叫びが飛んだ。
大きな声で驚いた私を見て、彼が申し訳そうな顔をする。
ああ、本当に優しい。優しすぎるよ、君は。
そこまで優しいと、もう私は何も言えないじゃないか。
「…話してくれて、ありがとう…少し、整理する時間が欲しい」
これ以上彼の優しさに耐えられなくて、会話を終わらせようとする。
「……うん」
少しの沈黙の後、震える声で彼がいう。
別れを告げて、足早にそこを去る。
歩いていた歩が、だんだんと間隔を早めだす。
気付けば私は、森の中を走っていた。
歯を食いしばっても、涙は出てこない。
どうしようもない自分が、嫌いになりそうだった。




