猫時代
ドアが閉まる音がする。
あの子が帰ってきた。
お帰りの挨拶をしよう。
にゃあと聞こえるのは、自分の声。
当たり前だ。自分は猫なのだから。
主人が帰ってきたのだ。
主人は自分をとても大切にしてくれている。
自分に新しい名前もくれた。
ほら主人が呼んでくれる。
「ただいま一〇〇〇」
あれ、名前は、
名前、
なまえ、僕の、思い出せない。
ぼく、
おれ、
俺?
俺は何だっけ。
あれ、
ぱちり、目を開けると、眩しい太陽が葉の間から覗いた。
雲がふわふわと漂っている、能天気な空だ。
体の下には、ザラザラとした草。
いつもと同じ公園の木陰。
ああ。そうだ。自分に飼い主なんていなかった。
俺は野良猫だ。母猫はいない。生まれた頃から一人だ。
今まで人間が捨てるごみをひたすら漁って生きてきた。
そうしなければ、いつか死んでしまうような日々だったから。
だから、毎日、毎日、腹を壊してもごみを漁った。そして、何とか生きてきたはずだった。
だけど、今日は何故か、体が重い。
ただでさえ、自分の願望とも思える夢を見て、現実を突きつけられたようで、憂鬱なのに。
空は、こんなときでさえ、気遣ってくれる様子はちっともない。
ああ。もし、死んだら、いつか、、、、
など、どうしょうもないことを、呼吸も苦しくなるなか、ひたすら祈った。