ワッチ
それはアマチュア無線をやっている友人とキャンプツーリングに行ったときの話だ。
山の中の川原にテントを張った俺達は夕食を済ませ、焚き火を囲んで就寝前のひと時を過ごしていた。
俺がコーヒーを飲んでいると、友人はなにやらトランシーバーをいじっている。
「何してんの?」
「ん?ああ、あそこに中継用のアンテナがあるだろ?」
操作に夢中になっていた友人はそう言って川の上流にそびえる山を示した。
「ああ、あれな。」
山の頂上には赤い表示灯をつけた電波塔が立っている。
「アンテナが近いから面白い交信を傍受出来ないかと・・・」
「そりゃ盗聴では?」
「違う違う。これはワッチと言って周波数の使用状況を確認したり、交信のしかたを勉強する正当な行為だぞ。」
「ほーん。」
俺は弁解する友人に疑惑の視線を向けた。
「マジだからな。」
真顔で友人が言ったところでちょうど通信が入る。
声質からして年配の女性と中年男性だ。美味しいおにぎりについて楽しそうに話している。
その交信は数分ほどで終了した。
そして、友人が周波数を変更する。
今度は一分も経たないうちに別の交信が傍受出来た。
男性同士で自作のアンテナについて話しているようだが、通信状態が悪く音声が途切れ途切れですぐに切れてしまった。
「あんまり捕まらんなぁ。」
周波数を変えながら友人がぼやく。
「この間貰った種、蒔いたけどすごい成長早いね。」
次に傍受出来た通信は子供同士だ。何やら植物の話をしているらしい。
「おいおい、随分夜ふかしだな。」
俺は深夜に近い時刻を表示する時計を見て笑う。
「すぐ育つけど注意してね。餌をやり忘れると大変なことになるから・・・」
「何育ててんだ?」
交信の内容から友人と俺は育ててる植物を予想する。
「うん、この間うっかりしてて朝あげるのを忘れたらだいぶ動いてたよ。」
この発言に俺と友人は顔を見合わせ怪訝な顔をした。
マジで何育ててんだ?
「待って。アンテナ近くの川で通信を傍受してる奴がいる。」
トランシーバーから何かに気づいたような少し強い口調の声が流れる。
一瞬、何の事かわからなかったが、それが俺達のことであると認識した瞬間総毛だった。
「撤収だ!」
友人の鬼気迫る声に俺は慌てて荷物をまとめ、バイクに積み込んだ。
そして、最後に友人が焚き火を消すと、俺達は急いでその場を離れ人里へと突っ走った。
「さっきのあれ、何?」
コンビニに辿り着いた俺は、喫煙スペースで煙草をふかす友人に聞いた。
「わからない・・・でも、直感的にやばいと思った。」
そう言うと友人は黙り込む。
俺もそれ以上は聞かなかった。
結局、その後帰宅する気にもなれず俺達はファミレスで朝を迎えるのであった。