エピソード5 雛人形
私の実家では桃の節句の時期に、7段の大きな雛人形と2体の市松人形、ガラスケースに入った3体の日本人形を飾っています。今回はそのうちの2体の市松人形についてお話します。
私の家はそこそこの地主同士の家柄が結婚したとあって、それなりに裕福です。長女である私の初節句にはそれはそれは美しく、大きな7段の雛人形を両家からいただきました。妹の時には姉にあげたのだから、妹にもと、母方からはガラスケースに入った日本人形を三体、父方からは2体の市松人形をいただきました。市松人形を2体?どうして?と思われた方、いますよね?実はこの市松人形、女の子と男の子で一対になっているものでして。少々珍しいものなのです。女の子の方は赤い着物にセミロングのストレートで黒髪、白いお肌と誰もが想像する、典型的な市松人形です。男の子の方は青い着物に白と灰色のグラデーションがかかった袴、こちらもセミロングにストレートの黒髪、さらにちょこんと頭の上に髷が結ってある子です。着物には細かい刺繍がほどこされ、見るからに職人の手間のかかった人形で両親はとても喜び私の7段の雛人形の両脇に飾ることにしました。
さて、雛人形を飾る当日のこと。段数も多い、人形も多い、小物も多くて飾るのに半日かかる上、イヤイヤ期真っ盛りの2歳児とすぐグズるゼロ歳児を抱えた母はバタバタと雛人形を飾っていました。一松人形を箱から出し、飾ろうとした時、何となく男の子の方に違和感を感じました。しかし妹がグズりだし、特に何も調べることなくひな壇の横に飾ったそうです。ところがその日から当時2歳だった私に異変が起こるようになりました。幼い私は誰かの左手を握って
「ちょーらい!ちょーらい!!」
と駄々をこねるようになったのです。何が欲しいの?と聞いてもただ、左手を握って
「ちょーらい!ちょーらいなのっ!!」
と号泣するだけ。母は一体何を欲しがっているのかまったく分からず途方にくれたそうです。
そして事件は起こりました。桃の節句当日、朝のこと。母が朝ごはんの支度をしていると、いつものように私が妹の左手を握ってグズりだしました。
「ちょーらい!!ちょーらい!!」
「もう、また?一体何がほしいの?お腹すいてるの?」
「いやぁ!ちょーらい!!なの!!」
泣きながら私は妹の左手を思いっきり引っ張りだしました。
「ちょっと!何するの!!手が取れちゃうからやめなさい!」
母は慌てて妹を抱き上げ、私から離しました。
「とって!ちょーらい!てて!おてて!!!ちょーらい!ちょーらい!はやく!ちょーらいよぉぉわぁぁぁぁ」
手?どうして手が欲しいの…?この子は最近ずっと手が欲しかったの?一体どうして?と母が困惑していると、雛人形を飾っている奥の間から
がたん!!
と何かが落ちるような音がしました。それと同時に私が呟いたそうです。
「ねぇ、どうちてくれないの?どうちて、ボクにくれないの?あーちゃんのおてて切っちゃえばくれる?ねぇ?」
ぼく!?この子は自分のことはあーちゃんと呼ぶのに!?母は驚いて聞いたそうです。
「ぼく?君はだれなの?」
「ぼく、あっち、はやく、あっち」
私は母の手をとって雛人形を飾っている奥の間に向かいだしました。先程何か落ちたような音もしたし、何よりもいつもと違う私の様子に恐怖を感じながら母はついて行きました。そして奥の間の前に来ると私はいいました。
「ぼくここ。」
母は恐る恐る襖をあけ、奥の間を覗き込みました。
そこには横倒しになった男の子の一松人形が。しかも倒れた衝撃なのか、手が肩から取れて転がっていました。
「ひっ」
「おてて、ちょーらい?」
私はその取れた一松人形の手を躊躇なく握り母に渡したそうです。その手は右手でした。ん?右手?あれ?一松人形は左肩からごっそり取れてるのに左手じゃなくて右手?母は急いで男の子の一松人形の右手を確認しました。そこには右手が付いていました。そうです。この男の子の一松人形は製造工程の途中で誤って両手が右手になってしまった子だったのです。それで左手を執拗に欲しがっていたのでした。
「そうだったの。ごめんね、すぐに気が付かなくて。あーちゃん達のおててはあげられないけど、生まれた場所に帰って左手貰おう?」
母は一松人形に語りかけ、その日のうちに製造元へ送ったそうです。後日、製造元から謝罪の手紙ときちんと左手が付いた状態の男の子の一松人形が送られてきました。そして、それ以来、私が左手を欲しがることはなくなったそうです。
おしまい
相変わらず誤字脱字にはご容赦ください
書いてて自分も怖くなりましたw