俺に魔法少女になれってか?!
街を歩いているときだった。
年齢のいまひとつ分からない、スーツ姿の地味な男性が目の前現れた。手さげのビジネスバッグを持っていて、冴えないサラリーマン風情という感じだった。
そしてなにやら、俺に向かって言いたげな雰囲気だなと思うと
「突然の失礼で恐縮なのですが、私と契約して、魔法少女になっていただけないでしょうか?」
なんて言い出しやがった。
あまりのことで、流石の俺もぽかんとなった。なんてふざけたことを言う奴なんだ。
そもそも俺は男だ。さらに言えば大学の浪人生で、少女どころか少年と言うことすら躊躇う年齢である。
「あの……それって、とってもふざけてると思いますし、そもそも魔法少女って、見て分かりますよね? 俺、男ですけど」
「はい。突然の失礼で申し訳ありません」
男はまたしても深々と頭を下げてから話を続けた。「もちろん、多々無理があることは当方としましても、重々承知しております」
「ちょっと何言ってるか分からないです」
「いえ。芸人のモノマネはしていただかなくても、大丈夫ですので」
「いや、おい、そうじゃないだろ」
だが相手の顔はいたって真面目なままだった。
「無理はご承知の上でございます。私が顧問を務めております、この魔法少女業界も、なにぶん……後継者も新規の成り手も不足という、世にいう人手不足なものでして。とりわけ私が人事担当している都市部では深刻です。それに、昨今の社会情勢も踏まえますと……ええ、本部の指針ではありますが、女性に限らず男性にも門戸を開けることになりました」
ぶっちゃけ、いきなりそんな話されても意味が分からない。
「そっちの考えなんて知らんけど」
「大丈夫です。服装に関しましては、ジェンダーフリーのものを用意したしますので」
「いやおい、なんで俺がやること前提なんだよ」
「もちろん相応の報酬と手当が支給されます。基本は出来高制ですが、なにぶん特殊な業務ですので、契約の場合は、出動が無い場合でも毎月一定額の手当が用意されます」
「一気にビジネス感出してくるな、おい」
それから男は、鞄から取り出した書類を強引に押し付けるようにして手渡してきた。そこには報酬に関する記載があって、それなりの額が記載されていた。
思わず、なかなかいい金額じゃないか、と言いそうになるのをグッとこらえた。
「ん、まあ、う~ん……」
「ともかく、立ち話もなんですので、是非こちらへ」
男はそう言って俺の腕をつかんできた。
「いやいやいや、ちょっと待てい! どこ行くんだよ」
「そこのビルですよ。中に我々の事務所がありますので」
男が示したのは、すぐ傍に建っている地味なオフィスビルだった。
「嫌ですけど」
抵抗したが、男はしっかりと俺の腕をつかんだまま「まあまあ、」とにこやかに言った。
「お話だけならタダですよ」
「いや、どう考えても怪しい壺とか買わされるパターンじゃん」
「そんなことはございません!」
「やめろよ! 嫌だって言ってんだろ!」
「大丈夫ですよ! 契約とは言っても、むしろこちらは金銭を支払う立場ですから」
男の握力と腕力はすさまじかった。俺は逃げようと暴れたが、結局、引きずられるようにしてビルの中へ入ることになった。
***
事務所は、普通に事務所という感じの場所だった。事務員が二人いたが、こちらを気に留めることもなく、パソコンに向かってせわしなく作業をしていた。
「業務がどうこうとかいってるけどさ。何するんだよ」
「もちろんそれは、悪と戦うことです!」と嬉々として答えた。
「いや、抽象的過ぎるわ! 具体的に何と戦うんだよ」
「ええ、いろいろありますよ」
指折り数えて言った。「普段は妖怪やモノノケの類を相手しますし、悪霊や怨霊、悪の組織に一般的な犯罪者。他にも政府からの委託で、某国の工作員の相手をすることも稀にあります。いずれにおいても、なんてことはありません。すぐに慣れます」
「おいおい、しれっとマジでやばいのが混ざってる気がするけど」
「まあまあ、訓練次第で、いくらでも対応できるようになりますから、ご安心を」
「魔法少女というか、諜報員じゃねえか!」
「ですが普通、スパイが妖怪や悪霊と戦うことしませんよ」
俺はもう、返す言葉が見つからなった。どっちにしても、常人のやる仕事ではないのは確かだろうよ……。
男は続けた。「間違っても、テクマクマヤコンとかではありませんからね」
「ネタが古いわ」
「それでは、『カー●キャプターさ●ら』あたりの世代ですか?」
「いや、アニメの話してどーすんだよ」
「ですが、具体例を出した方がイメージしやすいでしょう?」
「はあ?」
「では、ちょっと気分転換に変身してみましょう」
「サラッと言うな、おい」
「サイズは各種用意してますから」
***
「変身した格好はジェンダーフリーじゃなかったんですか?」
どうみても、俺が今してる恰好はセーラー服だった。
「はい、セーラー服ですよ」
「女子のする格好やろ」
「それはとんでもない発言ですよ。失礼ながらセーラーとは本来、水兵のことでありますから。分かりやすく言えば海軍兵士の恰好でございます」
「いつの時代の話だよ! それにスカートじゃねえか! せめてズボンにしろよ!」
男は淡々としたものだった。「お言葉ですが、今の時代でもセーラー服を使用している海軍は存在しますし、スカートに関しても、地域によっては……とりわけ有名なのはスコットランドでして、キルトと呼ばれる服は一般男性も履く文化がありますよ」
「ここは日本だけど」
「どうせ気にする人なんていません」
「なんで投げやり気味になるんだ」
「それにですね、漫画の『こ●亀』にもそういうキャラクターいたでしょう? 旧日本軍の双発戦闘機〈月光〉に乗って登場する刑事。ご存じありませんか?」
「おい、あのな、マンガの世界の話されても困るんだけど」
「ご存じないのですか?」
「いや、まあ……知ってるには知ってるけどさ、そのキャラ」
男はこちらのことも構わずに続けた。「さてお次は、これが戦闘時に使う魔法のステッキです」
鳥の翼みたいな形をあしらってある、明るいピンクで彩られた、いかにもアニメなんかで出てきそうなデザインのものだった。
そして男は俺に押し付けるようにしてステッキを手渡してきた。
「あの、これ、もうちょっと……見た目が落ち着いたデザインのものはないんですか?」
「すみません。このデザインは変更できない規則なんですよ」
「じゃあ、規則変えたらどうです?」
すると突然
「よう!! 久しぶりの新人かぇ?!」
とステッキがドスの効いた声で喋り出した。「なんだぁ? おめぇさん、新入り野郎のくせして大口叩くじゃねぇか!」
「うわ!」
「なにビビってんだ?」
「いや、いきなり喋ってきたのもだから。それと口が悪いな……」
「けっ、口が悪いのは生まれつきってもんだ。それに魔法のステッキが喋っちゃいけねぇってか?」
「そ、そういうわけじゃ……その、見た目と声のギャップがちょっと」
「まあ、新入りの若いの、こまけぇことは気にするな」
「はあ……」
俺は男の方へ聞き返した。「あのこれ、どうなってんの?」
「あはは、彼は昔からこんな調子なんですよ。でも大丈夫です、誰よりも優秀で、仕事はできます」
「でも……」
「分かったか? この若造めが! まあ、年季の入ったババアの相手よりはいいや」
「その発言、コンプライアンス的にいいんですか?」
「ごちゃごちゃと、うるせぇなぁ。まったく、今の時代はやりにくくてしょうがねぇ」
ステッキはため息をこぼした。「まあ、長くやってら山あり谷ありだ。それで、前任の女とも長い付き合いだったな……」
なにやら急に、思い出話がはじまった。
「彼女とは、今みたいなふざけた冗談を言い合って、いつも笑っていられる仲だった。あいつは結婚して家庭も持ったが、それでも魔法少女の現役を辞めようとしなかった……だが、最後はなぁ……」
なんだかしんみりとした口調になった。「最後は、やられちまった……。ヘルニアで腰をな」
「はあ?」俺は気が抜けてしまった。
「誰だって歳とりゃ、身体にガタ出るのは、人間なら当然だ。それに若いの、これがもしもギックリ腰だったら老いも若いも男も女も関係ねぇ。この仕事は身体が資本だ! 分かったか?」
「あ、はい」
「いいか新入り野郎、これは戦争なんだ。物の怪と人類との戦い。開戦の理由なんて誰も忘れちまったがな」
「物騒すぎる……」
「へっ! 冗談だよ。そんなにビビるな」
そして軽く笑って続けた。「ともかく契約は完了ってわけだ。これからよろしく頼むぜ若いの!」
「は?」
どいうことだ? 俺は契約書もなにもサインとかした覚えは無いぞ。「契約完了? どういうこと? 俺、何もしてないけど」
すると男も補足してきた。「こうしてステッキを手にして、会話を交わせば契約完了です。良かったですね」
「いや、おい! なにが、良かったですね、なんだよ!」
ステッキも上機嫌なようすだ。「まあまあ、いいじゃあねぇか。不況の続きの世相でよぉ、高給取りの正義の味方になれるなんざ、ありがてぇと思え」
「その通りです。これほどの手当が貰える正義のヒーローなんて、滅多にいませんから」
「だ、騙された!」思わず口走る。
「騙してなんかいませんよ」「おう、そうよ新米の若造。諦めな」
「はぁ……」
受け入れるしかないか?「んで、じゃあ俺は、いつまでこの魔法少女の役目をしなきゃいけないんですか?」
「基本的には、身体に問題がなければ生涯現役で」
「は?」
俺の受難は、まだ始まったばかりのようだ。