フォークも刺さらない無能とロデ姫から婚約破棄&追放された主人が、レアチーズに転生してフレーズ姫に溺愛されるまで ~従者セルフィーユの手帖
今、私の主人であるサヴァラン公爵令息が、王女であるロデ・ブランシュ姫から婚約破棄をされています。
金髪の巻き毛と、深い緑の瞳。黙っていると美少女ですが、口を開くと台無しです。
「あなたのようなフォークも刺さらない無能なんて、このわたくしに相応しくないわ!」
「……っ!」
フォークも刺さらない、とは何の取り柄もないということを意味します。
白い髪と、金色の瞳をしたサヴァラン様は、次男であり末っ子であるが故に親兄姉から可愛がられ、男性としては優しく控えめな性格に育ちました。
そこが、次期女王となるロデ姫には物足りなかったかもしれませんが――まさかサヴァラン様の十七歳の誕生パーティーで、こんな騒ぎを起こすとは。
(あの高飛車馬鹿王女め!)
従者として、パーティー会場の隅で控えていた私ことセルフィーユは暴言を押し殺す為、ギリっとハンカチを噛み締めました。
(坊っちゃまが頼りない? 守られる柄じゃあるまいに! 新米騎士にご執心だと聞いたが、それを隠して坊っちゃまのせいにするとは!)
私の心の叫びは公爵家の方々も同様らしく、ロデ――いや、もう名前も呼びたくないので王女に、反論しようとしましたが。
当のサヴァラン様が、目線で我々を止められました。そして胸に手を当て、サヴァラン様は優雅に一礼して言いました。
「全て私の不徳の致すところ。婚約破棄について、謹んでお受けい」
「もう、あなたの生っ白い顔なんて見たくないわ! この国から、出て行ってちょうだい!」
「「「なっ!?」」」
婚約破棄だけに飽き足らず、国外追放まで命じてくる王女に会場中で驚愕の声が上がります。両親である国王夫婦がいないからと、やりたい放題にも程があります。
「素直に頷くわよね? ご家族に、迷惑などかけたくないでしょう?」
「殿下……っ!」
「父上っ……、かしこまりました、殿下」
暗に頷かなければ公爵家にも咎を与えると脅してくる王女に、アフィネ公爵がたまらず言い返そうとしましたが――再び、それを制してサヴァラン様が国外追放も受け入れると。
「いらぬのなら、我が貰おう」
怒鳴っている訳ではありません。けれど凛とした声が、会場中に響き渡りました。
一同の視線の先で微笑んでいるのは、隣国であり王国よりも高位である帝国の皇女・フレーズ様でした。結い上げた赤い髪と、鮮やかな緑の瞳。タイプは違いますが王女同様の美少女です。
留学生である彼女の世話係を、サヴァラン様が務めており――異性ですが、友人ということで今回の誕生パーティーにも招かれておりました。
「な、そんな、無能」
「おぬしにとってそうでも、我には違う……何せ、サヴァランは『フォシェット』である我が見つけた『ケイク』だからな」
「……何ですって!?」
フレーズ様の言葉に、王女が悲鳴のような声を上げたのには理由があります。
この世界には『フォシェット』と『ケイク』、そしてその他の人間が存在致します。
世界を構成するのは『その他』の人間ですが――『フォシェット』は後天性で味覚を失った人間で、そんなフォシェットにとっての極上の甘露が『ケイク』と呼ばれる人間です。
先天性で生まれるケイクは、自分自身が『ケイク』だと気付くことは出来ません。その為、フォシェットと出会うまで当人も周囲も知らずに死ぬ可能性もあります。
とは言え、大体は『フォシェット』が探しに来て反抗すら出来ない幼い時期に監禁、誘拐されたりと半数が捕食されてしまうのですが――幸か不幸か、サヴァラン様は公爵令息故に今まで無事だったのでしょう。
余談ですが、先程の『フォークも刺さらない』は『フォシェットが価値を感じない』というのが語源だと言われています。フォシェットにとっては、ごく一部のケイク以外は無価値なので、そこから無能につながってしまったようです。
「……あの、私のことを食べるのですか?」
「いや? それでは、一瞬で終わってしまうだろう? おぬしの全てをいつでも味わう為、我が帝国に来ては欲しいがな」
恐怖ではなく困惑したように尋ねたサヴァラン様に、フレーズ様は笑顔で監禁の誘いをかけました。
……フォシェットは『予備殺人者』として忌避されますが、平民ではなく富裕層に生まれればその限りではありません。今、フレーズ様が仰ったように捕食ではなく、死ぬまでケイクを味わいたいと思うからです。更に富裕層の場合、監禁のように相手を囲い込むことは普通とまでは言いませんが、割とよくあることだからです。
「私をケイクと特定しているようですが、あなたにとって私はどんなケイクですか?」
「レアチーズだな。酸味と滑らかさが両立していて、爽やかで……おぬしの性質通りだと思う」
「フォシェットは、味が解らなくても食べられはするので餓死こそしないそうですが……味のないものを、生きる為とは言えずっと食べるのは辛いですよね……」
「ああ。だから、おぬしと昼食を共にするのは楽しみだった。おぬしが弁当を作ってくれたおかげで、味覚を感じなくなって以来、無くなっていた食欲が湧いたからな」
サヴァラン様はご家族の為、料理やお菓子作りを覚えました。
そう言えば、フレーズ様から頼まれて弁当を作っていると聞いていましたが――料理の腕前もですが、ケイクであるサヴァラン様が作ったというのも大きかったかもしれませんね。
「私には、想像することしか出来ませんが……少しでもあなたの役に立つのなら、私のことを連れていって下さい。フォシェットの、ケイクとして」
「まことか!? 感謝するっ」
「くっ……!」
サヴァラン様が頷くとフレーズ様は破顔し、感激したようにサヴァラン様の手を握りました。
そんな二人に会場からは拍手が上がり、王女が悔しげに顔を歪めましたが――新興国である王国の王族は、数百年続く帝国の皇族よりも下の立場になります。
それ故、フレーズ様に逆らうことなど出来ず、王女は踵を返してパーティー会場を後にしました。
※
王命である婚約を勝手に破棄した王女に見切りをつけ、アフィネ公爵家は帝国へと亡命しました。
私、セルフィーユも共に付いていっただけではなく、帝国でもサヴァラン様の従者を勤めることになりました。
フレーズ様にとっては、サヴァラン様はケイクであることだけが唯一絶対でしたが――皇族の仕事の補佐までしてくれるのに感動し、昼夜問わずサヴァラン様を溺愛しました。
一方、国王が王女の補佐をする為に、とアフィネ公爵家に頭を下げてまで結んだ婚約を勝手に破棄したことで、王女は廃太子となりました。そして恋仲だという新米騎士へ下賜されましたが、騎士は下位貴族でしかなかったので生活の格差に馴染めず、かと言って王宮に戻ることも出来ず喧嘩が絶えないそうです。
……もっとも、帝国で幸せに暮らしている我々からすれば「ざまぁ」としか思えず、聞いた後はもう忘れてしまいました。
実は今回の話、友人に起こった悲劇から生まれました。
中熟のチーズを買い、さてワインとマリアージュ…と思ったら、完熟状態で切った瞬間に崩れ、液体状態になりフォークで刺せない状態になりまして(T_T)
ワインとチーズのマリアージュ失敗! あれ、マリアージュが駄目ってことは…婚約破棄!?(友人のこの発想、個人的には天才だと思ってます)そして、崩れたチーズは他の料理(リゾットやレアチーズケーキ。イチゴ載せ)になると聞いて、転生となり…ラノベのようにしてみたのがこの話のタイトルです。
あと、フォークとケーキ(この話では、作品に合わせてフォシェットとケイクと変えてますが)から、ケーキバースが浮かんでこうなりました。