俺の親友が異世界転生してないかもしれない。
『話したいことがある。明後日、高校前のファミレスで会えないか?』
そんなメールが来たのは一昨日の夕方、送り主は数年前から行方不明だった親友、ユウキからである。
彼は高校卒業の翌日、失踪した。当時数少ない友人だった俺は何としてでも帰ってきてほしくて、あらゆる伝手を辿って捜索をした。だが一向に返事はなく、挙句の果て『お掛けになった電話番号は、現在使われておりません』と、機械の冷たい声を最後に、一切の手がかりは途絶えてしまった。
メールが届いたのは失踪から7年後、喪失という暗闇に突如差した光だった。
今、俺はユウキと待ち合わせているファミリーレストランの前にいる。
高校時代、彼と何度も通った思い出の場所。失踪後、行きたくても行けなくなってしまった場所。外観は7年経っても変わらずに、バイトの時給が少々上がっている。
店内に入った瞬間、その姿はすぐに分かった。少しだけ顔が老けているが、全体としては高校時代何度も顔を合わせた面影が分かった。
7年間記憶にどこかに必ずいた姿。それが今、現実としている。
俺は逸る心のままにテーブル席へ腰かけるユウキへ駆けだしていた。
「今までどこ行ってたんだよ!」
色んな感情を綯い交ぜにした叫びが漏れ出る。間違いない、ずっと会いたかったユウキだ。
「久しぶり……ヒロト!」
気づけば俺たちは人目も憚らず互いに抱擁し、俺は嗚咽交じりに何度も「良かった」と口にしていた。
再会の歓喜を一先ず収めて、俺たちは高校時代によく食べたステーキセットを注文した。値段は7年前より上がっていたけれど。
「本当に何度も探したんだぞ! 社員旅行で遠くに行ったって欠かさずに聞き込みしたし!」
俺は一旦冷静になるために冷や水を飲んで一呼吸置いてから、第一に聴きたかった質問をする。
「ユウキ、今までどこに行ってたんだ?」
すると彼は待ってましたとばかりに、緩んだ笑顔で答えてくれた。
「俺、異世界転生してたんだ」
〇 〇
「え?」
異世界転生、ってあの? その言葉の意味を咀嚼する前に、彼が話し始める。
曰く、異世界では魔王がいて世界征服を企んでいたこと。
曰く、勇者として召喚された自分がそれを阻止し、世界に平和をもたらしたこと。
そして世界を救った報酬として女神から願いを一つ叶えてもらい、この世界に帰ってきたこと。
矢継ぎ早に異世界の思い出を話そうとするユウキの言葉を俺は止めた。どうしても確かにしておきたい点があるからだ。
「……その話、本当か?」
「ああ、もちろんだ! 嘘なんかついてどうする!」
彼はすぐに返答した。俺がその質問をすることを読んでいたかのように。
その速さに俺は違和感を感じた。事前に質問を予習していることなんてあるか?
俺はポケットから携帯電話を取り出す。すると、先ほどまで柔らかい笑顔でいたユウキが分かりやすく狼狽えてだした。
「ちょちょちょ、どこに連絡するつもりだよ?」
「取りあえず警察に。俺、捜索願だしてもらってるからさ、見つかりましたって」
「あの、えっと。頼むヒロト! 俺が帰ってきていることは内緒にしてくれ!」
「はぁ?!」
ヒロトは急に焦りだして、やにわにテーブルへ両手をついて平謝りしだした。
「頼むよこの通りだ!」
店員の眼もあるので慌てて顔を上げさせる。ユウキの顔は土のように真っ青だ。
「聴いてくれ。俺、実はお前が誘拐とか拉致に巻き込まれてて、解放する代わりに『我々の存在は話さず適当にはぐらかせ』とか脅されてるんじゃないかと思ってんだよ。だから後のことは警察に任せて」
「本当なんだ! 本当に俺は異世界転生したんだって、証拠もある!」
するとユウキは身を屈めたかと思うと、ガサゴソと何かを物色する音を鳴らしだす。何があるのかとテーブルの下を見ると、ゴルフバッグが横たえてあった。
それから彼はある物を卓上にゴトンと乗せる。
ユウキが出した物、それはどう見ても〈剣〉だった。
「これ。向こうで手にした伝説の剣、女神様にお願いして特別に持ってきたんだ!」
眼の前の剣は、よく研がれた鋼の刀身が冷たい輝きを放っている。柄の部分の装飾は金銀砂子とばかりに煌びやかで、電灯に照らされて眩しいほどだ。
疑問は残ったままなのだが、目の前に座る彼の自信に満ちた姿勢に、一先ず意見は飲むことにした。電話をポケットに戻すと、彼はほっと安堵の一息をついた。
「でもなんでいきなり呼び出したりしたんだ?もっと早く教えてくれれば良かったのに……」
「いや、それがさ……」
彼は少し言い淀みながら、すぐに笑顔を顔に戻して本題を切り出した。
「お前にも異世界転生してほしいんだ」
〇 〇
またもや話が飲み込めないぞ。俺が? 転生?
「実は俺、無償でこっちの世界に帰ってこれた訳じゃないんだ」
「条件つきってことか」
「そうなんだ。それが〈元の世界の知人一人を異世界転生に勧誘する〉ことなんだ……俺、こっちの世界で頼れるやつお前しかいなくて」
話の意図が飲みこめないまま、ユウキはまた恭しく卓上に三つ指をついた。
「頼む! ヒロトも異世界転生してくれ! 親友のよしみで!」
返答する間、俺は置かれた現状を再考してみる。
失踪していた親友から突然の連絡。どこへ行っていたかをはぐらかすような態度。警察への連絡を慌てて避ける仕草。徐に取り出した剣。親友から勧誘の形で誘われた異世界転生。知人を紹介するシステム。
これ、ねずみ講では?
「待ってくれ! いきなりそんなこと言われても、準備とか、どんな場所に転生するとか色々分からないし……」
「それなら大丈夫! 俺、ヒロトのために異世界から色んな物持ってきたんだ!」
彼はいそいそと、予め準備していたのだろうテーブル下のゴルフバッグから、転生した証拠とやらを俺に見せてきた。
「これ! 向こうの世界でいう"魔石"だよ!」
ユウキが"魔石"と称するそれは、見た目はただの原石だ。確か資料集で見たアメジストの原石とかは、こんな色や形をしていたかもしれない。
でも、これじゃあ完璧な証拠とは言えない。
「魔石って言っても、ただの石じゃん」
「どこがそう見えるんだよ? ここの削れ方とか顕著だし、というかこんなに綺麗な色した魔石、そう見つかるものじゃないんだぞ! よく使わずに取っておいたもんだよ」
きっと異世界の思い出を話しているのだろうけど、俺はよく分からない。もっと確実な証拠を見せてくれと頼むと、ユウキは二つ返事でまた屈んだ。
「次はすごいぞ! 俺が転生した時、初めて声出して驚いたのが物だ。その名も"魔伝紙"!」
聞きなれない単語を羅列されても……と俺がリアクションしても意に介さず、彼はそのマデンシとやらを卓上に勢いよく置いた。
「じゃん!」
誇らしげに置かれたそれを俺は、3分かけてじっくりと眺めた上で彼に言った。
「いやこれ、ティッシュじゃん」
「違う、魔伝紙だ!」
「いやいやいやいやどう見たって一枚のティッシュだろ! こんなのなら俺だってこの前大量に買ってきたよ! 5箱分! 320枚!」
「ティッシュじゃないんだって! これは魔力を注ぐことで自立した紙で、文字を入れることで自動で相手へ飛んでいく、希少な連絡手段なんだって! 今は魔力切れで飛ばないけど、俺は実際にこれを使って王国に侵略の危機を知らせたりしたんだって!」
熱をこめて解説しているが、俺の眼にはどう見てもしなびたティッシュ一枚だけである。
「もっとないのか? 異世界にあってこの世界にない物なんてたくさんあるだろ?」
「なぞなぞみたいな要望だな!」
「はっ倒すぞ」
またガサゴソとバッグを探り卓上になにかを乗せる。一見すると数珠のような物体だ。
「これは魔石を加工したブレスレットだ。魔石を加工しているからこの珠一つ一つに魔力が込められていて、一つ破壊することで早急に魔力を補充できる、魔力が主な活力になる異世界では魔力枯渇を防ぐ手段として有用なんだ」
「魔力魔力言い過ぎだろ。じゃあ、なんだ? これを今壊せば魔力が補充できるってことか?」
仮に数珠が壊れた後で俺に魔力が補充されれば、異世界の物品だと分かる。俺は机の角に数珠を叩きつけようとしたが、焦ったユウキに腕を掴まれる形で止められる。
「何してんだヒロト!」
「だってこれ壊せば、俺に魔力が補充されるんだろ?」
「転生してない人間に魔力は使えないんだよ! それにジューズは希少な代物なんだ、簡単に壊さないでくれ!」
「……ん? お前今これのこと"数珠"って言わなかったか?! やっぱただの数珠じゃねぇかこれ!」
「名前が似てるだけなんだよ! とにかくヒロトが壊しても意味ないから壊さないでくれ!」
決死の抵抗に根負けして、俺は数珠を手放した。
「なぁ頼むよ……疑う気持ちも分かるけど、本当に俺は転生したんだ……」
先ほどの剣幕とは打って変わって、雨に打たれた子犬みたいにしょげかえるユウキ。その姿と、7年を超えて会えた感傷も相まって、俺はこれ以上の詮索をしないようにした。
「……分かった。分かったよ」
俺の認めるような言葉を聞いた途端、ユウキは待ってましたとばかりに笑顔を
弾けさせた。
「ありがとうヒロト! お前を信じてよかった! 本当に嬉しい!」
〇 〇
この判断に落ち着いたのには理由がある。それは、俺たちの出会いだった。
俺は高校時代、超を冠するほどの〈ラノベオタク〉だった。毎日新刊ライトノベルの情報がないかを探しては、少ないバイト代を差し引いて必ず購入していた。休み時間や帰宅時に限らず、褒められた行いじゃないが授業中にも読んでいた。
ただラノベで語り合える友人に会えなく、交友関係は無に等しい学生生活を送ると俺も割り切っていた。
そんな中、共通の〈ラノベオタク〉として知り合えたのがユウキだった。俺たちは日夜ラノベについて語らい、受験期の苦しさは「異世界転生もの」の妄想を互いにぶちまけては常に駄弁っていた。まさか本当に彼が転生するとは思わなかったけど。
ユウキが失踪していた7年間、俺は心の片隅で「もしかしたらユウキは、異世界転生しているんじゃないか」と何回も考えた時がある。高校時代、俺たちは何度か「異世界行きたいよな」と話していたし、行けるのならすぐにでも行きたかった。
ただ、荒唐無稽な願望を口にした親友が消えた日々に納得する理由を探していて、俺はユウキが転生したことにして、何度も何度も諦めようとした。どんなに無根拠な意見でも、今生きる理由が欲しかった。
でもこうしてユウキが帰ってきて、諦めていた「異世界転生したい」の願いが叶いそうなら、何より親友の頼みなら、忘れていた〈ラノベオタク〉として生きてみてもいいのではないかと思ったんだ。
〇 〇
「ありがとうヒロト! お前を信じてよかった! 本当に嬉しい!」
喜色満面の表情でユウキは屈んで、何かをテーブルに置いた。
「じゃあ、この契約書にサインしてくれ!」
「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい」
おいおい嘘だろ?
「前言撤回! やっぱ怪しいわお前!」
「何でさ?! 異世界に行ってくれるんだろ?!」
「読んだことねぇよ異世界行くのに"契約書"にサインしなきゃいけない異世界転生物なんてよぉ! ぜってー詐欺じゃん!?」
「詐欺じゃねえんだって! ほら、こんなに証拠も出しただろ?!」
「石とティッシュと数珠だろ! んでこの剣だって、どうせドン・キ〇ーテとかで1980円で買ってきた奴だろ?! コミケのコスプレとかで使うヤツなんだろ?!」
「違うんだよ本当に異世界で手にした剣なんだって信じてくれよ!」
もうクロで確定みたいなものだが、まだ親友のよしみで一縷の望みをかけてみたい。俺は急に思いついた「これこそ異世界転生者!」な質問をユウキに投げかけてみる。
「そうだ! 異世界に行ってたっていうならさ、魔法! 魔法出してみてくれよ! ちょっと指先から火を出す程度でいいから、そしたら認めるわ!」
我ながらナイスな条件だと思う。火じゃなくても、現実じゃありえない事象を起こせば証明になる。
だがユウキはさっきまでの威勢と打って変わって、ばつが悪そうに視線を俺から逸らしだした。
「あの……それが……」
「何でもいいよ、風起こすとか物動かすとか、電気を出すでもいいから」
「魔法はちょっと……無理、かな…………なんて……」
「やっぱ嘘じゃねぇか!」
「違うんだ理由がある! 俺は異世界で勇者だった! だから使える魔法といったら、回復魔法と辺りを破壊する闇魔法だけだったんだよ!」
「じゃあ回復魔法とか闇魔法とか打てばいいじゃんかよ!」
「どっちも無理なんだよ! 回復魔法は魔物の攻撃で傷ついた怪我にしか作用しないし、闇魔法は少しでも発動するとブラックホールみたいに周りを吸いこんで破壊してしまうんだ!」
「やっぱ詐欺の勧誘だろ! 異世界マルチ勧誘だろ!」
口論気味になってきたところに、注文していたステーキセットが運ばれた。ユウキは慌てて卓上に散らかした物品の数々を除くと、フォークで直にステーキに刺すと、ナイフで切らないまま口に運んだ。
「行儀悪いな!」
「えっ? あっ、そうかそうか! いや~異世界だと肉はこうして食べるのが強さの証だったから、こう食べるのが癖になってるんだよ~」
「取ってつけたような設定だなぁ?! ぜってー今苦し紛れに考えただろ!」
「本当だって! あ~肉はブランドオークの丸焼きに限るな~!」
「ほらぁ! その名前だってブランド牛の"牛"を"オーク"っていういかにも異世界っぽい単語に置き換えただけだろ?! もう認めろよ詐欺だって!」
ユウキは明らかに挙動不審な態度をしている。これがテレビの企画だったら立て札がいずこからか現れて「ドッキリ大成功!」の文字と共にネタばらしなのだが、何故かユウキは一向に「異世界転生した」と言い張ってきかない。失踪した7年で、彼は何に教化されてしまったのだろう。
追い詰められたユウキは、ポケットから携帯電話を取り出した。今度はどんな異世界の物品だと言い張るのかと思ったがどうやら違うらしい。彼はどこかへ電話をかけていた。7年も異世界行っていたのに携帯を違和感なく使いこなせるのかと思ったがそれは彼を泳がせるために言わない。
「今来れるって!」
「何? 誰が?」
「ソフィアが」
また何か聞きなれない単語が出てきたぞ。
「ソフィアは俺が異世界で最初に会った人で、エルフなんだ。世界を救った褒美として女神に願いを叶えてもらった時、無理行ってソフィアも連れてきてくれるよう頼み込んだんだ!」
もう彼の語る異世界には、微塵のリアリティも感じられないのだが、俺は後わずかに残った親友のよしみポイントを消費して、取りあえず待ってみることにした。
数分後、レストランの出入り口が開かれると、一人の女性の姿が見えた。一言で形容すれば"美人"と言える容姿とスタイルで、タンポポのような色味をした艶やかな金髪が特徴的だった。
金髪の女性は一直線にユウキの隣へ座ると、にこにこと子供じみた笑顔を浮かべている。
「彼女がソフィア。俺の異世界での生活をずっと助けてくれた大親友だよ」
ユウキに紹介されると、女性はぽっと頬を紅くする。
確かに高校時代の俺たちからすれば考えられないほどの美人だ。ユウキが彼女と交友関係を持っているとなれば、異世界での日々は信じられるかもしれない。
「こんにちは。あなたは異世界から来たのでしょうか?」
社会人として色んな人と話してきたとはいえ、これほどの美人と話すとなると流石に緊張する。俺は物腰柔らかく彼女に質問してみた。
金髪美女はしばし返答を遅らせた上で、やがて口を開いた。
「ハイ! ワタシ、イセカイカラキマシタ! アナタ、ヒロユキサンデスネ?」
「やっぱ詐欺じゃねぇかよぉ!」
思わず叫ぶのも無理はないだろう、マルチの勧誘でよくあるのは、2人組が同じような成功体験を話してカモを信用させる手段だ。証拠が多ければそれだけ信憑性も上がるという寸法である。
だがこの美人はどう考えても"サクラ"だ! 本部が雇っているタレントとかの類だ! その証拠に、情報伝達が行き届いていない!
「もう認めてくれよ詐欺なんだろ?! 今この人俺のことを"ヒロユキ"っていたんだぞ! 事前に打ち合わせていた内容ちゃんと覚えてないじゃんか!」
「違うよ! ソフィアはちゃんとヒロトって言ってるんだ! ただ彼女が日本語を勉強中で、エルフ語訛りだと"ヒロト"と"ヒロユキ"って似てるんだよ!」
「嘘をつくなよなぁ?! どうせ交渉が上手くいかなかった時のダメ押しって感じだったんだろうけど、演技が下手すぎるって!」
「信じてくれよ! この持ち物だってちゃんと俺たちが異世界にいた時に馴染みある物だよね、ソフィア?!」
「ハイ! コノ"マデンシ"、イセカイノモノデス!」
「あなたが指差しているのは、このファミレスの紙ナプキンです! どう見たってティッシュじゃないでしょう?!」
「魔伝紙にはいくつも種類があるんだよ! ね、ソフィア?」
「……? マデンシ、コウイウノゼンブイイマスヨ、ユウキ?」
「ほら! そこでも打ち合わせちゃんとしてない!」
「ままま待ってソフィア、初耳だよ?!」
「大体、エルフっていうならあなたの耳! 先がとんがっているはずでしょう?! ほら見せてくださいよ! どうせ俺たちと同じようなまん丸の耳でしょう?!」
「何てこと言うんだヒロト! エルフにとって耳を露出させることは、恥の表す行為なんだぞ!」
「どうせ事前に練った作り話だろ?! 『エルフなのに耳が尖ってない』って言及されたときの言い訳として示し合わせてたんだろ!」
「エルフ、ミミダサナイ!」
「よくそこは覚えてたな! ……じゃあ魔法は?! ユウキが駄目でも、あなたは何か魔法を使えるはずでしょ!」
「コノセカイ、マリョクナイデス……マホウ、ツカエナイ」
「だったら! さっきユウキが見せた数珠、あれ『一つ砕くごとに魔力を補充できる』だっけか? それをこの方に砕かせればいい!」
「だからさっきも言ったけど、ジューズは貴重なんだ!」
「それはこうして追い詰められても使えないほど重要な代物なのか?! むしろ異世界に行ったってんなら、こういう窮地の時にこそ使ったりしたんじゃないか!?」
「……ジューズ、ツカエマセン。ジューズ、ダイジ」
「ほらそうだ! 魔法なんてないからそうして理由つけてはぐらかす! どうせ嘘なんだろ?! 異世界転生の誘いも! 契約書にサインさせるための罠なんだろ!」
「そうだヒロト! 今なら女神の計らいで、チート能力つきで転生できるんだってさ! 俺たち昔から憧れてたよな! チートで無双する転生ものに!」
「今お前たちが俺を欺こうとしてるじゃないか!」
「ヒロユキサン、オスワリクダサイ!」
「俺の名前はヒロトです!」
もういい。証拠は揃った。ユウキたちはどっかに新興宗教かなんかに属しており、ネズミ算式に信者を増やしている。その標的として俺は選ばれた。きっと「異世界転生」も、俺を引き入れるために作られた体のいい作り話だろう。
俺が7年間も探していた親友は、新興宗教の駒になってしまったんだ。
もうどう決着をつけたらいいのか分からない。それまでの嬉しいとか悲しいとか腹立たしいとか、そうしたユウキに対する全ての想いが霧のように消えてしまった。百年の恋も冷めるとは、こういう心境を指すのだろうか。
俺は伝票を抜き取ると、そそくさとレストランから出る準備をする。
「おい、どこ行くんだよ?」
ユウキの制止も聞かぬまま席を立ち、俺は不安げにこちらを見つめるユウキたちに一瞥を向けた。
「7年ぶりに会えて嬉しかったよ。後は俺に構わずお前たちだけで、楽しく過ごしてくれ」
吐き捨てるように言い放った後、俺は二人分も飲食代を支払い、振り返りもせずにレストランを出た。
外は昼も過ぎて、街を行き交う人の群れも閑散としていた。
俺は深くため息を吐くと、まずは警察に連絡を入れた。もちろん、行方不明になっていたユウキに関しての連絡である。
それから俺は明日の仕事について考えながら、久しぶりに来た懐かしい街並みを流し見しながら歩きだす。
取りあえず、家にあるラノベの山は全て売りさばこう。
〇 〇
ヒロトが帰った後、静けさの満ちたレストランの店内で、ユウキと女性は黙していた。
「ヒロト…………」
両手で顔を覆いながら肘をつくユウキ。その姿は、明らかな絶望を表していた。
「ユウキ……」
金髪の美女も寂しそうな表情を浮かべ、そしてゴルフバッグから例の数珠を取り出すと、繋がれた珠の一つを思い切りテーブルの角に叩きつけた。
思わず目を丸くして傍らを凝視するユウキ。砕けた珠を見ながら、美女は彼を見て力なく頷いた。
「ごめんなさい。もっと早くにこうしていれば、ヒロトさんも信じてくれたかもしれなかった……」
エルフの彼女は補充された魔力を使い、翻訳の魔法を介してユウキに話しかけた。
「いいさ。俺たちにとってジューズは騎士団長から託された遺品だから……覚悟を決めて壊せなかった俺の責任だよ」
それから二人はしばらく黙ったまま、熱の冷めたステーキ肉を眺めていたが、やがてエルフのソフィアはフォークを直にステーキへ刺すと、そのまま口へ運んだ。
「……悪くはないけど、やっぱりブランドオークの方が美味しいわね」
眉を八の字にして笑うソフィア。転生してから何度も隣で見てきたその姿に、ユウキは徐々に精神の強さを取り戻す。
「でもどうしよう。後一か月以内に異世界転生の勧誘に同意してくれる人を探さないと、また別の世界送りだ!」
「まぁ私はどこに行っても、ユウキの隣ならいいけど!」
「本当、出会った頃からは信じられないほどのデレっぷりだな」
「何よ! ユウキだって最初は戦いすらままならなかったくせに!」
そうして憎まれ口をきく二人の姿は、仲のいいカップルのようだった。そしてユウキたちは再び活力を取り戻す。
「じゃあ、また転生者を誘わないとな。せっかくソフィアが行きたがってた地球に戻れたことだし!」
「もちろん! 私だってもっとこの国の言語を上手になって、怪しまれないぐらい完璧に覚えてやるんですから!」
こうして2人は決意を固めなおし、地球でのミッションへ腰を入れなおす。
異世界の危機を救った勇者の新たな試練は、始まったばかりなのだから。
「ところで、どうして魔伝紙に色んな方があるって教えてくれなかっんだ?」
ソフィアは風の魔法で紙ナプキンを一枚だけ、触れずに抜き取り手元に持ってくる。そしてユウキの質問に、ナプキンを弄りながら困ったように答えた。
「だって、説明しようとするといつも事件が起こるんだもの」
〈了〉




