その人はどこに
その土地を買わないかと訊かれて、Yさんは渋ったそうです。
杉並区のO駅に近い住宅地の更地でしたが、人が死んだ場所だと知っていたのです。O駅近くに事務所を出したのはYさんの父親で、彼は二代目でした。五十年近くO駅を中心に不動産の仕事をしていたので、いい土地か悪い土地かだけではなく、いわくつきかどうかでも判断できるほど情報は入ってきています。
病死ならともかく、ニュースにもなるような殺人事件がおきた跡地でした。
売主は、殺された人達の親族です。つまり、相続で継いでいたのです。
現地は時間貸し駐車場です。
その親族でも、相続が発生して、杉並区の土地は高いので相続税を払うほどの財産があるとなってしまい、売るしかないということで仲介に相談が入ったそうでした。
話をもってきた仲介のKさんは、Yさんがあの土地のことを知っているので、隠さずにお祓いも終わっているし、問題ないですよと言いました。
金額はそういう経緯も含めて相場よりも安い値段設定になっていたとYさんは言います。
結局、値段と立地、Kさんとの付き合いもあって、Yさんはその土地を買いました。彼も商売人なので、格安物件を渋っているうちに他が買ってしまって後悔するくらいならと思いきったそうです。
Yさんは三階建てのマンションを建てることにしました。
単身者向けの八部屋で、三階は二部屋のみで、一、二階は三部屋です。
家賃設定を強気にしていたのが原因なのか、過去にここでこういう事件がありましたと調べることができるサイトの影響なのか、完工した時に入居者は一階に一人、二階に二人、三階に一人という状態で、新築にしては苦戦しているなと思ったそうです。
少し家賃を下げるべきかと悩み、だけどすでに入っている入居者もいるしで迷っていたYさんに、一階の入居者から連絡がありました。
クレームです。
それは、不思議なクレームでした。
「いや、一階はね、そのT君という大学生しか入っていないんだよね。角部屋。一〇一なの。でもT君がさ、隣の部屋がうるさいって言うんだ」
そんなことはないはずだとYさんは言い、隣は空き部屋ですよと伝えても、T君も譲りません。
「だったら誰かが忍び込んでるんじゃないですか!? いい加減にしてください! 管理してるんでしょ!? 対応してくださいよ!」
かなり怒っていたようです。
Yさんは悩みます。
鉄骨造なので、隣の部屋の騒音が気になるというなら、その部屋はそうとうに騒いでいるはずだと考えます。しかし、万が一にでも侵入者がいた場合、騒ぎを起こしてばれるようなことをするかなと不思議なのです。
これは、例の事件の呪い的なものが残っているのかもしれないと心配になったYさんは、付き合いのある神社の神職の方に相談しました。
「ああ、それなら〇〇寺のGさんがいいよ」
神職の方が紹介する仏教者です。
これは間違いないとYさんは思い、そのお寺を訪ねて事情を説明しました。
Gさんは快く引き受け、今晩、現地に行きたいと言います。
Yさんは従業員に任せると気の毒だなと思い、鍵などは自分が現地に持っていくことにしたそうです。
そして夜。
T君がアルバイトから帰るのは午前一時なので、騒ぎはその後に起きていることになります。
Gさんとの待ち合わせは午後十一時でした。
Yさんが現地に五分前につくと、Gさんはすでに来ていたそうです。
二人で問題の、一〇二に入ります。
Gさんは、「ああ」と言います。
「なんでしょう?」
「Y社長、これは祓えてない」
「祓えてない? 地鎮祭もしたし、完工した時も念の為に……」
「でも、そこにいらっしゃるよ、二人」
「二人?」
Y社長は悩みました。
事件で死んだのは、一人だったはずだが……と。
Gさんはそこで、お経をとなえ、自分と一緒においで。毎日、拝んであげるからねと話しかけていたそうです。それからしばらくして、GさんはYさんに言います。
「今、二人が私について来ると言ってくれたので、一緒に帰ります」
「あ、はい。ありがとうございました」
こうして、Y社長はGさんを見送りました。そして、部屋の中を掃除してから出ようとすると、隣のT君が帰宅してきたのです。
Yさんは、T君に誰もいないが鍵を替えて誰も入れないようにするからと伝え、また同じようなことがあったら教えてくれと伝えてたそうです。T君も、夜遅くまでYさんが対応したことで感謝してくれたそうでした。
Yさんは翌日、昔の事件がきになって調べたそうです。ネットで記事のアーカイブを閲覧できるので、それで探したところ記事が見つかりました。
被害者は四〇代女性一人。
二人?
Yさんは、Gさんに連絡をします。昨日のお礼で伺いますという内容と、例の二人という件です。
Gさんは「ああ……そういうことか」と言います。
「Y社長、わかりました。それで、彼女は脅えて……そういうことです」
「どういうことですか?」
「私が連れて帰ったお二人の霊、親子なんですよ」
「ええ……」
「大人、三〇から四〇代の女性と、一〇代の女性なんです」
「……」
「この若い女性がね、お母さんをずっと睨んでいるんです。それで、罵倒しています。お前のせいだと……事件の犯人、お母さんの再婚相手でしょ?」
「再婚相手というか……内縁の夫ですね」
「そうですか……では、本人達を拝む時に参考にさせてもらいます」
「あ……あの、Gさん」
「はい?」
「二人とも、殺されて?」
「ええ」
「でも事件では一人って……」
「……こういう場合、行方不明になりますからねぇ」
Yさんは冷や汗がふきでるのを感じたそうです。
それから、現在において行方不明当時一〇代の女の子が見つかったという話は聞きません。何年も行方不明になっていれば、見つかればニュースになると思いますが……。
そして、仮に殺されているのに死体が見つかっていないのであれば、今もどこかにご遺体がいらっしゃるか、あるいは……必要な部位ごとにそれぞれの方面へと運ばれている可能性があることを、ある人から聞きました。
ある人から聞いた、その「お話」はまた別の機会に。