井戸
井戸は恐い。
改めて、そう思える話をしてくれたのは、その井戸があった土地の隣に住むIさんだ。
彼が子供の頃、その土地には大きなお屋敷が建っていた。そして庭があり、Iさんの家とは勝手口で繋がっていた。昔は何かしらの付き合いがあったのだろうと思うが、Iさんは知らない。
その屋敷が売りに出されたのは、Iさんが大学生の頃だった。
高度成長期で土地の値段が上がり続けていた頃だ。お屋敷に住んでいた老婆がどうなったのか、Iさんは後で聞いたが、病死ということだったそうだ。
老婆の子供が屋敷を売りに出し、業者が買い、工事が始まった。
そして、立派なマンションが建った。
Iさんの家はおかげで日当たりが悪くなり、建築会社に抗議をしたが、法律を守っており問題ないと突っぱねた。
納得いかないIさんの親は、役所などに訴えたそうだが、問題はないというだけでIさん家族に味方をしてくれる人達は現れなかった。
Iさん家族は、隣のマンションが嫌いだ。
マンションに住む人達も、憎らしく感じたという。
ところがある日、マンションの住人という男が、Iさんの家にやって来た。Iさんの両親が話をしたところ、マンションの一階がジメジメして、ナメクジはわくし、見た事もない虫がでるし、ここはそういう土地柄なのかと聞きにきたらしい。
もともとお屋敷の庭だったから、地中にいた虫があがってきているのかもしれないねという回答をしたそうだ。
それからしばらくして、別の住人がIさんの家にやって来た。
この時、Iさんが家にいて対応している。
住人は、マンションのせいで陽当たりが悪くなったからといって嫌がらせをするなと言ってきたのだ。
心当たりのないIさんは困り、そんなことはしていないというが殴られて怪我をした。
警察沙汰になったという。
その後、マンションの屋上から住民が飛び降りて死んだという話がでた。
仕事を終えて帰宅した時に、両親から聞いた記憶ということで、Iさんは恐らく大学を卒業して二、三年目だったと記憶している。
一階の住民が、わざわざ屋上まであがり飛び降りたのだという。
聞けば、このマンションの一階は、家の中が湿っぽく、カビが発生し、ナメクジがわき、とても住めたものではないと噂になっていた。
二階も、一階からの悪臭があがってきて、生活は困難だと言われていた。
三階から上は、一、二階がそのような状態では安心して暮らせないと、多くの人が出て行ったのである。
分譲マンションは、築五年という年数で空きが目立つようになった。
そのマンションが、最近、解体された。
Iさんは、解体作業を眺めながら、ふと思ったという。
井戸、あったよな、あそこに。
Iさんの家からお隣を覗いた時、庭に井戸があるのが見えていた。それはいつも蓋をされていて使われているとは思えないものだったという。
Iさんは、解体業者の作業員に庭から声をかけた。
「むかし、その辺に井戸があったと思うんだけど、井戸って解体の時、どうするの?」
「ええ!? 井戸!? まずいなぁ……」
作業員の人はそう言い、作業中の外国人に何やら指示を出し、同僚らしき人とこう話をしていたそうです。
「マンション工事の時に息抜きをしていると思うから大丈夫だとは思うんだよなぁ……一応、施主に確認して、するならするで神社に頼むかなぁ」
息抜き。
Iさんは、インターネットでその言葉を調べて、「あ」と声が出たそうです。
あのマンションを建てる時、息抜きをしてなかったのではないか。
だから、あんなに立派な建物だったのに、欠陥だらけだったのでは?
真相は誰も知りませんが、井戸を息抜きせずに埋めることは、常識ある業者はまずしません。
それほど、井戸は恐いのです。