空き家
これは、弁護士をしているH先生から聞いた話です。
墨田区に、その家はありました。
その家は、ずっと昔から建っていました。
空き家になってどれくらい経過しているのか、詳しく知っている人はいなかったそうです。建物の謄本をあげると、Kという人の所有ですが、昭和〇〇年に新築で登記してから所有権は移っておらず、所有者住所の変更などもありません。土地はAさんの所有で、相続で一年前に所有者が変わったことが登記されています。
「人に貸している土地のことでちょっと……」
Aさんは弁護士のH先生に相談をしました。
H先生は、その土地は借地権だなとすぐにわかりました。
借地権の説明をすると長くなるので省きますが、土地を借りた人間が建物を建てて住むことで権利を得ます。強い権利で、貸している側が一方的に解約はできません。
このKさんは旧法の借地権でした。そして、地代は一年に一回、書留で送られてきているそうです。ただ、その人に手紙で連絡を取りたいと伝えても無視され続けていて困ったというのです。
H先生は、手紙の発送元へと内容証明を送り、話し合いの場に応じてほしいと依頼したそうです。建物は老朽化が進みいつ崩れてもおかしくないほど劣化していて、また空き家で有名であるから、悪戯で放火などされたら困るというAさんの主張を伝えたそうです。
借地権は基本、建物は人が住める状態を維持しなければならないので、建物の外観を撮影した写真も同封したそうです。
それからしばらくして、H先生の事務所にKさんから電話がありました。借地権を買い取ってくれないかという依頼です。
H先生はつき合いのある業者に、買い取りの査定を依頼しました。
交渉はまとまり、建物の相続登記ができていなかったため、改めて相続人を捜し相続登記を完了させたうえで、売買契約です。そして解体が始まります。
Kさんは解体が始まる時、地方から上京してきて、立ち合ったそうです。ここにH先生も合流し、解体が終わったら決済ですねという話を不動産会社交えておこなっていたそうですが、H先生は建物の二階の割れた窓から、男がじっとこちらを見ていることに気付いて、慌てて皆に声をかけて、中に人がいると叫んだそうです。
慌てた一同は、急いで家の中を捜します。
誰もいませんでした。
Kさんも、誰も住んでいないし、自分も父から地代を払うように言われていてずっとそうしてきただけで貸したこともないと言います。
でも、先生は確かに見たと言います。
誰かがこっそりと忍びこんでいたら、外で人ががやがやしていたから顔を出した。そこで先生に見られて逃げたんじゃないか。
不動産会社の人がこう推理しました。
室内にはほとんど物が残っておらず、隠れるようなところもないので他に考えられません。
ただ、先生はあとになって、思い出したことがあると言います。
「空の仏壇だけ、残っていたんだよね」
建物の解体は二週間ほどで終わり、その三日後に決済が行われたそうです。
それからしばらくして、AさんがH先生を訪ねて来ました。
「先生がKさんの建物で見た男の人、もしかしてこの人ですか?」
古い写真を見せられたそうです。
Aさんが示す男の人を見て、H先生は「あ!」と声が出ました。
「この人です」
「……この人、Kさんのお爺さん……ですよ。うちの爺さんがこの人に、土地を貸したから借地権になったんですよ」
「……亡くなってますよね?」
「ええ……」
Aさんがどうして写真をもって、H先生を訪ねたか。
Aさんはこの日の前日、夢の中にお爺さんが出てきたそうです。夢の中でAさんは子供で、二人はどこかに向かっています。すると、Kさんの家で、お爺さんが声をかけると、その男の人が中から現れ、二人は碁を始め、自分は御菓子をご馳走になっていたということでした。
夢の中で、Aさんとお爺さんが帰宅しようとした時、その家の男の人が突然、怖い顔になってこう言ったのです。
「家を返せ」
Aさんは飛び起きました。まだ外は暗く、すぐに明かりをつけて、祖父の使っていた和室へと移動し、保管してあったアルバムの中にあの男の人はいないかと探して、見つけたのです。
その土地は今、Aさんの子供が家を建てて住んでいるそうです。