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相続対策

 その地主Dさんは、婿養子でその家に入った。


 子供三人に恵まれて、奥さんとも関係は良好。


 先代の相続の時に大変な思いをしたことが原因で、Dさんは不動産の勉強をおこない、土地の維持管理や売買を目的とする法人を設立し、個人資産であった不動産を順次、その法人に移し、収益を役員報酬として家族に分配するなどと元気なうちから子供達の為に相続対策を積極的に行っていた。


 そんななかで、セミナーで出会った不動産業の男性と親しくなる。


 その男性Sさんは知識があり、Dさんと同じ北関東出身だということでDさんは彼を信用した。


 実際、Sさんがもってきた投資用商品はDさんから見ても文句ないものだった。


 現金預金は金額=評価額になるので、不動産資産のように軽減措置がない(誤解を招きかねませんが詳細を説明すると長いので、ここではこう書くのみにします)。相続対策の方法のひとつとして、現金を不動産資産に変えておくことは当時、一般的な手法とされていた。Dさんもそれを考えていたので、セミナーに参加したのである。


 DさんはSさんが勧める収益不動産を購入した。現金を頭金とし、残金はつき合いのあった地銀から借りた。一億円ほどの借入だったそうだ。この借入も相続税の計算をする際は負の資産として処理できるので相続税対策にはなる。


 こうしてDさんは、いい買い物ができたと思ったそうだ。


 しかし、いい買い物すぎたと後で気づいた。


 儲かりすぎたのだ。


 これは相続税対策で購入したのに、現金がまた増えてしまったという嬉しい悲鳴である。


 Dさんは、Sさんが勧めるマンション、アパートを買っていく。当然、借入だ。頭金に現金資産をあてて、残りは借入でという手法でどんどんと資産を増やすうちに、自分は不動産に詳しくなった感覚になっていたという。


 家族はDさんに、そんなに買って大丈夫かと尋ねるも、Dさんは自分のしていることを非難されていると感じて「お前達が働かなくても食べていられるのは俺のおかげだ。だまっていろ」と意見、不安を無視した。


 実際、長男以外は無職で、次男はDさんがつくった法人の役員、三男は農業の手伝いをしていて、彼らが外で収入を得ているわけではない。


 銀行も、たくさん借りてくれるDさんにはペコペコしており、一帯の大地主さんだからともちあげてチヤホヤしていた。


 人は、そうなるとおかしくなるのだろう。


 Dさんは、Sさん抜きで物件情報を集め始める。


 銀行が、これはどうですかという物件をもってくる。


 Dさんと付き合いたい業者が、これは如何でしょうかと物件をもってくる。


 DさんはSさん抜きで、業者が紹介した物件を購入した。


 この時に、その物件を紹介してくれた業者とDさんはつき合いができて、その後も頻繁に会うことになる。


 業者T社は、開発用の土地があり、今のうちに購入しておけば化けるとDさんにもちかけた。


「二億円で買いつけが出てましたが、その時は買主の経営がやばくなって取引はなくなったんです。だから売る時は二億前後は固いんでうちももっておきたいんですが、決算前に売上をあげたくて……一億でいいですよ」


 T社はこう話したらしい。


 Dさんは現地を見にいき、この土地を一億で買って二億で売れるなら得だと感じた。


 銀行は、Dさんにお金を貸す。


 DさんはこのT社から、その開発用の土地と、小児科がテナントとして入っている土地と建物を購入、さらに太陽光発電まで買うことにして、その契約を次男に任せようと決める。


 Dさんは次男に、不動産とはこうこうこうだという講義を一日おこない、契約書のチェックなどのポイントを教えた。


 無事に契約がおわり、融資も地銀で本部承認がおりて、金消契約後、売買決済がおこなわれた。


 DさんはT社に、開発用の土地の管理を依頼し、転売先も見つけてくれと依頼する。そしてまたT社から、大手ドラッグストアが出店計画をたてている土地があると言われた更地を購入した。

 

 根抵当枠一杯に借りるまで購入したことで、Dさんの取引はここで一旦とまる。


 この頃、テナントで入っていた小児科がぬけてしまった。


 Dさんはテナント募集をT社に依頼する。


 三年が経過したころ、次男がDさんに言う。


「赤字なんだけど」


 収入よりも出て行くお金のほうが多いのだ。


 理由はふたつ。


 開発用の土地と、テナントが抜けた土地建物、大手ドラッグストア出店計画がある土地はまだ何も貸す先が決まっていないから、それらは収入ゼロになっている。しかし購入金額が大きい。このみっつの不動産の返済と維持費が、他の収益不動産の収入を食いつぶしていた。


 そして、太陽光発電の故障やトラブルでの修理代金やマンション、アパートの入居率低下と家賃低下なども重なった。


 Dさんは開発用の土地を早く売るようにT社に催促したが、買い手は現れない。


 小児科がぬけた後の建物に早く次のテナントを入れろと催促するが、決まらない。


 潤沢になった現金資産が減っていく。


 銀行から、大丈夫か? と心配されるようになってしまった。


 Dさんは逆転の為に、土地を購入してすぐに転売できるような物件はないかと、ひさしぶりにSさんに連絡をした。


 しかし、繋がらない。


 そういえば、ピタリと連絡がこなくなったなと思ったという。


 Dさんはどうしたものかと考えた結果、古くからの知り合いで会計士をしているAさんに相談した。それはしきりに次男がこう訴えるからである。


「売買はやめて、まず赤字をなんとかしようよ、親父」


 Dさんも、売買物件を探しつつ立て直そうと思ったそうだ。


 Aさんは、Dさんが困っているならアドバイスしようかと思い、決算書を見せてもらった。そして、かなりいい加減なものだと気付き、税理士は誰に頼んでいるのかなど確認すると、誰々という名前がでてきた。


 あまりいい評判をきかないとAさんは思いつつ、なんで自分に会計のことなどを発注してくれなかったのかと不思議に思ったという。


 Aさんのチェックの結果、法人は債務超過になっていることがわかったが、銀行はそうと知りながら、こげつくのが嫌なのでいい加減な決算書でも突っ込んでおらず、回収にも動いていない。まさに生かされているだけの状態だと気付いた。


 そもそも、開発用の土地、太陽光発電、小児科が入っていた土地建物も高く買ってしまっていた。


「二億円で売れると言われていたらしいけど、知り合いの不動産業に確認してまわったら、たしかに広いけど道を通して区画をわると三宅地しか取れないから六〇〇〇万円がやっとだというんだよ」


 Aさんの話では、Dさんはお得だと信じてT社から買った不動産の全てが、不良債権になってしまっていたのである。


 小児科がテナントで入っていた物件は、たしかに家賃収入はよかったが、契約更新時期や退去条件をちゃんと見ておけば、売買して一年後に更新があって出て行く可能性があることはわかったはずだという。あるいは、契約書の読み合わせ、賃貸借契約書の確認などすればきわどい物件だなと予想できたはずだと言った。


 太陽光発電も大雨や台風の影響で修理費用ばかりがかかって赤字で、では売ろうと思っても土地だけの評価でいえば買った金額の二割ほどだという。


そして、大手ドラッグストアが出店計画をたてているという土地にいたっては、売却金額想定は購入した額の半分もでない。そして、出店計画があると言われていたが更地のままであったから、Aさんがいろんなドラッグストアの本部に確認しても、そんな立地には出せないと断られたそうだ。


 Aさんは、DさんがT社にかもにされたとわかったが、それを伝えると、失礼だと怒鳴られて、お前にはもう頼らないと言われ、それっきりになったという。


 さて、不動産売買はちゃんと気をつけようという話ではなくなるのが、ここからだ。


 この話の最初、Dさんとセミナーで出会ったSさんは、顧客の資金を使いこんだことで逮捕された。


 ニュースになった。


 これを知ったDさんは、Sさんが逮捕に至った経緯を記事で読み、驚いたという。そして、かもにされているぞと教えてくれたAさんに、連絡をしてきたそうだ。


 Sがやったことは、まず不動産売買を顧客に何度かさせ慣れさせたところで、距離を取る。そしてその顧客情報を自分が役員に入っている業者に流し、好みにあう物件の営業をかけさせる。その後、運用資産を預かって抜いたり、不適正な価格設定の物件を騙して売りつけたりとしていたのだ。


 T社は現在、廃業していることはAさんから聞いている。


 AさんはDさんから、仕事を頼まれたが、断ったそうだ。


 私がAさんから聞いているのはここまでで、Dさんがどうなっているかはわからない。


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