#86 夏波結のバーチャルウェーブラジオ in あるてまフェス
「夏波結の、バーチャルウェーブラジオー!」
配信者モードに切り替わった湊──結が底抜けに明るい声でタイトルコールをした。
「はい! というわけで始まりました、夏波結のバーチャルウェーブラジオ。今回はなんと、なんと! 初の特別編ということで、あるてまフェス会場からお送りしています! いぇーい会場のみんな、見てるー?」
結の声に応じるように、いぇーいという低い声が会場に設置してあるマイクを通して片耳のイヤホンに聞こえてきた。オタクってイベントのコールアンドレスポンス苦手だからこういうとき、まばらで低い返事になることよくあるよね。
「じゃあ早速ゲスト紹介に移っていこうと思います! 今日のゲストはこちら!」
言い終わると同時、結が目線を投げてくる。
わたしは小さく頷いて、
「こんばんにゃー黒猫燦にゃー」
無難に挨拶をした。
こういうとき、だいたい張り切って色々言うと口からポロッと失言が飛び出て良くないことが起こると最近学んだ。テンションに任せて「オタクくん声が小さいぞー」とか言ったらいくら事実でも良くないと思う。
「はい、今日はゆいくろの二人でお送りしたいと思います! いやー、それにしても私達二人でこうやって話すのって久々じゃない?」
「う、うん。最近はフェスの準備で忙しかったから」
「そうそう、私も燦も結構準備が大変でね。燦は特に体力が無いからって特別レッスンやらされてて。それでレッスンの成果は出たの?」
「腕立て伏せが10回出来るようになったよ」
「……そっか!」
めっちゃ頑張った。
「他にも今日のために色々打ち合わせとかしてたんでしょ? 夜まで通話したり」
「そうだね。三期生は知り合ってそんなに経ってないし結構喋ったかも」
「いやー、祭さんとコラボするのが不安だからって助けを求めてた燦が後輩と通話できるようになるなんてね。私も感慨深いよ」
「うっ、昔の話を持ち出すのは禁止!」
「昔って言ってもまだ一年も経ってないんだけどねー」
あの頃はまだVtuberになって日が浅かったし、憧れの先輩といきなりオフで会うってなって凄く大変だった。
毎日のように夏波結とコラボして夜も会話して、少しでも対人会話に慣れようと二人で頑張ったっけ……。ちょっと前のことなのにやけに懐かしく感じる。
「じゃあそろそろ会場のみんなから募集しておいたお便りでも読んでいこっかな」
お便りボックスから結が紙をガサゴソと漁る。推しにお便りが読まれる機会ということで、ラジオステージに午前中の二時間限定で設置していたにも関わらず、その数は箱いっぱいになっていた。
「じゃあ、まずはこれにしよっかな。じゃん!」
そう言って結が箱から一枚の紙を抜き出した。中身はまだ確認していない。
箱の中に不審物が入っていないかの確認はスタッフさんがしているけど、お便りの中身までチェックする時間はなかったようで、もしも読めない内容だったらスルーしていいと事前に言われている。
まあ、流石にフェスに来るようなファンがお便りに触れづらいことを書いたりしないだろうけど……。
「ラジオネーム、くらげ・をるたさんお便りありがとー。えーっとなになに、『ゆいくろはガチって本当ですか?』……さて、次いってみよっか!」
「えぇ!?」
一通目から飛ばすの!?
結は紙を横に退けると、また箱の中から次のお便りを取り出した。そこには、
「『ゆいくろはがちですか?』『ゆいくろはガチ』『ゆいくろはまじ』……キミたち同じ内容送り過ぎじゃない!?」
出しても出しても紙にはゆいくろ云々と、多少文面の違いはあれど内容は殆ど同じものが連続した。いや、もっと他に送るものあるだろ!
「……今日の午前中はリスナーとお喋りするイベントがあったんだけどさ、そこでも結構な回数ゆいくろはガチかって聞かれたんだよね」
「あ、私も聞かれた」
「一分しか時間無いのにみんなして同じこと聞いて、正直ちょっともったいなくない?」
まあ、確かにその通りだ。
せっかく数時間並んで一生に一度かもしれないお喋りをするのに、周りの人たちと同じような質問を繰り返すのは正直もったいないと思う。バカだと思う。
でも、わたしの中のオタクが叫んでいる。
本人の口からガチである肯定が欲しい、と……ッ!
「聞かれたときはコイツバカじゃん! って思ったんだけど、私がもしもVtuberせずにただのファンとしてフェスに来てたら、多分まつきりはガチなのかって祭さんのところで聞いてたと思うから正直気持ちはよくわかる……」
「えぇ……」
「いや、だって、例え本人が配信とかで肯定したりネットでガチだよって誰かが言ったとしてもさ、推しの口から自分に向けてガチだよって言われたらなんか興奮しない!?」
少なくともわたしはする。
まつきりに言ってほしい。
「でも折角の機会なのにもったいないって思うんでしょ?」
「それはそう。もっと日々の応援とか秘密の質問とかしたらいいと思う。でも、自分の中のオタクが! カプ厨が!」
「お、落ち着いて、これ公開収録だから」
まあわたしはまつきりのプライベートを知ってるからガチって知ってるんですけど! リスナーが知り得ない情報を同じ事務所所属だから知ってるんですけど!
「ま、まあ、本人がそういう質問で満足して帰ってくれたなら私は別にいいけどね。うん、で、ゆいくろはガチかってお便りなんだけど……、そもそもガチってなにが?」
「そんなゆりゆりなのかってことに決まって──」
あ、なんかまつきりでテンション上がってたけど、質問は自分たちに対してなんだから解説をしたら途端に恥ずかしくなってきた。
え、今ゆいくろはガチでゆりゆりなのかって自分で解説しようとした? うわ、はず……。
「………」
「………」
「ちょ、放送事故! 黙ったら余計なんか気まずいから! 編集さん、ここ本配信ではカットで!」
「あうあう」
結が立ち上がってガラス越しにこちらを見ているスタッフさんに全力で手を振っていた。
スタッフさんがいい笑顔で頷いたのを確認した結はふぅ、とため息を吐きながら椅子に座り直して新しいお便りを探そうと箱をまた漁り始める。ゆいくろ云々が多いから退けるのが手間そうだなぁ。
「別にね、私たちは同期だからね。ほら、祭さんときりんさんも仲がいいじゃん。別に女の子同士仲がいいのは特別おかしいことじゃないから。はい、これは終わり! 次行きます次!」
ようやく結が手頃な質問を見つけたようで叩きつけるように机にお便りを置いた。
「ラジオネーム、紅白電柱さんありがとうございます! 『お互いにここだけはなおしてほしいというところはありますか?』 それはもちろん、いっぱいあるよ!」
「えぇ!?」
「まずちゃんと連絡を確認することでしょ、それから返事を返すことでしょ、あともっと健康的な食生活を送ってほしいね」
う、最近はちゃんと確認するようにしてるし……。
食べ物はジャンキーなものが手軽で美味しいから仕方ない……。最近はUberEatsってのも流行ってるから食べるものに困らないね。
「他には失言が多い」
「もう少し考えて喋るようにします……」
「前に比べるとだいぶ直ってると思うけどね」
脊髄反射で喋るとだいたい燃える世の中が悪い。
もっとわたしに優しい世界になれば炎上ネタを擦られることもなくなるってのに……!
「あと無防備なことが多い!」
「むぼうび?」
「もっと防犯意識を持ちましょうってこと」
鍵はちゃんと締めるようにしてるんだけどな。
お菓子に釣られることもないし。
「最後は可愛い女の子相手にすぐ尻尾振るとこかな」
「は、はぁ!? 別に尻尾振ってないし!」
それは聞き流せない一言だ。
「え~、どうかな? すぐ下着の色聞いたりコラボのときデレデレしてるじゃん」
「下着は、別に、なんかそういうVtuber文化が……」
いつの間にか質問に困ったら下着の色聞いとけって文化出来てたけど、あれ誰が発祥なんだろうね。
「でも別にコラボでデレデレしてないし!」
「この前配信で来てた人に可愛い可愛いって言われて凄い照れてたじゃん」
「あれは、別に可愛いって言われて照れるのは普通じゃん」
「照れないほうが多いでしょ。当然って顔するくせに」
「うっ」
まあ、わたしが可愛いのはバーチャルもリアルも事実だし……。
でも知らない人に褒められると照れるのも事実だし……。
「それ言ったら結だって色んな人とコラボしてるじゃん。他所の企業とも絡んで楽しそうにしてるし……」
「コラボするのも楽しむのも普通のことでしょ」
「う、うぅ~」
確かにそうだけども!
なんか理不尽じゃん、わたしだって普通にしてるもん!
「……なんかごめん。冷静になったら何言ってんだろってなった。というかこれラジオなんですけど。編集さんここもカットお願いします!」
「取り敢えず仲良いアピしとこ」
「いぇーい燦好きだよー」
「私もー」
よし。
「こんなことしてるからゆいくろは営業って言われるんだよ」
「実は不仲なのにね」
「え」
「うそうそ」
「ちょっと焦った……」
別に相手の嫌なところで言い争ったからって、その人本人が嫌いになるわけじゃないと思う。
実際、結とは言い争いになることがたまにあるけど、寧ろ仲がいいからこそ遠慮無く争えるみたいなところはある。
逆にそこまで親しくない相手と言い争いになったら、それはガチの喧嘩だからヤバいと思う。
うん、プロレスできる相手ってサイコー。
「まあ燦は尻尾振る癖を直すってことでこの話は終わりかな」
「は? 振ってないし。結こそ、なんだろ、えっと、うーん、なんか直しといてよ」
「思いついてないじゃん」
「特に直してほしいところ思いつかないし、結はそのままの結が一番ってことだね」
「言うじゃん。まあ、私は女癖の悪さを直して欲しいって気持ちは変わらないけどね」
わたしは悪くない、寄ってくる女が悪いんだ。