表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/177

#80 遅刻したときって最初は焦るけど段々平常心になって最後の最後でまた焦りがち

 勇気を持って駅員さんに声を掛けて改札から出してもらった。

 周りにはわたしと同じように外へ出ようとする人たちがいたから、思っていたより見知らぬ人に声を掛けるプレッシャーはなかった。向こうも流れ作業でICカードの記録を塗り替えてたから、本当に一言二言言葉を交わした程度。

 でも自発的に大人の人へ近づくというのが苦手なので、やっぱり自動券売機とかセルフレジみたいな自己完結できる機械って人類が生み出した叡智だなって思った。……駅員さんもロボットになればいいのになぁ。


 人がひしめき合って息苦しかった駅から出て、ようやく人心地ついた。遅延はマジふぁっきゅー。

 ロータリーからタクシーを探してみると、案の定というかわたしと同じようにタクシーで目的地までひとっ飛びしようとする大人で溢れかえっていた。見れば近場のバス停も、来たときより人が多い気がする。

 タクシー待ちの列に並んでまだかなーまだかなーと待ち続けると、5分ぐらいしてようやく順番が来た。


「お客さん、どちらまで?」

「あ、──までお願いします……」

「どの道使うとかあります?」

「え、」

「近いほうが良いですか? 混まない道がいいですか? あ、暖房いります?」

「あ、その、おまかせで……」


 し、知らねぇ~。

 なんでタクシー乗るだけで色々注文付けないといけないんだよ!聞くならメニューよこせ!ここは券売機で買うタイプなのに硬さとか味は直接言わなきゃいけないラーメン屋か!しかもカスタマイズの一覧ないとこ!

 それから運転手はブツブツ独り言を零しながら、カーナビを弄って出発した。


「お客さん学生さん?」

「あ、はい……」

「だよねーうちの娘もお客さんぐらいの歳でね」

「あ、そですか……」

「身長ばっかり伸びて頭の出来が悪くてね、ほら、来年は初受験だってのに」


 それ中学生な! わたし高校生!

 それからも運転手のおじさんは延々と娘の話を続けてきた。

 わたしは基本的に相槌だけで、返答を求められるタイプの会話じゃなかったから良かったけどやっぱりタクシーって一方的に自分だけが気まずい思いするし、興味のない話を長々されるからダメ。


 幸い、タクシーは特に渋滞に引っかかることもなく目的地へと到着した。

 あまり混まない道を選んでくれたのか、その分遠回りと長話に付き合わされる羽目になったけど……まあ必要な犠牲だったと思おう。

 でもタクシーの長距離移動って思ったよりお金掛かるんだね……。

 言いつけ通り忘れずに領収書を切ってもらって、タクシーを降りようとする。


「そうだ、娘の写真見せてあげるよ」

「うぇぇ……」


 運転中は安全第一でわたしも後部座席にいたからスマホを見せる余裕がなかったようだけど、降りるこのタイミングで写真自慢してくるとは……。

 まあ最後だし愛想笑いだけして撤退しよう。わたし愛想笑いだけはプロだから。


「ほら、かわいいでしょ」


 そこにはランドセルを背負った笑顔の眩しい女の子が。


「小学生じゃん!!!!!」


 今日イチの大声が出た。


 ◆


 ようやくイベント会場へと降り立った。

 時間を確認すると分かっていたことだけど、とうの昔に開場時間は過ぎ去っていた。

 Twitterでは『#早く来い黒猫』『#くろねこない』がトレンド上位に入っていて、心配するツイートと煽るツイートが半々で流れていた。やだぁ、こんな不名誉なことでトレンド入りしたくない。

 反論の一つでもしようかと思ったけど、遅刻している状態で呑気にツイートをすれば今度こそマネージャーさんに怒られかねないので自重して、急いで関係者用の入口へ向かった。

 首からスタッフ証を下げるのも最近は板になってきたなぁ、と思いながら怪訝な表情を浮かべる一般スタッフにご苦労ご苦労と心のなかで労いを投げてズンズン突き進む。

 本社事務所に一人で行ったときも、最初の頃は社員さんに何度も二度見されたなぁと懐かしい思い出。


 暫く歩くと控室ゾーンっぽいところへと辿り着いた。

 すごい、芸能人の控室あるあるでよく聞く、『2期生』とか一括じゃなくてちゃんと『黒猫燦』って個室だ! VIPじゃん!

 自分の部屋だからノックすることもなくガチャリと扉を開く。

 そこには、


「あ」

「………」


 マネージャー──九条兎角さんがいた。腕を組んで仁王立ちしていた。


「お、おつかれさま、で、ッスー……」


 最後の声は声にならずに息だけが漏れた。

 タクシーで運転手のおじさんから娘自慢を散々聞かされて完全に気が抜けていたけど、イベントで大遅刻って本当にヤバイよね。うん、おじさんが悪いよ。


「あの、ほんと、ごめんなさい。遅刻……」

「……過ぎたことを言っても仕方ないですから。次回からは皆さんが前日から泊まれるホテルを借りるよう、手筈を整えておきます」

「あぅ」


 全員分のホテルってめっちゃお金かかりそう……。


「では、早速ですが準備に取り掛かりましょう。大丈夫ですか?」

「あ、はい」

「黒猫燦の今日の予定は午前は対面でのトークイベント、その後休憩を挟んで午後は三期生の皆さんと黒猫燦から学ぶ炎上回避講座、夏波結と公開ラジオ収録、ライブステージで歌を歌って頂きます」

「が、がんばります」

「歌の後は世良祭と来宮きりんの3Dモデルの先行公開があるので、そこで他の皆さんと一緒に感想をお願いします。こちらはそれほど時間を取らないので、黒猫燦は実質ライブステージが最後の出番と思っていただいて結構です」

「ふたりの3Dライブがありますもんね」


 動くまつきり楽しみだなぁ。


「最後までコールで参加したければ止めませんが」

「け、結構です」


 一瞬魅力的だなって揺らいだけども!


「はい、それでは収録ブースに移動しましょう。ファンの方たちがお待ちです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ