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#57 隣に推しがいて寝れるわけがない

 人生にはどうしても乗り越えなければいけない試練が幾つか用意されているという。

 それは例えば受験とか、例えば就職とか、例えば推しの添い寝とか──。


 普段より気持ち長めの配信を終了して、今日はもう寝るだけの状態になった。

 配信中から意識するたびにドッキドキだった心臓は、その時を目前にして口を開けば音が響くんじゃないかってぐらい高鳴っていた。

 これ本当に今日は一緒に寝るの? オールでゲームするとかじゃダメ?? あ、もう既に先輩の目が閉じてきてるこれは今すぐにでも寝るやつだ!!!


「ねむい……」

「あー、っと、先輩はどこで寝ますか?」


 こっくりこっくりと船を漕ぎ始めた凛音さんの肩を揺する。


「ん、べっど……」


 ここでひとつ、言っておきたい。

 わたしたちはつい先程まで配信をしていた。

 その配信場所とはわたしが普段から配信をする、この家で唯一パソコンが置かれた場所──つまりわたしの私室だ。

 リビングから椅子を引っ張ってきてわたしはそこに座って、凛音さんには最近買ったゲーミングチェアに座ってもらってワイワイと配信をしていた。

 で、たった今凛音さんはベッド、と呟いてふらふらと椅子から立ち上がった。


 もう、ここまで言えばわかるだろう。

 立ち上がった凛音さんは一直線にわたしのベッドにぼふん、と倒れ込んだ。


「すやぁ」

「あの、あのあのあの、」


 声を掛けても反応がない。

 か、完全に寝入ってる……!

 え、どうするの。

 普通こういうのって布団敷いてどっちかが床で寝るとか、あれだったらお母さんのベッド使うとかリビングのソファ使うとか、なんか色々あるじゃん。


 これじゃあわたしはどこで寝れば良いんだ!!!

 同じベッドで凛音さんの隣で寝るしかないじゃないか!!!

 ……し、仕方ないなぁ。

 このままじゃ寝るところがないし、凛音さんの隣で寝ても大丈夫、だよね……?

 

 部屋の電気を消して気持ちを落ち着けるために深呼吸する。

 と、ここで今この状況って密室に凛音さんがいるわけだから、わたしの部屋に凛音さんの匂いが──なんてよからぬ思考に飛躍しそうになって慌てて頭を振って邪念を払い落とす。

 幾らテンパっているからってそういうことを考えてしまうのはなんていうか、思春期が過ぎるだろ。


「し、失礼します……」


 ベッドに手をかけて、布団へ潜り込む。

 凛音さんはごろんと壁際まで移動していて簡単に横になることができた。


「………」


 自分のベッドなのにかつてないほど緊張している。

 こう、寝る時ってもっとリラックスした状態で横になるもんじゃないだろうか。

 いつもは体を右にしたり左にして眠気がやって来るのを待つのだが、今日に限っては横を向いちゃいけない気がして仰向けのまま全身をガチガチにして天井を見る。


 ね、寝れねぇ……ッ!


 隣から聞こえてくる規則正しいすぅすぅ、という寝息と同じシャンプーを使っているはずなのに惹きつけられるいい匂いがわたしから眠気なんてものを奪っていく。

 なんだか変な気分になりそうだ……、と流石にこれ以上はヤバいと思ってベッドから抜け出そうとする。

 が、しかし、壁際にいたはずの凛音さんがごろんとこちらへ寝返りを打ったことで事態は急変する。


「むぅぅ……」

「!?!?!?」


 寝返りを打つ拍子に伸ばされた手がわたしの体を拘束した。

 拘束、と言っても体の上に右手が乗っただけでそんなに強力なものではなかったが、しかしこれを解こうとすれば凛音さんが起きる予感がする。

 つまり、わたしは甘んじてこの状態を受け入れるしかないわけなのだが……、壁を向いていた凛音さんが寝返りを打ったということはわたしの方へ体を向けたということだ。

 閉じられた瞼と張りの良いお肌に柔らかそうな唇が、ちょっと顔を横に向けるだけでドアップの位置にある。ガチ恋距離なんてものじゃない、これはもうキッスが出来る距離だ。

 体温すら感じられるほどの至近距離、心臓が口から飛び出て爆発しそうなぐらいの緊張がわたしを襲う。


「ぁぅぅ……」


 凛音さん、マジで美人だ。

 プライベートでは凛としながらもどこか天然を匂わせる彼女も、寝ている時は無防備な素顔を晒している。長くて艷やかな髪も寝る時はベッドシーツに散って、また違った美しさを見せる。


 え、こんな人が今隣で寝てるの? 


「や、やば」


 頭がくらくらしてきた。

 興奮と緊張と無意識の眠気、それらすべてが混ざりあって段々と意識がすーっと抜けていく感覚がする。

 寝落ち? いいや、これは気絶だ。

 遠のく意識の中、あぁこれで今日は安全に寝れるなぁとかのんきなことを考えて。

 わたしの意識はなくなった。


 ◆


「んんぅ……」


 翌朝、重たい瞼をどうにかこうにか持ち上げて起きる。

 今日は朝から寝起き配信の予定だから、どんなに眠くても寝坊するわけには行かない。


「ようい、しなきゃ……」


 開始時刻は7時からだ。

 と言っても枠は昨日のうちに取っているし、マイクの調整とかは昨日のままだからやることは開始ボタンを押すだけなんだけど。

 隣を見れば凛音さんはまだ寝ていた。

 寝相は良いのか、服の乱れもそれほどなく、くぅくぅと小さな寝息だけが聞こえる。


 ……創作ならここで寝間着が半裸になっていたり、変に抱きつかれたりとかするんだけど、まあそんなファンタジーないよね。


 寝起き配信だから別に凛音さんはこのまま直前まで寝かせても問題ないか、と判断してスマホを手につぶやいたーへ起床報告しようとする。

 電源ボタンを一回押して、で、そこに表示された文字を見て、目をこする。


【通知】

10:46:夏波結 ちょっと!?

10:46:九条兎角 起きてください

10:46:我王神太刀 起きろ

10:46:来宮きりん 祭ちゃんは一度寝たら中々……


 あの、あのあのあの、じゅうじよんじゅうろっぷんって……。

 配信の枠は7時に取ったんですけど、あの、これって遅刻ってやつじゃ。


 スマホをすぐに起動して色々チェックする。

 色んな人から連絡がたくさん来ていて、そしてつぶやいたーのトレンド上位には【#起きろまつねこ】の文字が堂々と輝いていた。

 さぁーっと血の気が引いてく。寝起きだって言うのに冷や汗が止まらないし、だというのに頭は超速で回転をはじめてあれやこれやを考え出す。


 ……やばい、どうしようもない。


 と、とりあえず祭先輩を起こさないと!?

 未だに隣ですやすやと眠りこけている祭先輩の肩を遠慮なく一切の加減無く思い切り揺する。


「起きてください! やばいですって! 寝坊した!」

「んぅ?」

「祭先輩! 3時間以上遅刻してる! やばい!」

「あと、2時間……」

「もっと寝ようとしないで!?」


 それでも起きようとしない祭先輩はもう放置で、慌てて配信画面を開く。

 その拍子に現在配信をしているチャンネルが目に入ったが、珍しく箱庭にわ先輩が配信をしていて、タイトルが【リスナー耐久寝坊実況、3時間で起きたら1ヶ月真面目に配信する】という、完全にわたしたちを舐めきったものだった。いやまあ3時間で起きれませんでしたけど!!


「うぇえ!? 待機人数なんでこんなに多いの!?」


 普段より人が多い! そしてチャットの流れも配信してないのに早い!

 な、なんだこれ!?

 パニックになりながらも、それでも冷静を心掛けて配信開始ボタンを押す。

 すぅ、はぁ、と深呼吸をして、


「お、おはにゃぁああああああああ!!!!!」


 やけくそで叫ぶしか、選択肢はなかった。


 あぁ、お泊りコラボの寝起き配信って大変だなぁって、強く思い知らされた。

 ちなみに祭先輩は配信開始から5分後にようやく起きてきて、わたしはリスナーに散々昨夜はお楽しみでしたねとかイジられたのに対して、祭先輩は昨日疲れたのかな? とかたくさん寝れてえらいとか甘やかされていた。

 解せぬ……。

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