#49 慣れないやつと慣れすぎたやつ
いつも通り湊が運転する車に揺られる。
もう何度乗ったか分からない車だけど、いつも助手席にある姿はわたしのものではなく、神代姫嬢のものだった。
──あぁ、後部座席に乗るのって初めてだな。
とか思いながらぼーっとふたりの談笑に耳を傾ける。
「湊さんの運転、久々ですねぇ」
「……最近は忙しいから」
「前みたいにドライブしませんか? ゆったりまったりと、湊さんが運転しながら」
「行く先々で姫嬢さんがトラブルを起こすのはこりごりよ」
どうやらふたりは相当仲がいいらしい。
後ろにわたしがいることも忘れてふたりだけの空間が出来上がってしまっている。
……何を見せられているんだろうか。
「じゃあ黒音さんはどうですか? 私とふたりで遠出とか、してみません?」
「へ……?」
「ちょっと」
「いーじゃないですか。同期として親睦を深めたいだけですよ?」
「し、知らない人にはついていっちゃだめだから……」
「コラボした仲なんですけどねー」
神代姫嬢が何を考えているか全く読めない。
考えられるとしたら親しい湊が最近わたしと一緒にいることに腹を立てていて、わたしは分からされるとかだろうか……。
「前も言ったけどこの子は人見知りだから変なことしないでよ」
「分かってますって。ほんと、黒音さんのことになると貴女は過保護ですねぇ」
「っ……」
一瞬、アクセルが踏み込まれてほんの少しだけ車が加速した。
と言っても湊の丁寧な運転に慣れていなければ気づけない程度の、本当に微妙な加速だったけども。
この機会だ、気になっていたことを聞いてしまおう。
「あの、初めてあったときから、どうしてわたしに話しかけるんですか……?」
「どうして話しかけるって、また変わった質問を」
「だって、理由もないのに話しかけてくるわけないし……」
「う、うーん。そんなことないと思いますけどねぇ」
つ、と人差し指を顎に当てながら神代姫嬢は宙を見た。
「可愛いから、じゃだめですか?」
「………?」
「私、可愛い子とか面白い人が好きなんですよね。だから黒音さんもひと目見たときから気になってるんですよ」
「やべぇやつだ。あっ」
思わず口から出た言葉に慌てて手で覆うが時既に遅し。
聞き逃しすら許さない密室空間の失言に戦々恐々としながら神代姫嬢をチラ見する。
ニコニコと微笑んでらっしゃる。こわい。
「そういうところも可愛いですよねー」
「たしかにね」
この車内やべぇやつしかいないのでは???
しかし、気になっているから何かと接触してくると来たか。
……ひと目見たときからとか、好きとか言われると、ざよいの顔がチラついてしまう。
この女は大丈夫、だよね……? 湊が連れてきた人間だから信用して大丈夫だよね??
「そろそろつくよ」
「あ、うん」
「一般開場まで時間つぶしてるから、頑張ってね」
「後でお店の方にいきますよー」
ふたりの応援を背に車から降りて学校へ向かう。
校門から少し離れたところに降ろしてもらったとはいえ、車通学は目立つのか周囲の学生がヒソヒソとこちらを見ながら話している気配がする。
「すげ、あれ外車じゃん」
「メルセデスだよ」
「てかあれ誰?」
「うちの学校にいたっけ…」
「転校生とか?」
うぅ、もうちょっと遠いところで降ろしてもらえばよかった……。
突き刺さる視線に背中を丸めながら、逃げるようにトボトボと教室を目指す。
にしても今日は浮かれた人間が多い。
いつもは地味な連中も、今日だけは化粧したり髪型をバッチリセットしたりしている。
は~これだから陽キャ共は。学校をパーティ会場かなんかと勘違いしてるんじゃねぇか???
負のオーラを撒き散らしながらメイド喫茶風の装飾が施された教室の扉をくぐる。
まあ装飾と言っても所詮は学生仕事、ピンクのレースが付いたり折り紙で作った花が貼られたりとか、その程度だ。
「おは、よー」
最近覚えた処世術、教室へ入る時は挨拶をしながらを実践する。
「おはよ、黒音さん!」
「今宵ちゃん今日は気合入ってるね!」
「一瞬誰か分からなかったよー」
「へ?」
最近よく話しかけてくる連中がわたしを囲いながら姦しく言う。
「だってメイクもバッチリだし髪の毛だって綺麗にしてきて、文化祭楽しみだったんだね!」
「………えっ」
そう言われて、最近湊に言われて持ち歩いている折りたたみ式の鏡を取り出して確認する。
そこにはいつも通り美少女が映っていた。
──ヨシ! 相変わらず可愛い!!
じゃなくて。
普段はノーメイクで簡単にしか整えない髪の毛が、今日はちゃんとお洒落になっている。
そういえば、今朝も湊に色々とやってもらったような気がする……。
最早日常のワンシーン過ぎて気にも留めていなかったけど、今日という日に限って言えばこれじゃあわたしが文化祭に浮かれているパリピに見えるじゃないか!
「じゃあ時間もないし早く着替えよっか」
「メイクしてあげようかと思ってたけどいらないねー」
「これなら売上ナンバーワンも間違いなしだよ」
「ぴぃ!? こころのじゅんびを」
ガシッと両方から腕を掴まれる逃げ道を封じられる。
「や、やめろー」
拘束から抜け出そうと必死にジタバタと藻掻いてみるものの、女子連中の力が強いのかわたしが非力なのかビクともしない。
助けを求めて静観するクラスメイトへ視線を投げるも、全員が微笑ましいものを見る目でこちらを見ていた。
なんだよその小動物を見る目は! こちとら虐待真っ最中だぞ!! せんせーいイジメでーす!!!
「うわ、今宵ちゃんかっる」
「ちゃんと食べなきゃだめだよ……?」
「いやいやちゃんと食べないとここまで大きくならないでしょー」
「ちっちゃいのにおっきいね」
「うがー!」
更衣室で揉みくちゃにされるわたしはきっと悲しい顔をしていたと思う。
たぶん、きっと、おそらく、めいびー。