#19 王道の1期生とキワモノの2期生。え、王道…?
「じゃあ自己紹介しよっか」
異様な空気に包まれていた。
「来宮きりんです! 黒猫さん、今回はよろしくね!」
「朱音アルマだ。精々足は引っ張らないでくれよな」
「シャネルカ・ラビリットなのです!」
「神夜姫咲夜じゃ、よろしくのぅ」
「あ、その、えと、うっ……」
気持ち悪くて吐きそうだ。
ぶっちゃけ胃液が喉元まで上がって危なかった。流石に先輩たちとの初通話でリバースは引退を考えなくちゃいけないので必死に堪える。
そう、わたしは今先輩たちと通話をしている。
夏波結は疎か同期が誰一人としていない孤立無援孤軍奮闘の状態。
そもそもどうしてこんな魔境に、実質全員初対面なのに放り込まれたのか。
全ては運営による夏コミの振り分けが原因だ。
3日間開催される夏コミではあるてまブースでライバーによるお喋り会が毎日開催される。
ブースの大きさが限られている関係上、日替わりで5人づつのライバーが選出されるのだが……わたしは2期生の大トリとして3日目を任されてしまった。
最初は絶望しか無かったが、それでも日々成長しているわたしなら今までコラボをしたみんなと一緒なら何とか乗り越えられると思っていた。
しかし結果はご覧のとおり、全員が初対面である。
同期の半数とコラボをして、祭先輩ともコラボをしたのに共演者が欠片も掠りすらしないのはとてつもない陰謀を感じてしまう。
「ゆっくりで大丈夫だからね? 焦らなくていいよ?」
「ったく。運営も何考えてんだろうな。後輩ひとりであたしたちの中に放り込むなんてよ」
「ふふっ、それだけこの子は運営にとってお気に入りなのじゃろう」
「安心してください、シャネルカたちがしっかりサポートしますので!」
いっぺんに喋らないでくれ!
今までコラボをしてきた中で同時に相手をした最大人数は我王と夏波結の2人だ。
最近ようやく親しい相手と一対一ならある程度会話が出来るレベルに成長したとはいえ、4人同時に相手をするのは流石にハードルが上がり過ぎだ。
苦労して1面のボスを倒したらいきなり最終ダンジョンに飛ばされたような感覚だ。
「か、かえっていいですか……」
「ほぅ、帰れると思っておるのか?」
「ぁぅ……」
「咲夜さん、後輩に意地悪しないでね!」
「ほほっ、怒るな冗談じゃ」
運営が打ち合わせにやってくる1時間前に自己紹介をしようと提案されて集まったはいいけども、やはりわたしがこの輪に加わるのは無理だ。
言ってみれば進級してクラスの既に形成されたグループへ飛び込めなかったのと同じ原理。
ソロコラボならともかく、集団で来られるとわたしみたいな部外者に入り込む余地は一切ない。
あぁ、隅の方で静かにしよう……。
「そういえばお前、祭とオフコラボしたんだって?」
存在感を消そうとしたら朱音アルマ先輩が声を掛けてきた。
「ぁ、はぃ」
「あいつはバーチャルでコラボするだけでも振り回されるのに、新人がよく乗り切ったな」
朱音アルマ。
名前の通り赤い長髪に捻れ角が特徴の魔族。
1期生の中でも中心的な存在だ。
当然、わたしは向こうからガツガツ話しかけてくるタイプが苦手である。
「あの!!! 黒猫さん!!!!!」
「これ、シャネルカ。煩いぞ」
「あわわ、申し訳ありません!」
シャネルカ・ラビリット。
これも名前の通りうさ耳が生えた少女だ。
一見しっかり者でありながらその実ポンコツ、1期生の妹的存在。
神夜姫咲夜。
狐耳の妖艶なお姉さん。
公式設定では2000年以上生きているらしいが、名前かお姉さん以外の呼称で呼ぶとブチ切れる。
当然、わたしは初対面の人間は一律苦手である。
特に神夜姫咲夜先輩は先ほどのやり取りから相性が悪いと、コミュ障センサーがひしひしと反応している。
「でですね、黒猫さん。実はシャネルカには大望があるのですよ」
「はぁ……」
「聞きたいですか? 聞きたいですよね? では聞かせてあげましょう!」
「シャネルカちゃん、時間がないから手短にお願いね」
「あ、はい。えっと、そう! シャネルカは咲夜さんと黒猫さんと一緒にケモミミ同盟を締結したいのです!」
……何言ってんだコイツ。
「そう、ライバーの数が増えた今こそシャネルカたちでユニットを組むのです!」
「妾は別に良いぞ」
「さあ、あとは黒猫さんのお返事次第なのですよ!」
「え、えぇ……」
困った。
話題についていけなくて困った。
この人たちは新人を囲っていきなり何の話をしているんだろうか。
夏波結は大丈夫かな。
あっちもなかなか濃いメンツに囲まれてるけど……まあ、彼女なら大丈夫か。
「ねーねー組みましょうよーユニット。知ってますか? あるてまではライバーがユニットを名乗ったことが未だにないのですよ」
「きりまつやゆいくろはファンの呼称じゃからのぅ」
確かにあるてまにユニットはない。
じゃあ今回ユニットを組めばあるてま初のユニットの誕生になるのか?
このコミュ障の帝王と呼ばれるわたしが?
うっ、プレッシャー……。
「どうです? どうですか? いいですよね! はいけってーい!」
「ぇう!?」
「これからよろしくの」
「名前決めましょうよ名前! 可愛いのがいいです? 格好いいのがいいです? 面白いのもいいですね!」
「ちょっと2人とも、無理強いしちゃだめだよ!」
きりん先輩の制止も聞かず、シャネルカ・ラビリット先輩は1人ユニット名で盛り上がっている。
もう神夜姫咲夜先輩すら置いてけぼりだ。
さて、どう収拾をつけるのかと思っていると、
「シャネルカちゃん」
「はぅっ!? シャネルカ、また暴走してました!」
「うんうん、黒猫さんも怖がってるから落ち着いて、ね」
あー、きりん先輩のこの感じ。
やっぱり彼女は夏波結に似ている。
いや、寧ろ夏波結がきりん先輩に似せている、のか?
彼女は事あるごとにきりん先輩に憧れていると語っていた。
だから雰囲気も無意識に似ているのかもしれない。
つまり、このメンバーの中でわたしが一番コミュニケーションを取れるのはきりん先輩ってことか……。
「ところでユニットってなにすんだ?」
「さあ?」
「仲良しグループみたいなものなのです!」
「じゃあ早速解散じゃのぅ」
「えぇ!? シャネルカと咲夜さんは仲良しじゃないのですか!?」
「ふっふっふ」
会話に参加できず、ただ立って話を聞いてるだけの存在。
クラスに1人はそういうのがいると思う。
今のわたしは正にそういう奴だった。
これがニコニコ笑って話を聞いてるだけで楽しい! ってタイプなら苦じゃないだろう。
けどわたしの場合、単純に馴染めずに無表情で立っているタイプだ。
居た堪れなさがハンパない。
その空気を感じ取ったのか、きりん先輩が「ねえ、黒猫さん」と声を掛けてきた。
「あっ、は、はい」
「みんな癖が強くて大変だと思うけど、出来る限りサポートするから遠慮せずに頼ってね?」
「う、うん……」
その声には心配の色が多分に含まれていた。
流石は1期生の保護者、わたしみたいな馴染めない後輩を気に掛けてくれるなんて。
女神か?
「オイオイあたしのどこが癖強いって?」
「アルマは兎も角、妾は普通じゃぞ?」
「シャネルカも!」
「はーいみんな静かにしましょうねー」
ここぞとばかりに先輩方が姦しく声を上げてきた。
こういう時、率先してまともアピールする奴はヤバい奴と一番言われている。
つまり声を上げた人には極力関わらないのがコミュ障的回避術なのだが……きりん先輩以外全滅じゃないか!
帰りたいなぁ……。
「で、ユニットの話なんですけど」
「もう好きにしてください……」
「ほぅ、黒猫を好きにして良いと」
「んぇ!?」
「気を付けろー、そいつドSだからな」
「黒猫とは仲良くやっていけそうな気がするのぅ」
くつくつと響く笑い声を聞いてるだけで思わず背筋がぞくっとした。
んぅ、や、やっぱりこの人苦手だ!
「そろそろ運営の人来るから、今のうちに黒猫さんに言っておきたいことがあったら言っておいてねー」
5分前、まとめ役のきりん先輩が注目を集めるようにパンパンっと手を鳴らした。
「まーあれだ。あたしたちもこの規模のイベントは初めてだからな。力抜いてやれよ」
「力を抜き過ぎてアルマさんみたいにおバカになっちゃダメなのですよ!」
「おいシャネルカ、お前リアルで会ったら覚えとけよ」
「なんですと!?」
そうだ、リアルイベントということは他のライバーに会う可能性があるのか。
いやだなぁ……。
やっぱりお腹痛いって言って辞退しようかな。
だめ?
「くっふっふ、愉しみじゃのぅ。黒猫とオフコラボ、今から愉しみじゃのぅ」
「あ、あの、オフコラボはしないです」
「会ってしまえば此方のものじゃ」
「何かあったらすぐ相談してね」
「何も起こらんよー、なにも、の」
それきり神夜姫咲夜先輩は黙り込んでしまった。
本当にオフコラボする気なんだろうか……。
「ユニット名の候補は沢山あるのです! 一番の推しはこれ! けもみみおー──」
「それ以上はいけない!」
「あ、運営さん来たよ」
1日目
【我王 神太刀】
【十六夜 桜花】
【リース=エル=リスリット】
【箱庭 にわ】
【世良 祭】
2日目
【夏波 結】
【終理 永歌】
【戸羽 乙葉】
【相葉 京介】
【ヴェンデット・ハルキオン】
3日目
【黒猫 燦】
【神夜姫 咲夜】
【来宮 きりん】
【朱音 アルマ】
【シャネルカ・ラビリット】